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レンザブロー インタビュー

作家 松原耕二さん

「インタビューは私にとってラブストーリーだ。それは戦いであり、性行為である」
――オリアナ・ファラーチ (『ハードトーク』前文より)

 小説『ハードトーク』の主人公は、TVニュースの現場で働くベテラン記者、岡村俊平。インタビューに魅せられ、仕事にのめりこむうちに、彼は得たはずの名声も家族をも失ってしまう。報道という仕事が背負う魔力に正面から向き合い、そこに関わる人々の葛藤と情熱を圧倒的なリアリティで描いた注目作だ。
 著者の松原耕二さんは、30年にわたって記者としてTBSに勤め、「ニュース23クロス」などの看板番組でメインキャスターとして活躍。現場経験に根ざした深い思索が、この作品の大きな力となっている。

ハードトーク 松原耕二

『ハードトーク』
新潮社/定価:1,700円(本体)+税

 

松原耕二さん

【プロフィール】
松原耕二(まつばら・こうじ)

1960年山口県生まれ。84年にTBSに入社し、社会部記者、報道番組ディレクター、経済部記者を経て、『ニュースの森』メインキャスター、『NEWS23』のメインキャスターなどを歴任。現在は、BS-TBSのスペシャルコレスポンデントを務める。著書に、『勝者もなく、敗者もなく』(幻冬舎)、『ここを出ろ、そして生きろ』(新潮社)など。

 書き始めるにあたり、「最初がインタビューではじまって、最後もインタビューで終わる」構成だけ決めていた、という松原さん。人間の思惑がぶつかり合うインタビューの現場を「一番好きな仕事」と話す。
 「小説を書き始めてから2冊目の大事な作品で、どうにか小説の世界で一歩を踏み出すため、自分にとって一番重要なテーマを打ち出そうと思ったのです。それで“インタビュー”を主題にしました。自分にとってインタビューとは何か、報道とは何か、と自身に何度も問いかけながら執筆していました。いわば“自分が自分にインタビューし続ける”ような作り方です」

 この小説では、瞬間的に相手の機微を読んでポンポンと言葉を投げかけるような、TVならではのインタビューテクニックが見事に文章化されている。報道現場の舞台裏が垣間見えるのも読みどころのひとつ。
 「仕事をしながら小説を書くことを、はじめは『現実逃避』といわれたり、『恋愛小説を書くなんて気持ち悪い』と言われたりした。また、モデル小説のようになってしまう不安もありました。ですが、育ててもらったTVの現場が好きだという気持ちは変わらないので、どんなにリアルに描いてもどこかに愛が残るんじゃないかと信じ、振り切れたんです。遠慮なく、舞台装置としてのTVのリアリティを書きました。自分がモデルですか、と聞いてきた人は誰もいなかった。みな自分は良い人間だと思っているから、悪い風に書かれても自分だとは思わないのかもしれません(笑)」

 TVで活躍していた松原さんが小説に挑戦することになったのは、2000年に刊行した人物ノンフィクション『勝者もなく、敗者もなく』(幻冬舎)の執筆がきっかけだった。
 「その本を読んだ野沢尚さんや佐木隆三さんが『小説を書いてみたら』と言ってくれた。その言葉は心の引き出しに大事にしまっていたんです。報道は往々にして、社会の常識に従って何かを断じたり、善悪をはっきり対立させるような表現をしがち。でも自分はそこに違和感があって、むしろその事件の背後にいる人々のドラマや、善悪を超えたありのままの人間の性(さが)を伝えるのが好きだったんです。それをいつか描くならば、小説がもっともいい器になるかもしれない、と」。

 「人間の魂に触れて、それを描くような仕事がしたい」――。
 50歳に近づき、残り時間を考えたとき、真っ先に浮かんできたのはその想いだった。
 「記者は40代半ばを過ぎるとプレイヤーではなく監督になっていく。僕はそれが自分には向いていないと思いました。支局長としてNYに行ったときに、日本に帰ったら管理職は逃れられないと思い、前からやりたかった『書く』ことを始めようと決心したんです。早起きして出勤前に2時間ほど執筆し、それから仕事に行く。休日も朝早くに起きて、夕方まで原稿を書く。そんな生活を三年ほど続けました」。

 そして書き溜めた原稿を持って帰国し、11年に小説デビュー作となる『ここを出ろ、そして生きろ』(新潮社)を刊行。同作は、コソボやエルサレムなど国際社会を舞台に、難民支援に携わる女性を描いた長編小説。その前作にも『ハードトーク』にも通底しているのは、「仕事が持つ“魔力”とは?」「人生の試練とは?」「善悪の先にあるものは?」といった、真理を追究するいくつもの問いである。

 「ベルンハルト・シュリンクの『朗読者』のように、ある種の運命やどうしようもない試練に対して、人間がどうやって小さな誇りをもって立ち向かっていくか、というテーマが常に心の中にあります。それからやはりある種の社会性のあるものを書いてみたい。小説に賭ける気持ちをなかなか本気だと分かってもらえないので(笑)、とにかく書き続けて証明し続けるしかない。いまも次作を書いています」

 書くことはとても苦しいが、書き上げたときの快感は何にも勝る、と松原さん。彼はいままさに、「執筆」という新たな官能に足を踏み入れつつある。

 
 

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