『アンダーリポート』佐藤正午
定価:1,600円(本体)+税 12月14日発売
RENZABURO特別限定 『アンダーリポート』発刊記念!
佐藤正午氏インタビュー in 佐世保
これが、『アンダーリポート』に関する打ち合わせの、佐藤正午さんの最初の一言だった。それだけの接点。ただ一度きりの。------なんておもしろそうなのだろう。ストーリー回しの鮮やかさはこれまでの作品で実証済み、その力量と奥深さは担当編集としていやというほど実感している。展開を想像し、胸を熱くした2000年夏。まさか、本の完成まで7年を待つことになるとは思いもせず------。
佐藤正午氏は、83年『永遠の1/2』ですばる文学賞を受賞、来年は作家デビュー25周年。07年は1月に『5』(角川書店)、そして年末にこの『アンダーリポート』と長編2冊を発刊。「1年に2冊も長編小説を出せるなんて・・・」と、遅筆を自覚してか戸惑いを見せる。
着想から刊行まで足かけ7年を費やした本作の主人公は、地方検察庁の検察事務官。15年前に起きた殺人事件の第一発見者でもある。事件当時幼児だった被害者の娘の訪問が、封印していた彼の古い記憶を揺さぶり始め、物語は動き出す-------。
まったく成功していないか、見つかっていないか--------。本書のモチーフである交換殺人について、登場人物のひとりにこう言わせている。荒唐無稽な世界にどこまで読者を引っ張れるか。本作は“荒唐無稽”という言葉が読み手の頭から消えるほど、それに成功している。
どうしてこうなったのか、なぜ彼女は行動したのか。読者の中に次々に浮かび上がるいくつかの疑問に、あえて答えを出さない。巧妙な輪郭だけを作り、内側は自分で埋めて楽しんでください、とでもいうような。その不透明な部分を、妄想なり想像力で満たしていくのも本作の醍醐味のひとつか。「細かい部分を気にするところ、これだけはデビュー当時から変わらないかな」という言葉にあるように、編集と校正者しか目にすることがほとんどないゲラ(校正刷り)で、氏は「トル(削除)→ママ(そのままで)→トル(削除)」など、いくつもの逡巡を見せる。もしかしたら、どちらでも変わらないのでは・・・と素人目には見えるかもしれない細かな取捨選択の数々。
ニセ札作り、殺し屋、やくざ、クーデター・・・。「実際、書かないかもしれないけど」と、氏の口から今後書きたいものとして出てきたものだ。「過去のエンターテインメントの小説家に敬意を表しつつ」と断りながら、「誰もが書いていることなんですよ、結局。それを自分なりに書き方を変えるだけなんですけど」と返したまなざしに、ふと自信が見えたような気がした。
佐藤さんは基本的に手のかからない方です。原稿もきっちりと送ってくださるし、添えられた手書きのお手紙も折り目正しい。おしゃべりなわけでもないけれど、寡黙でもなく、おおむね温厚でいらっしゃいます。故郷であり現在も住み続けている佐世保でお会いするときは、何を話したわけでもないのに、いつのまにか7,8時間が経過し、心地よい後味のまま長崎を後にするのが常。「これって仕事だったんだよね、飲み会ではなく」といつも帰京の機内で思うのでした。
もちろん、テーマ、構成の打ち合わせにも積極的で、編集として拙い(あるいは的外れな?)指摘や提案にも真摯に耳を傾けてくださいます。が、それはいつもいつも裏切られるのです、いい意味で。今回の『アンダーリポート』でも、当初のタイトルからガラリと変わりましたし、長距離バスなんて出てきません。そのほか、細かいことを含めて様々なことが想定外で、そして想像以上で。文章上、構成上の取捨選択は、著者の手の入ったゲラに痕跡を留めるのみ。担当である以上に、デビューからの一ファンとしては、ゲラは佐藤正午の頭の中身を垣間見られる唯一のもので、非常に興味深くもあるのですが。
今後も、そのオリジナルな思考経路、こだわりの取捨選択を見せていただけるよう、次なる作品を心待ちにしております。できれば、なるべく早く集英社に戻ってきてくださいね、佐藤さん!
(編集K)