二〇二╳年七月。ヘリから見た世界は一変していた。瓦礫の連なる海岸線。津波に流されてできた空き地――。
『チェーン・ディザスターズ』はこんな衝撃的なシーンから始まります。南海トラフの崩壊から始まった地震と津波は、やがて東京直下型地震、台風による水害、そして江戸期以来の富士山噴火の兆候へと続いていきます。三十三歳の政治家、おと美来みくと彼女に協力するIT企業経営者のさきたかは、未曽有の危機にどう立ち向かうのでしょうか。
著者の高嶋哲夫さんは『M‌8』『TSUNAMI 津波』で大地震と津波を、『東京大洪水』で台風と水害を、『富士山噴火』で火山噴火を、詳細なデータに基づきリアリティのある物語として描いてきました。『チェーン・ディザスターズ』はその知見を最新情報にアップデートし、壮大なスケールで描く長編小説。「いま」この国で災害が連鎖したらどんなことになるのか? 日本に住むすべての人が読むべきエンターテインメント小説です。

聞き手・構成/タカザワケンジ 撮影/chihiro.

――高嶋さんはこれまでも災害関連の作品をお書きになってきましたが、『チェーン・ディザスターズ』はそれが連鎖して起こったら、という恐るべき作品です。構想はどのように生まれたのでしょうか。

 これまで個別の災害については一通り書いてきました。地震も津波も台風、洪水も火山の噴火も。足りないものがあるとしたらこれしかないだろうと考えたのが今回の作品です。とくに未来のことを書きたくて、そのためには起こりうる最悪の事態を想定すべきだと思ったんです。

――『M‌8』では研究者、『TSUNAMI 津波』では市役所の防災担当職員を主人公に据え、現場の視点で描かれてきました。しかし『チェーン・ディザスターズ』の主人公・早乙女美来は三十三歳の若き政治家、それもこの非常事態に政権中枢で腕を振るうことになる人物です。国の舵取りまでを視野に入れて書いているところが新しいですね。

 政治家を主人公にしようと思ったのは、新型コロナウィルスのパンデミックでの経験が大きいですね。コロナ禍で、緊急事態において政治が果たすべき役割がいかに大きいかということを実感しました。これはみなさんそうだと思うんですが、コロナ禍のような事態に対して、日本の国そのものがとても脆弱であるというか、対応がスムーズにいかないと感じたのではないかと思います。危機的状況を打破できるのはやっぱり政治家。そして国家の根幹的なシステムなんですよね。
 それとは別に小説である以上、人間を中心に災害を書かなくてはなりません。災害を描くために登場人物がいるのではなく、登場人物が災害に遭うことで物語が生まれる。早乙女美来は政治家という特殊な立場ではありますが、一人の女性の成長物語としても読んでいただければありがたいですね。

――今作ではもう一人、災害対策アプリを開発するIT企業の社長、利根崎高志の活躍も印象に残ります。

 コロナ禍の最中に、内閣府が立ち上げた「デジタル・防災技術ワーキンググループ(WG)」の未来構想チームにメンバーとして参加したんですが、そこで、大学の先生たちと、今後起きるであろう震災の復興にIT技術をどう役立てるかという議論をしました。
 それと、やっぱりChatGPTの登場ですね。あれくらい精度の高い人工知能(AI)が出てきたら、当然、防災に利用すべきだし、利用の仕方によっては強力な味方になるものだと思うので、IT関係者はこの物語に必要だと思いました。

――災害がこれから起きるとしても、IT技術は希望になるということですね。

 ええ。日本は現状ではIT技術の利用においてほかの先進国よりも遅れているので、政府には利根崎のような人材を活用してもっとちゃんと取り組んでほしい、取り組めるはずだという期待も込めています。

――『チェーン・ディザスターズ』には「エイド」というアプリが登場します。利根崎の会社が開発したもので、被災地への支援物資の流通を効率的に行えるなど、災害に役立つもの。コロナ禍の時に政府が配布したアプリがお世辞にも使えたとはいえなかったことを思い出しました。

 そうですよね。台湾ではどの薬局にマスクがあるかをアプリで調べることができたりしていましたよね。ああいうことがなぜ日本ではできなかったのかということですね。

データに基づいたリアルな被害状況

――美来と利根崎。一人は政治家、一人は民間。両方の人材が必要だということですよね。

 そうですね。政治家が号令をかけただけでは変えられないし、民間だけでもできることに限りがある。ですから、こういった時はとにかく官民一体になって頑張ってほしいという思いはありました。

――南海トラフが崩壊して起こる三つの地震、東海地震、東南海地震、南海地震のうち、まず東海地震、東南海地震が連動して起こるところから物語が始まるわけですが、被害状況も具体的に書かれていますよね。これはデータに基づくとこうなる可能性が高いということでしょうか。

 小説の中に出てくる被害状況などの数値は、政府が立ち上げた有識者会議から出たデータです。データを踏まえ、東日本大震災の経験を加えると、これぐらいのことが起こるはずです。

――想像するだけで胸が痛くなるようなひどい数字が並ぶわけですが、災害の連鎖という悲劇の中で救いとなるのが美来と利根崎の活躍です。とくに美来は政治家として政権中枢で決断する立場になります。その中でも洪水の被害を最小限に食い止めるために橋を爆破するシーンはすごいですね。

 実は『東京大洪水』でも橋の爆破は書いているんです。今回は橋の爆破だけでなく、ほかの手も打つわけですが、それは最新情報を加えてこういう対策が必要だろうというシミュレーションの結果です。
 それともう一つ。僕は出身が岡山なんですが、ちょうという町があるんです。平成三十年に高梁たかはしがわ水系の小田川が豪雨で氾濫し、堤防が決壊しました。その対策として、小田川と高梁川の合流地点を土木工事で移動させ、小田川の水位を下げています。決壊場所がはっきりしているので、川の流れを変えるしかないというんですね。ですから土木的な対策も必要なんです。
 こういうことは、あらかじめ災害についての知識があれば思いつきますが、知らなければ何ともできない。想定外のことが起きました、ごめんなさい、で終わってしまう。これくらい大胆なことが必要な時もあるということです。

――緊急事態に誰がどんな決断を下すのか。それこそが政治家の仕事なのですが、いまの政治家たちを見ていると心許ないですよね。大臣を選ぶ時にも当選回数が重視されたり、専門性が軽視されているように感じます。

 いまの日本の政治はしがらみで動いているところがありますよね。こうすればいいとわかっていても、既得権益に縛られて決断が下せない。それもコロナ禍で多くの人が痛感したのではないでしょうか。

高嶋哲夫「チェーン・ディザスターズ」

必ず起こる災害への備え

――高嶋さんがインフルエンザ・パンデミックを描いた『首都感染』が、コロナ禍を予言していたと大いに話題になりました。ほかにも災害や原発事故など現実の「その先」を描く作品をお書きになってきました。その着想はどこから来るのでしょうか。

 まず過去の事実を見つめ、情報収集と現状分析ですね。そこから、こういうことが起こりえる、こうなったら物語がよりリアルになる、と考えていきます。
 今回の『チェーン・ディザスターズ』でいえば、日本で起こった過去の多くの災害、そして政府が発表している被害想定がベースになっています。被害想定が出る過程を調べると、その基になっている数値が見えてくる。そこから発想します。また、その想定に対して、現在の科学技術でどれだけのことができるのか。あるいは起こってしまったら何が必要になるのかという想像力ですね。

――それが『首都感染』のように結果的に予言のようになる場合があるわけですね。この小説が現実化するという可能性もかなりあるということでしょうか。

 少なくとも南海トラフ地震はいずれ確実に起こります。ただ、わからないのは、それがいつ起こるか、どれくらいの規模になるのかです。いまこの瞬間も海洋プレートと大陸プレートがぶつかり合って毎年数センチずつひずみがたまっています。大陸側のプレートが地下に引きずり込まれている。いつかはたまったひずみに耐えられなくなって跳ね上がる。それが南海トラフ地震です。起こることはわかっているので、いまのうちにできることをやっておかないと本当に大変なことになります。

――いずれ南海トラフ地震があるとわかっている。にもかかわらず、何となく毎日を送っている。自分も含めて多くの人がそうだと思います。

 この国はこの三十年弱でこれまで多くの危機を経験してきましたよね。阪神・淡路大震災で都会型の震災を、東日本大震災で広域型の震災を経験し、コロナ禍は日本全国を巻き込みました。能登半島では過疎地の孤立化、高齢化地区の災害という新たな問題も出てきました。果たしてそうした経験が蓄積され、今後生かされていくのかは大きな課題ですね。他人事ではなく自分事として考える必要があると思います。

――『チェーン・ディザスターズ』では、政治家が主人公ということもあって、国全体をどうするかという視点で物語が進んでいきます。そこで経済の問題が浮上してくるなど、災害の被害だけでなく、そこから派生する問題まで見据えていますね。

 災害の被害としては、直接的な被災以上に、経済的な打撃が日本を襲うでしょう。大勢の人が亡くなり、建築物やインフラが失われることももちろん大きな打撃ですが、それだけでは終わりません。経済の問題は国全体に影響しますし、世界に波及する可能性もあります。日本発の世界大恐慌の可能性すらある。一度駄目になったら、立て直すのは相当困難でしょう。
 実はこの作品の続きを考えていて、そのあたりのことも構想に入っています。どうすれば日本の強みを生かし、再生できるのか。続編を書く機会があれば、そのことをじっくり書いてみたいと思います。

「青春と読書」2024年12月号転載