• twitter
  • facebook
  • インスタグラム
 
 

担当編集のテマエミソ新刊案内

  • 一覧に戻る

ここに消えない会話がある

  • 紙の本

『ここに消えない会話がある』山崎ナオコーラ

定価:1,100円(本体)+税 7月24日発売

(3)■物語も人生も……伝わること、成就することが全てじゃない

その一番書きたかったシーンに出てくる「『ジューシー』ってなんですか」というセリフは、それだけでは何のことかわからないし、ストーリーを動かすような意味深いセリフではないんですよね。でも、登場人物たちも、そして読者も、このシーンに居合わせた人たちの心には、きっと残るセリフです。

――そうなんです。実際、普段の会話だって、意味のある会話とか、何かを伝え合う会話だけではないですよね。なんでもかんでも全てを伝えたり表現しなくてもいい、共有できないものがあってもいい、というのも、すごく思っています。私は「人魚姫」が大好きなんですが、人魚姫は全然伝えられないし、言葉にすらできないじゃないですか。好きな人に好きと言えない。でもああいう風にストーリーになるって、すごいなと思って。

今回の作品の中で、私が一番心に残ったのが、「先に続く仕事や、実りのある恋だけが、人間を成熟へと向かわせるわけではない。ストーリーからこぼれる会話が人生を作るのだ。」というところだったんです。

――広田も、もう一つの「ああ、懐かしの肌色クレヨン」の主人公も、いちおう告白はしていますけどね(笑)。でも、伝わらなくてもいい、とは思うんですよ。同じような認識がお互い持てなくてもいい、というか。広田が読んでいる本を『シラノ・ド・ベルジュラック』にしたんですが、あの本も実はすごく好きで。不細工な鼻のシラノは、ロクサーヌに愛を伝えられないけれど、でもちゃんとストーリーになっていて、詩的な会話ができていて、すごいなって思います。ふられて何十年という月日が経ち、その間もずっと好きでいたことやラブレターを書いていたことは言わないんですが、最後に「ずっとあたしを好きでラブレターをくれていたのはあなただったのね、どうして言ってくれなかったの?」とロクサーヌに言われたシラノが、「自分の人生には結局妻や恋人はいなかったけれど、ロクサーヌ、あなたのおかげで女の人の気配をずっと感じながら生きてくることができました。あなたのおかげで女のスカートの衣ずれの音をずっと聴いていることができました」というようなことを言うんです。すごいいい関係じゃないですか。

素敵です!!!!!

――そうですよね、すごく素敵だと思いました。

何かを伝えて、その結果を得られるだけが豊かなわけではない、ということですね。

――伝わらなくてもいい、同じような認識がお互いもてなくてもいい、と。それはこの小説にも表れていて、たとえばこの6人にそれぞれ同じ期間のことを語らせたら、絶対すべて違うと思うんです。三人称で書いているので職場小説になっていますが、6人それぞれの一人称で書いたら絶対こういう小説にはならないですね。人生における会社の比重がすっごく小さい人もいるはずなので。でも6人でおんなじことを共有しているから素晴らしいわけではなくて、「少年ジャンプ」みたいに努力・友情・勇気をスローガンにみんなでチームのように一丸となって同じ目標に向かって……というのもいいとは思うんですが(笑)、そうならなくても、たまたま居合わせた濃淡の違う6人がふわっとしたつながりでそこにいる、という感じがいいなと思っていて。


ページのトップへ

© SHUEISHA Inc. All rights reserved.