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ここに消えない会話がある

  • 紙の本

『ここに消えない会話がある』山崎ナオコーラ

定価:1,100円(本体)+税 7月24日発売

(1)■「職場」を舞台にしたワケ――「働くって、尊いですよね。」

今回の「ここに消えない会話がある」では、会社以外のシーンがほとんど出てきませんね。本当に、言葉どおりの「職場」小説ですが、そもそも、なぜ「職場」を舞台にしたのでしょうか。

――働く人たちのざわざわした感じ、業務の中で雑談が交わされているような、「職場」特有のふわっとした空気を小説にしたいと思ったんです。

登場人物も25歳から27歳と、ごく近い年齢の若者たちですが、ナオコーラさんがお勤めになっていたときの感覚や、働きながら考えていたことが生きていると思われますか。

――そうですね。この作品の中に、私っぽい文章が一つあるんです。
「自分のミスを、同い年の男の子に責任取ってもらうことほど、屈辱的なことはない。」
という一文で、岸という、25歳の女の子が思っていることです。これはすごく私っぽいなと思います。
というのも、私はこれまで、だいたいの作品で、男女の関係や、男女の差を書いてきたんですが、今回も出発点にあったのは、同い年の男の子に自分のミスの責任をとってもらうのが嫌だ、という仕事に対する自分自身の考えだったんです。

ただ、そういうことを主張する小説にはなっていませんよね。

――やはり、広田というニュートラルな存在の男子を中心に置き、三人称で書いたからでしょう。岸の視点で書いていたら、男と女とか、社員とそうでない人の差、といった「訴えたいもの」がもっと前に出て、職場のふわっとした雰囲気を描いた小説にはならなかったと思います。

群像劇として、うまくバランスがとれたんですね。

――三人称で主に広田を追っていますが、広田から離れるシーンもあって。そういう書き方は今回が初めてでしたが、いい距離感を持って書けたなと思うんです。
彼らの年齢より私自身は5歳くらい上で、それも大きいですね。もうちょっと私が成熟してしまうと、その微妙なバランスが崩れて、若さゆえの生意気なことも書けなくなってしまう。今しか書けないことを書けたと思います。

なるほど。だから、「職場」の雰囲気を淡々と映し出すと同時に、そこで働く若者たちの心の動きにこれだけリアリティを持たせられたんですね。

――本当に、今の時期にこれを書けてよかったと思います。
あと、やっぱり働くことって尊いですよね。

それは、会社勤めをされていたころからの実感ですか?

――いえ、そのときは、労働の対価としてお金をもらうということに一番意識があった気がします。でも、作家を始めてからは、「作家を仕事とは思えない」とずっと感じていました。

それは、小説を書くことがお金を稼ぐための手段ではないということでしょうか?

――お金をもらいたいからじゃなくて、本を作りたいからやっているんです。本作りは芸術の作業ですから。形而上的なことばかり考えていて、自分の生活はいらないと。

すごくストイックですね。世の中には、仕事は完全にお金のためで、自分の人生は違うところにある、という分け方をしている人もいますよね。人生の豊かさや楽しみは、仕事以外で充実させるというような……。

――もちろんそうです。ただ、私の場合は本と生活や人生は、もっと地続きな感じなんじゃないかと思うようになりました。日々、仕事をしたり、家事をしたり、本を読んだりが、実は全部つながっていて、地続きの芸術なのかな、って。

日々の生活も労働も全て芸術、その感覚はこの作品に出ていますね。しかも、その仕事が社会的にすごく意義のあることとか、その人でなければできない仕事というわけではなくても、「自分は絶対に校正でミスをしない」とか、その人なりのプライドを持って働いています。

――仕事の内容とか、評価されて出世できるかとかではないところに、自分の仕事に対して、その人その人のプライドみたいなものがあるんです。そういうのって面白いし、素敵なことだと思います。


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