• twitter
  • facebook
  • インスタグラム
 
 

担当編集のテマエミソ新刊案内

  • 一覧に戻る

南極(人)

  • 紙の本
  • 試し読みはこちら

他人事(ヒトゴト)

  • 紙の本
  • 試し読みはこちら

対談 京極夏彦×平山夢明

平山 読んだ人がね、僕は本屋で立ち読みして、「うっ」て言ってる人を見たいね。そうしたら、あ、読んでる読んでるって。

京極 勿体ないとは思うけど、「この野郎」と思ったら古本屋に売らないで破り捨ててほしいですね、僕的には。

平山 もしかしたらさ、読者ハガキにさ、「わたし失望しました。十八歳、看護師志望」みたいなのがきたらどうする?

京極 前に『どすこい(仮)』を出した時に一通来たと思います。

平山 『どすこい(仮)』の時の反響はどうだったの?

京極 それがねえ……普通だったんですよ。いや、「このバカッ」とか、「ええかげんにせえ」とか、そういう感想が来るかなあと思ったわけですが、「失望しました」的な怒りモードの反響はホントに一通くらいで、せいぜい「びっくりだ」みたいな。後は概ね好意的でしたねえ。

平山 でもその人たちは、あとでやっぱり遅効性の毒のように効いて、すばらしい人生を歩んでると思うよ(笑)。愛のない。

京極 愛のない豊かな人生。

平山 私が愛だと思っていたのは違うんだって気がつく。

京極 それは多少あるかもしれませんねえ。『どすこい(仮)』はデブばっかり出てくるんです。それで、お前は「デブが嫌いなのか」とか、「デブ差別しているのか」とか、そういう風に思われたらイヤだなとは思ったのね。いや、僕はですね、デブに憧れてたわけです。貧相でしたからね、基本。でまた、えらく太った友達がいたりするの(笑)。デブはカッコいいですよ。まあ、健康を害するほど太っちゃマズイんだけど、太るのを病的に嫌がる風潮ってあるじゃないですか。あれはオカシイです。人間痩せてなきゃいかん、的な。ひと昔前の日本人はみんなこう、がっしりでっぷりしてましたよね、寸詰まりで。あれ、カッコいいですよ。で、喰いものだって昔は今よりずっとヘルシーだったわけで、健康ですよ。それであの体形ですから。あれ見てメタボだとか思う価値観はどうなのかと。僕はデブを病的に排除しようとしている世相こそをバカにしたのであって、デブは好きなの。むしろ個性でしょ。で、今回はその、ハゲ(笑)。

平山 カッコいいね。

京極 いいでしょ。ハゲっていうと、「肉体的欠陥を揶揄する」みたいにいう人がいるんだけど、ハゲは欠陥じゃないですよ。毛の濃い薄いは個性であって、別に悪いこっちゃないわけです。まあ、病気の場合もあるんだろうけど、それだって恥じるようなことじゃないでしょ。スタイルとして誇示する方がカッコいいですよ。半端に隠すからなんだか恥ずかしくなるんですよ。

平山 ハゲってね、俺ちょっとハゲは見過ごせないんだよね。電車で吊革につかまってて、前にハゲがいると吹きたくなるんだよ。息を。感じるかなあって。ハゲは感じるね、びくってするんだよ。

京極 びくって(笑)。敏感なのかしら。

平山 毛がないからね。

京極 年取れば誰だって衰えますね。でも、カッコいい衰え方ってあるでしょ。というか人間、普通にしてれば大概カッコいいですよ。僕は老人にも憧れていて、とっととジジイになりたかった。もうジジイだけど(笑)。ショーン・コネリーだってヅラとってからの方が素敵です。

平山 でもさ、ハゲもいいハゲとダメなハゲが……。

京極 この小説に出てくる南極はハゲを隠そうとしてスダレにしてるんだけど、僕は生えるがまま、ハゲるがまま、というのがカッコいいと思うわけ。

平山 よくハゲ散らかしたようなのがいるよね。ねずみが慌てて逃げ出したみたいな。

京極 毛は下に向かって伸びるわけで、その髪を横だの上だのに持ってこようとするところでもう「ハゲるがまま」じゃないわけね。そういうのは、まあどうだろうかなと。上の方が来ちゃったら落ち武者みたいになるのが良いですね。人間は、どんな人でもあるがままで、恥じるところは一点もないの。自然体が最高の形ですよ。

平山 俺の知り合いでさ、彼女ができたんだけど薄かったのを気にして、ふりかけがあるんだよ、増毛フリカケ。髪の毛のチップみたいな。ラーメン屋のこしょうみたいにぱっぱっぱってかけると黒くなるんだよ。それをスプレーみたいな薬で定着させるんだけど。そうしたら大変だよ。雨が降ってきちゃってさ、彼女に濡れるよっていったら、そいつ黒い雨に濡れてて、彼女がびっくりして「血じゃないの」ってきいたんだけど、血よりももっと悪いものが。このひと溶けてる、雨で溶けてるって(笑)。

京極 「魔鬼雨」だね、そうなると。

平山 こないだ五十近い男がノーヘルでバイクに乗ってて、なんで暴走族みたいな走り方してるなと思って見てたら、とつぜんパカッてあいたんだよ。でっかいかさぶたが取れたみたいになったのね。

京極 わはははは。ヅラメット!!

平山 風圧でパカパカパカってスペインの踊りのカスタネットみたいに、フラメンコみたいになっちゃって。

京極 それ、ヘルメット被ると、メット取った時に一緒にヅラも取れちゃうから被らなかったのかしら? それとも、ヅラ自体がメット? 内側に鋼鉄かなんかが貼ってあるのか? そうだとしてもフラメンコになっちゃ意味ないぞ(笑)。

平山 大変だよ。びっくりした。走ってる人間の頭の皮がむけてみな、びっくりするよ。俺とんじゃったもん。

京極 いやあ、そういうのはねえ。まあ、さっき自然体が一番と言ったけれども、そういう無理なありかたに「何かなっちゃう」という、バカさ加減というか、困った具合というか、そういう弱さも大いに認めたいのよ。繰り返しますが、僕はそういうスタイルを蔑視してるわけじゃないんです。むしろ好きなんです。自然体はカッコいいけど、不自然になっちゃってカッコつかないのも愛おしいわけ。必死にいいつくろったりカッコつけたりせんで、受け入れましょうよ、そういうのを(笑)。その方が幸福。つまり、その、そういうバカ味に対しては……。

平山 愛が(笑)。

京極 愛があるとすれば、そこに愛があるわけだ。

平山 俺もあるよ。

京極 税金取られるとすれば、そこらへんで取られますね。

平山 そうそう。そういうのは払うね。

京極 落語みたいなオチだ。

(十月三十一日 東京神田「玄気」にて)

(撮影 小池守)

京極夏彦(きょうごく・なつひこ)●作家。1963年北海道生まれ。著書に『姑獲鳥の夏』『嗤う伊右衛門』(泉鏡花文学賞)『覘き小平次』(山本周五郎賞)『後巷説百物語』(直木賞)『どすこい』等。

平山夢明(ひらやま・ゆめあき)●作家。1961年神奈川県生まれ。著書に『「超」怖い話』シリーズ、『鳥肌口碑』『独白するユニバーサル横メルカトル』(日本推理作家協会賞受賞作)『他人事』等。


ページのトップへ

© SHUEISHA Inc. All rights reserved.