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南極(人)

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対談 京極夏彦×平山夢明

京極 まあ読書って十割が誤読なわけですよ。でも誤読するにしても人間性は出ますからねえ(笑)。まあ、それをある程度コントロールするのが僕らの商売なんでしょうが、そうはいっても、これ、天気予報みたいなもので不測の事態というか予測不能の反応というのは少なからずあるわけでしょ。読者の中にどんな化学反応が起きるのかは千差万別で、書き手として完全に見切れるもんじゃない。

平山 人生が変わりました、とか。え、こんなことで!?

京極 ねえ(笑)。まあ、僕もどうしようもない馬鹿なことが大好きなたちですから(笑)、書いてもみるんだけど、なかなか読者は「ただのバカ」だと認めてくれなかったりする。裏を読むんでしょうかね。 

平山 それはやっぱり「京極堂」のラベルがついているから。ああいう中にも蘊蓄があったり、人生の機微が描かれていると読者は思うんじゃないの。俺がよくいく床屋のあんちゃんも、ふだんは『クッキングパパ』『美味しんぼ』『ゴルゴ13』しか読まないんだけれど、京極さんの本を一生懸命読んでいるわけ。どうしてって聞くと「難しいことが書いてあるから読むと頭がよくなる気がする」って(笑)。

京極 気がする(笑)。

平山 このあんちゃんみたいな人は「南極堂」でも頭がよくなると思って買うんじゃない。

京極 頭が薄くなるというならわかるけど(笑)。この南極本は、読んだら馬鹿になるかもしらん、くらいの気持ちでいたんだけど……難しいですねえ。まあダメな感じくらいは出たかなあとは思いますが……各作品のタイトルからしてダメでしょ。パロディなんて高尚なもんじゃなくて、「ケッ」て笑われたかったわけ。良いタイトルを、ダメにする、そのために懸命にやってるという(笑)。

平山 聞いた時に腰が抜けたのがあったよ。『探偵がリレーを』(笑)。これはまさに「モナリザ」にへの字を書くようなもんだね。「誰だ! こんなことして!」って絶対言われる(笑)。

京極 担当と、次は東野圭吾作品でやろうかということになって、コンマ二秒で考えました(笑)。東野さんもギャグ小説を書いてるし、「ギャグはいい」って対談までした仲だから、まあそんなに怒らないだろうと(笑)。平山さんの『独白するユニバーサル横メルカトル』は……ダメにしにくくて困りましたねえ。まず長いから。

平山 これに挑戦するって聞いた時は、なんでそんな無謀なって。

京極 相当ヒドいタイトルになっちゃったけども。

平山 元もねえ。

京極 元はさ、ひどかないけど、大概ですよ(笑)。『独白するユニバーサル横メルカトル』って、別にほら、『地図は語る』とかでもいいわけじゃない。

平山 なんかずうっと気になってたの。小学校のとき名前きいて。「横メルカトル」図法って、なんでこんなわけがわかんないんだろうってずっと気になってて、それで使っちゃったんだよね。でもよくがんばったね、あのタイトルに挑戦するって。

京極 ホームページの「大極宮」で、「どう変えるか当てたらえらい」企画をやったんですけど、誰も当たんなかった。

平山 当たり前(笑)。

京極 どういじっても、妙な格調が残るのね。もっとテッテイ的にアホらしくしないといかんと思って。まず意味があっちゃいけないだろうと。くだらなくしなきゃいけないんだから。「独白する」の部分を、「~する」で考えがちなんですね。そこが、もうダメなんだろうと思って。もっと無意味にせにゃならん。で、「毒」……「マッスル」。この段階でもう作品としてはグダグダになるだろうと予測できますね。で、ゆにばーさる・よーこーめーるかとる……「ウニばーさんようコメヌカとる」。一応似てるでしょ。でもヒドイね(笑)。

平山 これを最初に聞いたときはね、サザンだ、桑田だ、って思った(笑)。サザンで来たな今度はと思ったね。桑田の歌詞には出てくるよね。ああいうのね。

京極 まあ、タイトルだけ考えるならいいんだけども、そういう筋の話書かなきゃいけないということを、もう失念してるわけ。まだ読んでないですね?

平山 ひどいんでしょ、ひどい話だろうさ。

京極 ひどいですよ。毒マッスル海胆っていう海胆がいるのよ。それが婆さんの米糠を盗る。って、そのまんまだ!(笑)。

平山 かっこいいね、それ。西部劇みたいな話だね。

京極 そこが、まあ脊髄反射というか、脳髄スルーな感じにせんと。技巧を蹴散らすような技巧に憧れるというか。

平山 「毒マッスル海胆」って言った時点でふつうは「大丈夫ですか」って言われちゃうね。海胆は水の中にいるのにどうやって米糠盗るんだって話だね。だいたい米糠のほかに盗るものあるだろう(笑)。

京極 あるな。でも、そのこじつけ感がね。苦しまぎれというか。もう、どうしようもないところまで押してって、それでもダメで、がーっと投げるみたいな、まあ実話怪談でいうやりっぱなしみたいなことをしないと、どうも勢いが出ないんですね。そこでどうしようと考えちゃったらもう負け。

平山 これだけ知識と技量がある人がそういうことをすると、読者にとっては乱暴なカイロプラクティックに行ってるようなものかもね(笑)。「いきますよ!」「やめて!」「パキッ」(笑)とかいうやつ。読んでるほうはどんどんつぶされていく(笑)。

京極 でもねえ、まだまだですよ。所詮、技巧に走っちゃうことが多くて、整合性なんか求めちゃったりね。そうなるとハードルが上がります。「ケッ」って言って欲しいよね。

平山 たぶんね「あれ?」とかは言うと思う。あと「うーん」とか。

京極 「うーん」だなあ(笑)。がんばって「ケッ」と蔑まれるとこまでは行けたとしても、「ぶはッ」とリアル噴き出しするところまではなかなか行きませんしね。それ以前に、タイトルで脱力してまともに読んでくれないかもしれない(笑)。今度から題だけは普通につけようかしら。

平山 でも京極夏彦の普通の小説っぽいタイトルで中味がこれだったら、暴動が起きるかもしれないよ(笑)。乱丁か落丁じゃないかって思われるかもしれないね。

京極 作者の脳が落丁してる(笑)。筆は乱調。

平山 でもそういうことはね、俺はつねづね思ってるわけ。やっぱりね、もの壊すとか、だらしないこととか、そういうことは偉い人がやらないとダメなんだよね。そうするとみんながやれるようになるわけ。京極さんがこうやってやってくれると、俺なんかもやれたりするけど、俺の場合はいつもと変わらないねって言われるかもしれないんだけど(笑)。

京極 まあ、ぜひ何かやって欲しいですが。

平山 この本は従来の京極夏彦の小説からはかなり離れている?

京極 本人的にはまったく変わらんですよ。ただ、装いはね、のっけから「ごめんね」的にしてますけど。みなさんに頭下げて、腰を低くしてるわけですが。

平山 それね、いいかもよ、帯に。「ごめん!」って、何を謝っているか読むとわかる。

京極 まあ謝ってはいるものの、そんなに変わらないです。まあ西か東か、向いてる方向が違うだけですね。読者の方がどう受け取っているかはともかく、僕の場合は他の小説にも愛の字はないですから。この本からも愛はわいて来ないと思うけれども、まあ『異常快楽殺人』で感動する人もいるようだから……わくのかな?

平山 でも安い愛なんて、どこにでもすぐわくんだよ(笑)。蛆虫と一緒でさ(笑)。どこでもわくんだよ。ほんとだよ、愛はすぐにわくよ。どこにだってすぐわいちゃうんだよ。そんなもの大切でもなんでもないよ。

京極 まあねえ。愛をつければ大概許される傾向というのはありますからねえ。

平山 言うでしょ。なんかすぐ「あの人素敵」とか言っちゃうでしょ。なんだよ素敵じゃねえよあんなのって思うけど。みんなわかってないけど、愛なんてカビみたいなもんだよね。すぐわいちゃうの。どこでもわいちゃうの。

京極 なら駆除するべきだよね(笑)。

平山 ある一定量を超えるとよくないからね。だって蛆とかカビとかいっぱいあったらいやでしょ。俺たちが適当に刈っておかないといけない(笑)。俺なんてさ、石器時代に変えてやるんだから、いつも。

京極 ああ、愛の刈り込みってのは必要ですね。ホラー映画が一時ぜんぶ愛にのっとられたけれども、あの時は、ホラーはもう駄目かと思った。『パラサイト・イヴ』は名作ですけど、映画の方は愛で解決するでしょ。何億年も続いた、人間の歴史まで超えた怨恨が、愛してますで和解はせんから。付き合って一箇月のカップルだって、こじれて別れるっていうのに。あんなオソロシイ貞子だって、映画じゃ愛でおさまるのよ。「リング2」なんかだと。

平山 愛にするとみんなが納得するからじゃないの。だったらリーマンショックも愛で解決すればいいのに(笑)。愛して愛してって言えば、愛じゃしょうがねえやって、いいよってなるよ。

京極 愛がすべてだ、努力こそ大事だと教えるじゃない。でもそうなら五輪のメダルの数は関係ないでしょ。でも結局、獲った獲らないで計るんですね。メダル獲れなかった「けど」がんばったね、みたいに。そういう、矛盾や欺瞞ってたくさんあるわけだけど、愛ってそういうのをべたーっと糊塗しちゃう力はある。オリンピックなんてみんなギリギリんなって外国で曲芸みたいなことして頑張ってるんだから、そういうとこ褒めるなら順番なんかどうでもいいじゃんと思う。 

平山 そうね。それにしてもメダルを獲ったやつはみんな噛むね。あれなんで噛むのかね。

京極 時代劇で小判を噛むのと一緒でしょ。「うむ、本物じゃ」って。でも噛んだだけでわかるほど金属の食感を熟知してるんだ武士ってものは(笑)。

平山 曲げりゃいいんだよ。曲げるやつが出たら、「マグナム・フォト」かなんかに載ると思うよ。

京極 でも、仏教でいうなら、愛なんてただの執着ですからね。慈しみとは違うの。どこか犯罪的なこだわりですよ。つまり幽霊なんてことごとく愛からわくのね。すると実話怪談は本来は「愛」の博覧会なんだ。

平山 愛に浸ってる人ってさ、けっこう怒りやすいんだよ。愛で満ち溢れているんだから、豊かかなって思うと、ケッなんていうと、「君は僕の愛を馬鹿にするのかね」とかいっちゃうんだよね。

京極 愛を執着と言い換えたら世の中ストーカーだらけになりますからね。

平山 べっとべとだよ。愛情がいっぱいのやつってね、粘度が高いよね。

京極 粘っこい。「愛は地球を救う」って、ものすごく傲慢で上から目線でしょう。人間は地球に寄生してるようなもんなんだから、「寄生虫の僕らが少しでも長く寄生できるように、宿主を痛めつける力をちょっと緩めよう」でしょ。素直にそういうなら本音なんだけど。いずれ執着は地球を救わないから(笑)。

平山 救わない(笑)。あの番組って人間を一晩中寝かせないでガレー船の奴隷のように走らせて喜ぶんでしょう。それをみんなで見て喜ぶっていうのがおかしいよね。休ませてあげればいいしさ、もっとタクシーとかで運んであげればいいのに。

京極 結果的にスポンサーが喜ぶだけだからなあ。

平山 本当にあんなことをやるんだったら、弱いんだよね。もっと血吐いて倒れたりするようなすごいのを見せてくれたらいいのにさ。せいぜい膝が痛いとかさ。あまいよ、あまいあまい。

京極 ストロングタイプでやってほしい、と。

平山 あれってさ、相模原あたりから走るんでしょ、だから横浜あたりに来た時にライオンを放つとかさ(笑)。十キロくらい先だったら放ってもギリで行けるだろうとかさ。それぐらいのことをしてほしい。

京極 わはははは。どっかに狙撃ポイントがあるとかね。ブービートラップが沢山仕掛けてあるとか。

平山 それそれ。そうやったらね。視聴率なんてかなり上がると思う。

京極 たしかにエンターテインメントに徹してくれるなら許すけどもなあ。でも愛だから。なんかナマぬるい感じを、愛って言ってごまかそうとしてるようにも思えちゃうやねえ。

平山 「愛税」を作ればいいんだよ。人を愛したら十パーセント税金を納める(笑)。

京極 何の十パーセントなのかが問題だけどさ。

平山 まあ年収でもいいね。年収の十パーセントぐらい。愛税の脱税っていったらけっこう怒られるよ。「あいつ、愛税脱税してんだぜ」って言われる。

京極 世界の中心で叫んだりしたらエライことになるなあ(笑)。

平山 大変大変。孫の代まで払いつづけないといけない(笑)。「やめてお父さん」「俺ちょっとあそこで愛を叫びたいんだ」「だめだめ、ちょっとは子供のことを考えて。愛なら私に囁いてたらいいじゃない……」。

京極 小声なら安いんだ。

平山 うん。でもそのへんはちゃんとナノマシーンかなんかがとりつけてあって。気持ちちょっと愛してるだけでもガッていっちゃう。プロポーズしようもんなら、そのために三十万くらい払わないといけないからさ。

京極 こまかいなあ、愛税局。歌はいいの?

平山 歌もだめでしょ。国は強欲だもん。

京極 カラオケの選曲にも神経を使いますね。一曲歌うだけで破算しちゃう曲もある。

平山 それぐらい愛から派生するものは、あんまりよくないってことですよ。

京極 というか、こういう心のない人と話していると(笑)、いやでも笑える話になっちゃうのね。愛とか小説とか人類とか地球とか、僕らはすごく深刻な話をしてるのに、さっきから周りがみんな笑ってるわけです。これがギャグのいいところなんですよ。相手が平山夢明さんみたいな人じゃないと、こうはならないですね(笑)。

平山 ならないの? その人は愛の人だから?

京極 普通は残ってるもんですよ、そこここに。愛的なもの。

平山 でも、俺けっこう愛があるんだ、とか言う男とは友達になれないでしょう。

京極 埋めたくなるね(笑)。

平山 だめだよね。おかしいよ。でも歌手同士とかってけっこうあるのかな? 歌手の人って必ず愛をうたうじゃない。

京極 歌うだけじゃないの? 

平山 俺のことを思って死ねとかいろんなことをうたうでしょ。ああいう人たちは、愛があるからとかってなるのかしら。

京極 どうかねえ。歌い切ってしまうんじゃないの? 生活には愛は持ち込まない、みたいな。仕事だから仕方なく歌っているとか。

平山 誤解しないでもらいたいのは、たとえば人間の祖先を研究するためには人間から離れて猿学から始めるのと同じで、愛を本当に理解しようと思ったら、愛にいっちゃだめなんですよ。むしろキクチの方にいかなくちゃいけない(笑)。キクチは愛がないから、愛が世界に生まれる瞬間、本当に最初の双葉くらいのところをキャッチできる。愛が全くないところにピッと芽が生えて「おっ、大変だ大変だ、潰しに行こう」となるわけだから(笑)。ふんじゃえふんじゃえ(笑)と。でも愛の人は、最初からそこらへんにいっぱいあるからわからない。

京極 まわりが愛だらけだから、サハラ砂漠のサイババみたいなもんで、砂出したかどうかわからないという(笑)。でも、まあ僕が親しくさせていただいてる方々は……まあハートレスだな、一様に(笑)。

平山 そういう人はみんな愛の意味を知ってるんだよね。

京極 知っているでしょう。

平山 みんな知ってるんだよね。キクチ系の人だけが知ってるんだよね。だから全国の愛に飢えている女子は、本当の愛を知りたかったらキクチ系の人とつきあったらいいよ。

京極 それはどうかなあ(笑)。

平山 だめかなあ(笑)。

京極 まあ「愛してる」とか軽々しく言わない人のほうが信用はできます。

平山 そうだね。このあいだ、つけ麺屋へ行ったら特大盛りなんてのをカップルで一緒に啜り上げてやがるバカがいてね。「あら、こんなに多いわ。どうしましょう」って、特大盛り頼んでんのにさぁ、脳梅じゃねえんだから。しっかりしろよ鉄人! って声掛けたくなっちゃったのね。そしたらまたそのふたりが太っちょデメタンな奴らで、ちゅるちゅるちゅるちゅる互いの麺を一緒に吸ったり戻したり、もうトロンとするのはおうちでやってよって気になりました。


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