宮崎駿さんに影響されて
江國 この小説の印象は静かですが、よく読むと派手なことも起こっているし、決してやわな感じではない。水産物の加工場での清掃作業の場面は、視覚的にもすごく効果的に表現されている。それらを静かなトーンに閉じ込めたところは力技だと思うし、読めば読むほど驚きます。
上村 ありがとうございます。自分では意識して書いたわけではなかったので、そういうふうに読んでいただいたということにむしろ驚いています。
江國 今はお仕事がお忙しいから、なかなか旅ができないですね。
上村 全然行けていないです(笑)。
江國 じゃあ旅の代わりに書くことにするのはどうでしょう(笑)。書くのも旅に似ているから。
上村 ああ、すごく似ています。それから、いい本を読んだときも、旅に行って帰ってきたみたいな気がします。この小説の中にジュール・ヴェルヌの『十五少年漂流記』が出てきますが、船が難破する日と僕の誕生日が同じ三月九日で、クリスマスか何かに買ってもらいました。ただの偶然ですが、そのことはすごく覚えています。
江國 思い出の本が小説に出てくるって、いいなあ、それ。ぐっときます。
上村 先日宮崎駿さんがお薦めする児童文学の本を読んだら、知っているものがだいぶありました。もしかしたら小学生時代が、一番本を読んだかもしれません。ファージョンの『ムギと王さま』という本の中に、大きな本棚のある物置のような場所で本を読む子供の挿絵がありましたが、本当にそんな感じでした。
江國 それって夢ですね。今も憧れます。
上村 僕が中学生くらいの頃、宮崎さんが何かの記事でサン=テグジュペリの『人間の土地』とバーナード・エヴスリンの『ギリシア神話小事典』を紹介されているのを読んで以来、この二冊は何度も読み返しています。そういう意味では、宮崎さんにだいぶ影響されているのかなと思います。
江國 宮崎さんのアニメーションもお好きですか。
上村 すごく好きです。僕が小さい頃の映画館は完全入れ替え制じゃなかったので、『天空の城ラピュタ』とか、夏休みに何回も見たのを覚えています。
頭で書く、感性で書く
江國 小学生の頃山村留学されたそうですが、ご両親と離れて暮らすのはつらくなかったですか。
上村 小学四年生のとき奈良の御杖村というところへ行って、五年生で一回帰ってきて、次は長野の小谷村というところへ行きました。最初は兄と一緒だったので、つらくはなかったです。やはり自然がすごくよかったですね。
江國 そこでは外で積極的に遊ぶような生活でしたか。
上村 昼間は外で遊んで、夜は本を読んで、という生活でした。寝るときは本をぱたんと閉じて「おやすみなさい」。だから、本が友だちみたいでした。一応親にも電話してはいけなくて、テレビもなかったんです。
江國 厳しいですね。
上村 この小説にもちょっとそういう場面が出てきますが、四年生で行ったときは他の子どもたちに「都会もん」みたいに言われて。最初は周囲から浮いた感じだったので、それで本を読んでいたということもあります。まあそのうちに仲良くなっていきましたが。
江國 それでもひるまなかったのですね。
上村 どうしようもなかったですから。でも帰りたいという気持ちはなかったです。山村留学から自宅に戻ったときは、アスファルトの中に木が立っていることに違和感があったし、町は知らない人だらけで何だか落ち着かなかったくらいです。
ところでぜひお聞きしたかったのですが、僕はこの小説の登場人物との距離感がとれていないというか、「この人をこうしてあげていれば」と罪悪感みたいなものがあり、今でも悩むことがあり困ることがあります。
江國 そうなんですか? 私はないなあ。技術的な至らなさを反省することはあっても、登場人物が悲しい目に遭うという意味で罪悪感を持ったことはないです。物語の必然なので。
上村 そうなんですね。多分僕の中に「この書き方でいいのか」という不安があるのだと思います。最後にもうひとつお聞きしたいのですが、江國さんはご自分の感性で小説を書いていらっしゃるのか、それとも設計図みたいなものを思い描いて、感性を動力に書いていらっしゃるのか、ということです。僕はあまり頭で考えると書けない気がしていますが、設計図を描いた上で書く訓練もしておかないといけないのかなと思って。
江國 上村さんは絶対そのままでいいと思います。私もわりとそっちですが、いくつも書くうちに違うやり方をしてみたいという欲が出てくるので、そのときにやってみてもいい。
上村 選評を読ませていただいたのですが、どの選考委員の方のものも「あ、ばれている」という感じがして、技術的なこととか勉強しなければいけないことが膨大にあると思いました。
江國 読むことも暮らすことも小説にはプラスになりますから、特に勉強しなくてもきっとそうなっていると思います。考えないで書こうとしても、ちょっとは考えてしまうし。それに、書いているときは同時に読んでいますよね。そのときの読者としてのクオリティーが高ければ大丈夫ではないでしょうか。
上村 とても大切なことをうかがえました。今日は本当にありがとうございました。