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若葉の宿

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小説すばる新人賞受賞第1作。仲居として働く若い女性の揺れる心情を描く、中村理聖『若葉の宿』、6月5日、発売!

定価:1,600円(本体)+税 6月5日発売

内容紹介

 京都の小さな町家旅館・山吹屋に生まれた夏目若葉は、父を知らず、母も幼い頃に失踪したため、祖父母に育てられた。旧来のスタイルを守り続ける山吹屋は、グローバル化の波が押し寄せるなかで、年老いた祖父母の手で細々と経営が続けられていた。旅館を継ぐ決心がつかないまま20歳を過ぎた若葉は、祖父の伝手により、老舗の大旅館で新米の仲居として修業を始める。一方、中学からの親友・紗良は、芸妓を志す。失敗を繰り返しながらも仕事を覚えていく若葉は、先輩からの厳しい叱責に戸惑い続ける日々を送っていた。そんなある日、山吹屋に買収の話が持ちかけられる。さらに、若葉が勤める大旅館にも激震が……。
 京都を舞台に仲居として働く女性の揺れる心情を描く、小説すばる新人賞受賞第一作。



著者略歴
1986年福井県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。2014年、「砂漠の青がとける夜」で第27回小説すばる新人賞を受賞してデビュー。本作が受賞第一作。




【書評】
「『心洗われる』とはこういう読後感をいうのだ」――中江有里さん

 大阪と京都は言葉が微妙に違う。随分前だがドラマで京都の人を演じたとき「大阪出身だから京言葉は楽勝だろう」と安易に考えていたが、いざ再現しようとするとうまくいかず苦労した。本書を開いてすぐに飛び込んでくる京都の言葉がかつての思い出を呼び起こした。
 京都の町家の一角にある旅館・山吹屋を切り盛りするのは夏目博、とき子夫妻。二人の孫である若葉は二十一歳。彼女が本書の主人公。若葉の母である亜希子は、若葉を産んでからしばらくして出奔し、以来戻らない。若葉の自己肯定感が低いのは、父母不在であることも原因のひとつだろう。
 加えて京言葉が、若葉の自尊心を失わせているように感じた。
「今日クリーニング屋さんの日や。おばあちゃん、お台所で洗い物するし、頼むわ」
 祖母の何気ない一言に「わたしはこうする。あんたはあんたのやるべきことをして」というニュアンスがある。こうした京言葉の「やわらかく突き放す」感じが本書には貫かれ、読みながら何度も「で、あんたはどうするの?」と問われているみたいな気がした。
 若葉は長く育った家でも居場所がない。職場である紺田屋ならなおさらだ。そのせいで上司には怒られ、客の前でとんでもないヘマをして、職場でも孤立してしまうのだ。
 きっと読者は、最後には若葉が自尊心のある女性になることを想像するだろう。そうあって欲しいと願って——しかし若葉はなかなか変わらない。こちらが悶々とするほどに動かない。
 実は若葉は、周囲に言われるままに流されることを自覚している。その時点で彼女は意志を持って流されているとも言えるかもしれない。職場でも教室でも周囲を見渡して空気を読み、自分の役割を見つけて、居場所を確保する。どんな社会でも必要なスキルだろうが、これこそ周囲に合わせているということだ。
 若葉を見ているわたしの方がハラハラとしたり、心配になり、あまりの頼りなさに苛立ってしまう。そんな気持ちになるのは、若葉の中に自分の一部を見いだすからだ。周囲を忖度できず、何をしてよいのかわからなかった時を思いだし、そんな時期をくぐり抜けてきた今があることを忘れてしまっているだけなのだと、ふと思い返す。
 自分が本当にしたいこと、願うことが心に湧き出る瞬間を待てる人は幸せだ。
 物語の最後に若葉が語る言葉が、やわらかで芯のある京の音に脳内で変換されていく。
「心洗われる」とはこういう読後感をいうのだ。


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