『ブレイクニュース』刊行記念スペシャル

独自に取材したニュースをユーチューブで配信し続ける野依美鈴。時には過激な動画で視聴回数を稼ぐ彼女の正体とは? 目的とは? 既存のメディアの存在を揺るがす意欲作『ブレイクニュース』が刊行。著者の薬丸岳さんとチャンネル登録者数15万人の人気ユーチューバー、文学ユーチューバーベルさんがzoomで対談。『ブレイクニュース』執筆の裏側はもちろん、ユーチューブをはじめとしたSNSの在り方について、じっくり語っていただきました。

 

ヒーローを描くつもりはない。「正しさ」は受け取り手次第。

 

美鈴は正義のユーチューバーか

薬丸 『ブレイクニュース』をお読みになっていかがでしたか。

ベル 主人公が「美鈴」ということでまずドキッとしたんです。私の名前も「ベル」なので(笑)。しかもユーチューブの闇を扱っている作品ということで、読んでいて何というか……ヒヤヒヤしました。

薬丸 複雑な心境にさせちゃいましたか。

ベル かなり複雑な心境になりました(笑)。『青春と読書』に書かせていただいた書評でも触れたんですが、個人的に美鈴タイプのユーチューバーが好きではなくて、反発しながら読んだっていうのが正直な感想なんですよ。でも、ユーチューブという軸はありつつ、連作のかたちで社会問題がいくつも扱われているじゃないですか。そこには非常に興味を引かれましたね。実際、ユーチューブでも時事的な問題を追う人気チャンネルもあるんですよね。ユーチューバーの私としては美鈴のようなユーチューバーは嫌だなと思いながらも、小説好きな私としては上手い設定だな、憎いなって。

薬丸 正直なところ、ベルさんが「美鈴みたいなユーチューバーは好きじゃない」って言ってくれるのはすごく嬉しいんですよ。

 僕はユーチューブもやっていませんし、SNSもやっていません。外側からユーチューブを見ているだけ。実際は、ベルさんのように、自分が好きなものや大切にしているものを伝えようとがんばっているユーチューバーの方がほとんどだと思いますが、外から見ていると、ニュース沙汰になる迷惑系ユーチューバ―や、匿名で無責任なコメントをするSNSのユーザーのほうが目立ちます。ユーチューブやSNSで個人が世界に発信できるようになったことはすばらしいことですが、その半面、使い方によっては危険なものになってしまう。僕が『ブレイクニュース』で書いたのは、どちらかと言えばネット社会のネガティブな側面なので、ベルさんの感想はまっとうだと思います。

ベル そう言ってもらえてホッとしました。ユーチューブをあまり見ない人にとって、ユーチューバーの印象ってたしかにあまりよくないですよね。私は職業としてユーチューバーを選んだので、危機意識はつねに持っています。人気が出てくると慢心したり、結果的に人を利用してしまうことがあるかもしれないですから。

 美鈴のように社会問題を扱うならなおさらですよね。自分の中の正義感が暴走するかもしれない。発信する内容をどうコントロールするかをつねに考えていないと、人を傷つけるツールになってしまう。『ブレイクニュース』では、そういったインターネット社会の危うさがえぐられていると感じました。

 

文学ユーチューバーベル

 

薬丸 発信する責任感と言いますか、自覚がないと大変なことになりますよね。

 今年の五月に水泳の池江璃花子さんがSNSで、五輪の日本代表を辞退するようにというメッセージが送られてきて苦しい、と胸の内を明かしたことがニュースになりました。今までだったら、池江さんのような立場の人に直接ものを言うなんてあり得なかったけど、今は簡単にできてしまう。リアリティ番組に出演していた木村花さんのように、SNSで罵詈雑言を浴びせられたことで自ら命を絶ってしまう人も出てしまいました。

ベル 『ブレイクニュース』の第六話「正義の指」のテーマがまさにそれですよね。いわゆる「指殺人」。スマホをタップして誹謗中傷することが相手の死につながるかもしれない。

 美鈴はユーチューブで発信するジャーナリストを自称していますが、対照的な人物として週刊誌記者の真柄が出てきますよね。真柄はマスメディアの一員として組織のルールに従い、裏をとった情報しか報じない。でも、上に言われて特ダネを潰されたり、証拠がなくて記事にできなかったりもする。一方、美鈴は人のプライベートをさらしたり、視聴者をたきつけることもやってしまうけれど、真相に近づいていく。読んでいて、どちらが正しいのかと気持ちがぞわぞわしました。

薬丸 美鈴がヒーローであってはいけないんですよ。読者によっては、結果オーライで、美鈴をヒーロー視してしまう方もいるかもしれません。でも、結果的には良かったけど、美鈴のやり方もちょっとひどいよなとか、正しい部分もあるけど、すべてが正しいんだろうかとか。疑問を感じてもらえたほうが作者としては嬉しいんです。

 

文芸系ユーチューバーの裏側

薬丸 話は変わりますが、僕はそれほどユーチューブに詳しくないのですが、ベルさんの動画は見たことがあったんです。僕の担当編集者が登場した回なんですけど。読書に特化したチャンネルがあるなんて知らなかったので驚きました。しかもチャンネル登録者が十五万人ってすごいですね。

ベル 私もこんなに増えるとは思ってなかったです。読書というジャンルでここまで見てくださる方がいるというのは私も驚いていますし、これからの可能性を感じています。

 私がユーチューブを始めたのは二〇一五年なので、今年で六周年なんですが、文芸を中心に扱うようになったのは、ここ二、三年ぐらいです。その頃はまだ登録者数が一万人台。最初から本に特化していたわけではなくて、いろいろなことをやってみた中に、本の紹介があったんです。視聴者から「ベルさん、本を紹介してるときはめっちゃ熱がこもってますよね」と指摘されて、たしかにそうかも、と思いました。もともと本を読むのが好きだったので、知らないうちに力が入っていたみたいです。

 『ブレイクニュース』の美鈴は再生回数をすごく気にしてますけど、私の場合は、再生回数よりも、共感してくれるコメントをいただくことのほうが楽しい。それで本に特化することにしたんです。今は書評を中心に、作家さんと対談したり、書店さんとコラボしたり、本の魅力を発信するチャンネルとして活動しています。

薬丸 動画をたくさんアップされていますけど、ご苦労されているのはどんな点ですか。

ベル 本を読まないと始まらないので、とにかく読むんですが、それから感想をまとめて動画を撮影するので、一般的な動画制作よりも時間がかかるのが大変ですね。あとは取り上げる本のバランスに苦心しています。大衆的なライトな本や、話題の本も取り上げますが、読書家の方も満足するようなコアな本も織り交ぜるようにしたり。私自身の好みを軸にしていますが、紹介する本のバランスをとるのは難しいですね。意外と地味な仕事なんです(笑)。

薬丸 大丈夫です。作家はもっと地味ですから(笑)。

 

「一人マスコミ」というアイデア

ベル 薬丸さんはSNSやユーチューブをやられていないそうですが、『ブレイクニュース』でユーチューブを舞台にしたのには何かきっかけがあったんですか。

薬丸 「一人マスコミ」っていうアイデアがぽんと出てきたんです。SNSやユーチューブを使って、一人で事件を報道する主人公がいたらおもしろいんじゃないかって。いつもはアイデアで苦しむことが多いんですが、僕としてはめずらしくすっと出てきました。

ベル 一話完結の連作形式にしたのには理由があるんですか。

薬丸 連作に向いているんじゃないかなと思ったんです。「一人マスコミ」なら、一つや二つではなく、いろんな社会問題や、自分の中で引っかかっていることを取り上げられるから。たとえば、一話の「ブレイクニュース」で書いた児童虐待、二話の「巣立ち」で書いた中年のひきこもり、三話の「嫌疑不十分」は性犯罪の冤罪、といった感じですね。

 ですから、ユーチューブやSNSを舞台にはしていますが、ネット社会を書くのが目的ではないんです。その設定を抜きにしても読者の方に興味を持っていただけるような題材、という基準で材料を選んで一篇ずつ書いていきました。

ベル 薬丸さんは『ブレイクニュース』に限らず、社会問題を小説というかたちに落とし込んだ作品が多いですよね。物語として世の中に広めていくことにどんな思いがあるかお聞きしてもいいですか。

薬丸 僕の場合、題材を選ぶきっかけは怒りが多いんです。事件のニュースを見て、被害者の方に感情移入して許せないと思ってしまう。現実問題として事件がすっきりと解決することなんてないですから、せめて小説の中だけでも解決できないだろうかと思うんですよね。小説の中だけでも、ひどいことをする人に何か報いを与えられないかな、と。

 でも、小説を書き始めると、そんなに簡単に加害者を断罪できないんですよね。何かいい解決方法はないだろうか、と考えて、考えて、考えながら書いていくんですけど。

 小説ですから、物語上での落としどころというか、着地点はあるかもしれない。でも、「これが正解だ」という、その問題に対する答えなんてなかなか出ないんですよ。だから一つの物語を書き終えると、また、その問題について別の切り口で書きたくなるんですよね。

ベル 小説は、作家の方がつくりだした登場人物たちを通して、対立する両方の立場から事件を見ることができますし、最後に少なくとも結論が一つは出るわけですよね。その結果に対して自分はどう思うかって考えることができるのは、一対一で物語と向き合う小説ならではの魅力だと思います。

 

忖度しないことの魅力

薬丸 ベルさんのお仕事についてもう少しうかがいたいんですが、ユーチューブで発信するときに意識していることはありますか。

ベル 「いいことだけを言わない」ってことですね。今日も対談の冒頭から正直に感想を言っちゃったと思うんですけど(笑)。

薬丸 だから信用されるんですよ。褒めてばっかりいたらダメですよね。

ベル 紹介する本はいいと思ったものなんですが、中には話題になっているけど自分に合わなかったとか、こういう人にはおすすめできないかも、ということもあるんです。それを正直に言えるのは私の立場だからだと思うんですよ。もちろんリスペクトがあるのが前提で、表現の仕方も考えた上での発言ですけど。

 大事にしているのは、「私はあくまでも一読者だ」っていうことですね。視聴者の方たちも一読者だと思うので、そこが共感ポイントなんじゃないかなと思っています。

 もう一つ気をつけているのが、ネタバレはしないこと。私の動画を見て、その本を読んだ気になってしまうのはもったいないなと思っていて。「私はこう思ったけど、あなたがどう思うのかは読んでみないとわからない。だから読んでみて」と言いたいんです。全部を説明するのではなく、余白を残すということは意識しています。

薬丸 今お話を聞いていて、ベルさんは忖度をしない人なんだな、と思いました。美鈴もそうなんですよ。

ベル そうですね。忖度しませんね、たしかに。

薬丸 作家にとってはベルさんのご意見にグサッとくる部分もあるかもしれないけど、読者にとっては忖度をしない意見ってすごく大事じゃないかと思うんですよ。忖度がないから信頼できるし、おすすめされた本を読んでみたいと思える。忖度しないで発信できるツールの一つがユーチューブ。今、僕の中で腑に落ちたところがあります。

ベル 何か企画をやろうと思ったときに、組織でやるとどうしても丸くなっちゃう部分があると思うんですよ。いろんな意見を取り入れたり、守らなきゃいけないことがたくさんあると思うので。

 私の場合は一人でやっているので、思いついたらパッとやれる。もちろんリスクと責任を負う覚悟は必要ですが、これをやってみちゃおうかなってことに挑戦しやすいですよね。そうすることで、本当にやりたくてやってることなんだってことが視聴者にダイレクトに伝わる。「私、本当にこれがおもしろいと思ったんです」っていうことが伝わると、視聴者の反応が変わってくるんですよ。

 薬丸さんは今からでもSNSをやろうとは思われないんですか。

薬丸 やっていたら便利だなと思うこともあるんですけど、今のところやる予定はないですね。僕は幸運なことに、小説というかたちで世の中に伝えたいことを発信できるので、とりあえずそれでいいかなと。僕が夕食に何を食べたとか、何の映画を見たとかを発信しても興味を持つ人はいないだろうとも思いますし。あと、文章を書くのがそんなに好きじゃないんです。お金をもらわずに文章を書くのは年賀状ぐらいでいいかなって(笑)。

ベル 文章を書くのが好きじゃないって、まさかの発言ですね(笑)。小説のために力をためておくっていうことですね。『ブレイクニュース』の続篇は考えていらっしゃるんですか。

薬丸 今は考えていないですけど、読者の反響次第ですね。『刑事のまなざし』というシリーズがあるんですが、一冊目を出したとき、「続篇は?」と取材で聞かれて「ないです」と言っていたんですが、そのあと四冊書いているので、絶対にないですとは言えません。

ベル 続篇があるなら協力しますよ。ユーチューバーの立場からアドバイスします(笑)。

薬丸 そのときはぜひよろしくお願いします(笑)。

 

撮影┃藤澤由加 聞き手・構成┃タカザワケンジ (初出:小説すばる 2021年7月号)