2012年から続く壁井ユカコさんの「2.4‌3 清陰高校男子バレー部」シリーズ最新作『2.4‌3 清陰高校男子バレー部 next 4years』〈Ⅰ・Ⅱ〉が2ヶ月連続で刊行されます。はいじまきみちかくろむらすばるゆみかけあつなど、お馴染みのキャラクターたちや新たなライバルが大学バレーのコートに集結し、リーグ戦の火蓋が切って落とされる……。シリーズスタート当時のことや過去作について振り返りながら、十年間の集大成でありつつ新境地へと大きく一歩踏み出した今作について、ガッツリ伺いました。
聞き手・構成/吉田大助 撮影/大槻志穂

――バレーボールネーションズリーグ2‌0‌2‌3での活躍により、バレー男子日本代表の人気が爆発しています。『2.4‌3 清陰高校男子バレー部』のウェブ連載スタートは2012年、最初の単行本が刊行されたのは2013年。当時は男子バレーの「暗黒時代」とも呼ばれる低迷期でした。現在の代表チームの大躍進をどのようにご覧になっていますか?
 万感の思いです。男子バレーは2015年くらいから徐々に代表チームの様子が変わってきて、世界で強いと言われているバレーの戦術を取り入れよう、外国人監督やコーチも招聘して意識を変えていこうと一丸となって取り組んできたんですよね。その努力が実を結んで、東京オリンピックでは予選で三勝して決勝トーナメントに進出し、今回のネーションズリーグでは強豪国のブラジルに三十年ぶりに勝って予選ラウンドを全体二位で通過しました(※取材は決勝トーナメント前)。予選で負けたイタリアとポーランドにも、一セットでも取れたらすごいよねという相手だったのが、今は勝てなかったことが悔しいというレベルになっているんですよ。しかも、今の日本代表チームの中核にいるのはキャプテンの石川祐希選手をはじめ、高校、大学から応援していた選手たちなんですよ。十年前に観ていた選手が、こんなにも強い日本代表の姿を見せてくれている。だから……やっぱり、万感の思いです(笑)。
――もともと男子バレーの熱心なウォッチャーで、この競技のことを小説にしたいと思われたのでしょうか?
 スポーツ観戦全般が好きで、男子バレーもテレビではよく観ていました。次は青春スポーツものに挑戦してみたいなと思った時に、編集さんと話し合っていく中で、小説では今までほとんど書かれてこなかったバレーボールを選んだんです。最初の取材で2011年のインターハイを観に行ったところ、高校生とはいえ生で観る男子の試合は迫力がすごくて、バレーという競技自体に惹きつけられました。私は今年デビュー二十周年なんですが、十年も続くシリーズは「2.4‌3」が初めてです。ここまで続けられたのは読者さんから支えていただいたことも大きいんですが、何より私自身がバレーボールの魅力に取りつかれてしまったからなんです。

第一作は青春部活もの 第二作で試合をガッツリ!

――第一作(2013年)では、三年生の主将・小田伸一郎と副主将・青木みさお、二年生のかんあきらを擁する福井県の
ななせいいん高校男子バレー部に、天才セッター・灰島(チカ)とあがり症のアタッカー・黒羽(ユニ)という一年生コンビが入部。万年一回戦負けの弱小チームが、春高バレー(全日本バレーボール高等学校選手権大会)出場を本気で目指す……という姿が描かれました。取材はかなり重ねたんでしょうか?
 当時、直接お話を聞いた方は多くありませんでした。ただ、つてを辿ってバレー部O‌Bの方に話を聞かせていただいたら、「高校の県大会はネットの高さが二メートル四〇センチだけど、春高バレーはシニアと同じ二メートル四三センチで行われる。だから自分たちもその高さで毎日練習をしていた」とおっしゃっていて、それをエピソードとして使わせていただきました。万年一回戦負けの弱小チームが、その高さで練習していたらグッとくるものがあるなと思ったんです。あとはとにかく大会に足繁く通って、そこで見た光景から想像を膨らませて、の積み重ねでしたね。選手たちはどういう思いを持って、どういう環境の中でここまで来たんだろうか、と。
――第一作は、部内の関係性のドラマがメインでしたよね。
 試合も出てきますが詳しく書いてはいないですし、特に前半は灰島の中学時代の部活内でのいじめ話であったり、黒羽が大会をボイコットしちゃったりだとか、ネガティブなエピソードもちょこちょこ出てきます。部内が結構、ゴタゴタしている(笑)。女子バレー部の話を入れたりもしていて、最初はスポーツより青春部活ものの要素が強かったですね。
――次からバレー描写に本腰を入れるという計画でしたか?
 書けるのであれば次は福井県N‌o‌.‌1を決める「代表戦」がメインで、試合をガッツリ書くぞとは思っていました。ただ、続きが書ける保証はなかったんです。出版社の方から二作目を書いていいですよと言われたのは、単行本の重版が三刷になった時でした。二刷ではゴーサインが出なかった(笑)。
――第二作「代表決定戦編」(2015年)で度肝を抜かれたのは、県内に敵なしとされる常勝校・ふくほう工業高校サイドにも視点を取り、代表決定戦に懸ける彼らの思いや努力を描写していることです。そこを読んでいるから、福蜂のことも応援せずにいられなくなるんです。
 第一話が敵の視点から始まるのって、ちょっとヘンですよね(笑)。清陰のライバル校はしっかりと魅力のある、主役として立つぐらいのチームをぶつけようという構想は最初からありました。予選の経過を通じて、二つのチーム内のそれぞれのドラマを積み上げつつ、バレーの基礎知識なども盛り込んでいく。いざ決勝が始まってからは、どっちにも勝ってほしくて困る、という感覚になってもらえたらなと。
――福蜂には三村という県内最強アタッカーが存在しますが、彼と特別な絆を結んでいるのは選手ではなく、マネージャーのみつおみです。選手ではない存在を視点人物に取り入れたことで、作品世界に広がりが出たと感じました。応援が仕事の一つという意味では、読者に近い存在でもありますよね。
 「灰島と黒羽」「小田と青木」といった二人組の関係性を福蜂にも作ろうと思った時に、清陰の中にはなかった、エースと男子マネージャーという組み合わせが自然と浮かびました。高校の男子バレーの全国大会を観ていると、男子マネージャーがすごく多いんです。実際に誰かに話を聞いたわけではないんですが、男子マネージャーってどういう思いでなるんだろうと想像していった時に、最初は選手として入ってきたんだけれども、レギュラーになることは難しかったのかもしれない。どこかのタイミングで、陰で支えることを選んだのかなと思ったんですね。バレーの続け方や、夢の抱き方は人それぞれで、一つではない。そのことが、「三村と越智」という二人組を通して描けたのかなと思います。
――文庫で120ページにも及ぶ決勝戦は、白熱の一言です。
 予選までは我慢していたところがあったぶん、ガッツリ書きました(笑)。第一話の時点では、どちらを勝たせるか決めていなかったんです。前作同様、続きが書ける保証はなかったので、清陰が負けてシリーズが完結するという展開もあり得ました。ただ、福蜂の魅力を清陰に匹敵するレベルにまで持っていこうと試行錯誤していくうちに、このチームは負けることでより読者の心に残るようになると思ったんです。

壁井ユカコインタビュー

このシリーズは主人公チームに主人公補正がかかっていないんです

――スピンオフとも言える『空への助走 福蜂工業高校運動部』(2016年)を経て、2017年に第三作「春高編」のウェブ連載がスタート。2018年に単行本としてまとまった本作は、清陰高校が初出場した回の春高バレーを余すことなく書き切っています。
「春高編」では、正味五日の大会期間をメインにすることは自ずと決まりました。春高には毎年足繁く通っていたんですが、私が特に集中的に取材していたのは、石川祐希選手が活躍していたせいじょう高校がほぼ無敵だった時期と重なっていたんですね。星城もかっこいいなとは思っていたんですが、星城に勝てなかった学校にずっと思い入れを持って観ていたんです。そのうちに、自分の中に物語の種みたいなものがたくさん生まれていった。それを詰め込んだのが「春高編」です。
――全国大会三冠を狙う福岡代表・宿ぼし高校の175センチの小柄なエース・弓掛、弓掛とライバルであり親友でもある万能プレイヤー・浅野なおずみが在籍する東京代表・けいせい学園……。またしても、清陰のライバルチームが魅力的です。
 代表戦ではライバル校は福蜂一校でしたが、今度は全国大会なので、最低二校はライバルを作ろうと思いました。代表戦のコンセプトを引き継いで、どのチームも負けてほしくない、この作者は必ずしも主人公サイドを勝たせるとは限らないぞ、と思ってほしかった(笑)。実際の試合をリアルタイムで観戦する時は、勝ち負けが分からない状態で観ているじゃないですか。それと同じ没入感を作り上げたかったんです。
――リアルタイムで進行する試合および群像ドラマの実況&解説に加え、要所で過去の回想シーンが入り込む語り口は新発明だったと思います。もう一つ発明的だなと感じたのは、弓掛が率いる箕宿高校との試合では、清陰が一種の「悪役」に見えるという演出です。「高さの正義」に屈しないバレーを貫いてきた箕宿高校を、清陰は「高さ」で圧倒しようとする。これをやっちゃっていいんだ……と震えました。
 どのチームも、自分たちのチームが主役なんです。ライバルチームの側に立てば、主人公チームが悪役というかライバルになる。言い方を変えると、主人公チームに主人公補正がかかっていない(笑)。だからこそ、どちらが勝つか最後の最後まで分からない。そこは強く意識しました。
――春高終了後の灰島の決断は驚かされたのですが……。
 読者ががっかりしてしまうかもしれない、賛否が出るだろうことは分かっていました。でも、清陰がここで一回チームとして壊れることで、予定調和ではない、思いがけない広がりができるような終わり方にしたかったんです。というのも、春高編の終盤を書いていた時点で、シリーズ史上初めてあらかじめ次作も書けることが決まっていたんですよ。アニメ化決定(※フジテレビ「ノイタミナ」枠ほかで2021年1月〜3月放送)の御褒美でした(笑)。
――春高編をガッツリ書いてみて、改めてどんなところに高校男子バレーの魅力を感じましたか?
 バレーボールに限らず部活って、三年なら三年で、絶対に終わるんですよね。同じチームや選手をずっと観続けていると、たった三年の中でものすごい成長があるんですが、成長を遂げたところでその選手は卒業してしまうし、チーム自体もガラッと変わってしまう。有限であることの尊さが学生スポーツには色濃くある、そこに惹かれるのかなと思います。

壁井ユカコインタビュー

アナリストと戦略的バレー 最新作は大学バレーの特色を盛り込んだ

――五年ぶりとなる待望の最新作が、『2.4‌3 清陰高校男子バレー部 next 4years』〈Ⅰ・Ⅱ〉です。サブタイトルからも明らかですが、本作は「大学編」。どんな経緯で「春高編」の次は「大学編」にしようと決めたのでしょうか?
 2017年に、大学バレーをすごく熱心に観ている方とたまたま知り合えたんです。当時、私は何の知識もなかったので、その方に観戦方法を教えてもらって、初めて大学の試合を観にいったら「あの県の高校のエースとあの県の高校のエースが同じ大学に!? すごいっ!」と。春高で見知っていた選手たちが、大学でドリームチームを組んでいたんですよね。現日本代表キャプテンの石川祐希選手、ミドルブロッカーの小野寺太志選手、リベロの小川智大選手、セッターの永露元稀選手、オポジットの宮浦健人選手……一部を挙げただけでもすごい顔ぶれ。高校を五、六年取材してきた下地があったので沼に落ちるのは一瞬でした(笑)。ちょうどその頃「春高編」の次が書けるというお話をいただいたので、次は「大学編」にしよう、と。
――新たに登場する大のすがたいめいみちという二人組は、これまでにない新しい関係性が結ばれています。と同時に、「あの選手とあの選手が同じ大学に!?」という驚きが満載ですね。チーム作りは大変でしたか?
 シリーズを読んできてくださった方は高校のチームメイトとの関係性を大事に思っているはずなので、そこを一旦切り離して、新しいチームに思い入れを持ってもらうのは一筋縄ではいかないぞと思っていました。ただ、本音を言えば私自身は新キャラクターを含め、誰と誰を一緒にしようかなってワクワクしかなかった(笑)。ちなみに、三村と灰島は最初から同じけやきしゃ大のチームでしたが、初期のプロットでは黒羽は違うチームで、弓掛がいるけいめい大に入れていたんですよ。
――なんて無体なことを!(笑)
 それで第一話の半分ぐらいまで書きました。その時は三村が四年生で灰島と黒羽は二年生、実際に書いたものより一年上の学年で書いていたんですが、途中で行き詰まってしまった。編集さんと相談を重ねるうちに、みんなを一学年下げて、新たに四年生のキャラクターを作ることにしたんです。四年生、という高校には存在しない学年を意識したことがいい刺激になって、話が動き出しました。その過程で三村と灰島の大学に、黒羽も入れる設定に書き換えました。
――新作では、大学バレーの魅力がたっぷり描かれています。高校バレーとは全く文化が違いますよね。
 高校の部活はまだしも、大学の体育会運動部って私には全く想像がつかないものでした。幸いにも中央大学の男子バレー部との繋がりが見つかり、練習風景や試合の前後の様子を取材させてもらったんです。中大のアナリストの方に密着させてもらえた経験もものすごく役立ちました。
――アナリストは、情報担当としてベンチと通信するメンバー。各大学のアナリストの存在を通して、高校のバレーとは異なる「戦略的バレー」が高解像度で描写されていました。
 せっかく大学バレーを書くからには、高校にはなかった特色を見せたいと思いました。例えば、関東学連の一部リーグのレベルはかなりVリーグに近い。大人と遜色ない試合が観られる大学リーグを書くために、最新の戦術を勉強して取り入れました。戦術的な駆け引きのあるレベルの高い試合を書きたいけれど、全てを文章で説明したら読めたものではなくなってしまう。そこに小説としての人間ドラマもかみ合わせていって……というバランスが本当に難しかったですね。
――頭から尻尾まで、最高にエキサイティングでした。
 大学バレーの大きな特色は、高校の大会のようにトーナメント戦ではなく、リーグ戦があること。優勝の行方が、最終戦だけで決まらないことはよくあるんですよね。そこから刺激を受けて、今回のテーマは「三つ巴」にしました。しかも今回は、清陰のメンバーが多い欅舎大学が主役だと思って書いてはいません。欅舎、慧明、八重洲という三大学が、同等の主人公というつもりで書いていきました。三チームどこも優勝があり得る状況をギリギリまで引っ張っていって、最終戦はリーグ戦ならではの二試合同時進行でいく。その展開を決めたはいいものの、書き切るには四年以上の時間がかかりました。ページ数も、前作の一・五倍(笑)。
――その厚みが、この物語の熱さを証明していると思います。書き終えた今、胸を張る思いもあるのではないですか?
 知れば知るほどバレーは奥深いスポーツなので、力不足を感じていますし、うまくいっているのかどうか自信はないんですけれども、とにかく力を尽くしました。連載中、読者さんからの感想が本当に励みになったんです。『2.4‌3』を読んで実際のバレーにも興味が出ました、とおっしゃっていただけることが本当に嬉しかったんですよね。高校バレーを観るようになり、日本代表の国際大会を観るようになり、今や大学のリーグ戦会場にも通うようになったという人がいらっしゃったんですよ。大学の会場にまで行くって、相当です(笑)。私がこのシリーズで、最新作で表現したかったことが伝わったということかな、と。そのことに関しては確かに、ちょっと胸を張る思いはあるんです。

「青春と読書」2023年9月号転載