「小説ではユートピアを書きたいんです」山崎ナオコーラ×犬山紙子 対談

父の胸から〝母乳〞ならぬ〝父乳〞が出たら、子育てはどうなるか――。
山崎ナオコーラさんの新刊『肉体のジェンダーを笑うな』は、肉体の性別を軽やかに超えていく全4編をおさめた小説集です。刊行にあたり、コラムニストをはじめ多彩に活躍する犬山紙子さんを迎え、対談をお届けします。ジェンダー、経済格差、コロナ禍……現代の論点について、そして、希望ある未来についてお話しいただきました。
構成=山本圭子/撮影=露木聡子
この世界は性別が強すぎる
山崎 私には4歳と1歳の子どもがいますが、犬山さんに初めてお会いしたのは、下の子がお腹にいるころでした。共通の友人が、犬山さんのご自宅に連れて行ってくれて。
犬山 みんなでボードゲームをしたりしましたね(笑)。ナオコーラさんのご本はこれまでも読ませていただいていましたが、今回の『肉体のジェンダーを笑うな』で感じたのは想像がもたらす力でした。近未来ではPMS(月経前症候群)が今とは違う受け止められ方をしているとか、医療の進歩で「父乳」が出るようになるとか、性別の〝当たり前〞が転がることで、俯瞰して見られたり、自分の気持ちが整理されていくような感じもしたんです。
山崎 ありがとうございます。
犬山 ジェンダーにまつわる問題の一般的な解決策以外の策や、自分では思いつかない方法を示されていて、解放されたような気持ちにもなりました。
山崎 私は生きていくなかで、この世界は性別が強すぎるとずっと思っていたんです。性別という線を引いたほうが生きやすい人もいるかもしれないけれど、性別をなくそうとまでは思ってはいなくても、私のように線がないほうが生きやすい人間もいる。「ジェンダーの問題を抱える主人公が、時代の進歩と共に肉体の変化を味わい、ユートピアへ向かう話」4編で一冊作りました。ロボットや医療などが発展すれば性役割は不必要になっていきます。
それからもうひとつ、私はずっと「文学」をやりたいと思ってきたんです。文芸誌に書きたいとか、文学史に残るような意義のある仕事をしたいと思ってきました。でも少しずつ、気持ちが変わってきたんです。世界のどこかに性別について悩んでいる人が一人でもいるのなら、その人に届くような本を書くことで、じゅうぶん意義のある仕事と言えるんじゃないかと。今さらというか、ようやくなんですが、そういう方向にシフトしたいな、というのが今の気持ちであり、この作品になります。
不愉快な対話でも対話である
犬山 この作品に出てくる夫婦はいろいろな進歩の途上にいる人たちですが、印象的だったのはそれを受け入れるためにふたりがたくさん対話をするところです。コミュニケーションの勉強になるなとすごく思いました。最近、ネットの世界では、いちど「コイツが悪い」となると一方的にたたいたり、炎上したりしますが、ここに描かれている夫婦はどちらかが悪いなどと、論破されるという感じではない。片方の理解が至らなかった場合、どのように考えれば歩み寄るチャンスがあるかということが書かれています。相手の背景やなぜそう思うに至ったかを想像すれば、どうやって手を取り合っていけばいいのかが見えてくるんですね。
山崎 小説の中で夫婦の対話が多くなってしまっていますが、私自身対話が好きなのかも。犬山さんの書かれた本を読んだとき、ウチと似ているなと思ったことがあります(笑)。夫がやさしいタイプで、妻のほうが口が達者。話し合いをすると、どうしても妻が勝ってしまう。
犬山 一緒です(笑)。
山崎 世間で目にする性別に関する文章には、いろいろなことを言えなくて苦しい思いをしている性別がある、主張をもっと外に出さなくちゃいけない、という内容のものが多いです。それはもちろん必要なことで、たくさんの方がいい文章を書いています。ただ、私の場合に限っていえば、夫に気持ちを伝えると強く響きすぎてしまうんですね。仕事でも、編集者にはっきり意見を言うようにしていたら、思った以上にそれが通り過ぎたり。自分はこれまで弱い立場だと認識していたけれど、強い立場にいるときもあるのかもと考えを改めるようになりました。性別にかかわらず多様性に配慮し、垣根をなくすことが自分の仕事かな、と思っています。
犬山 世の中を見渡すと、ジェンダーギャップは依然としてあるので、これからも私は社会に漂うイヤなムードに声を上げたりはすると思います。同時にナオコーラさんがおっしゃるように、男性ってこうだと紋切り型で考えてはいけない。人はかたまりではなくひとりひとりなので、そこにきっちり対応する姿勢が必要だということはずっと感じていました。ここに収められている作品にはその対応が本当に丁寧に描かれています。
たとえば「笑顔と筋肉ロボット」で主人公の紬(つむぎ)は親に「紬ちゃんの性別は、かわいがられることがとても大事だよ。生きやすくなるからね。挨拶と笑顔が大事だよ」と言われて、違和感を覚えながらもそうし続ける。結婚後は、本当はできることもできないことにして、夫への「ありがとう」を捻出しているうちに、夫がいないと生きていけない気持ちになったり。これってメチャクチャ〝あるある〞ですが、夫は紬が感じている息苦しさにいっこうに気がつかない。私はそんな夫をイヤだなと思いましたが、紬は夫を突き放さないし、最終的には対話が成り立つような関係になっている。そこがすごく好きですね。
山崎 私は対話って誰とでもできるものだと思っています。夫や恋人や友人だからできるのではなく、価値観が全然違う人ともできる。たとえば「父乳の夢」に、子どもは母乳で育てようという〝母乳推進派〞の人の話が出てきますが、実際私もそういう人たちと話をしたことがあるんです。時代の壁や自分とは違う固定観念があるから、お互い完全に理解しあうことはできないけれど、話を聞くのは面白いと思いました。同じ価値観の人ばかりだと世界が広がらない。とくに小説では、違うフェーズのものが出てくることで風穴が開くんです。
犬山 「だって、(母乳推進派の)武勇伝は、語りたいものでしょ。語りたい人がいたら、聞いてあげる人もいなくちゃ」という台詞にはドキッとしました。自分にとって不愉快な対話でも対話であると気づかされたし、私は今まで不愉快に感じた相手を切り捨てていたのでは、とも思ったんです。
「顔が財布」も不愉快な相手についてすごく考えさせられた話でした。主人公の葵はインターネット上で顔について誹謗中傷されますが、中傷した人に対して、想像をめぐらせる。もしかしたら、身近な家族や友人に対しては優しい人なのかもしれないとか。とは言え絶対だめですが。
山崎 実は、あれはほぼ私自身の話なんです。めちゃくちゃ腹が立った経験でしたが、それもまた、他者との出会いなんですよね。
犬山 「顔が財布」はルッキズムについても考えさせられます。最後、葵が見つけた自分の顔を愛でる道をすごくいいなと思った。顔の可能性が広がった気がしましたね。
ツイッターも文学者の仕事
山崎 ところで犬山さんは本以外にもテレビ、SNSなどさまざまな媒体を通して言葉を届けていらっしゃいますが、私のように本で届けようとしている者からすると新鮮な感じがして。ご自身では、言葉を届ける目的をどのように考えていらっしゃいますか。
犬山 私が最初の本を出したのは、まだフェミニズムに出会っていないころでした。世間で勝手に「勝ち組」とか、「イージーモード」と言われているような女の子たちがいるけど、実際は全然そうじゃないよ、女の子たちは大変だよ、ということを伝えたい。それが書く動機としてあったんです。そこから徐々に、自分が発信することで誰かが少しでも楽になればと考えて、いろいろな活動をするようになりましたが、もともと書くことが好きだったので、本にはこだわりがあります。
山崎 わかります。でも最近私は、本という形に必ずしもとらわれなくてもいいような気がしてきているんです。出版社のウェブ媒体での連載エッセイを自分のツイッターで紹介していたら「ツイッターの文章を読みました」と言われることが何回かあったんですね。私自身は、本にするためにウェブに文章を書いている意識でしたが、読者は、「ツイッターの文章」として読んでくれる。それでいいのかもしれないと思うようになってきました。
犬山 多分私は、変化の渦中にいるんでしょうね。お話を伺って、これまで本は聖域だと思っていましたが、考えてみればツイッターでも聖域は作れますよね。
山崎 犬山さんの『すべての夫婦には問題があり、すべての問題には解決策がある』(扶桑社新書)を読ませていただいたとき、すごく面白いと思うと同時に、SNSで培われた研ぎ澄まされた言語感覚だなと感じたんです。ひとりで突っ走っているのではなく、いろんな読み手を想像して、的確な言葉を紡がれていて。
犬山 ありがとうございます。11年間ツイッターでつぶやき続けた自分を認めようと思います。そう考えれば心が軽くなりますね。
山崎 私の学生時代はみんながインターネットを使っているわけではなかったから、私にとって書店はすごく大事な場所で、行くのも大好きでした。自分の書いた文章が書店に並ぶのがいちばんの夢で、一冊出したら、もう一冊出したいと、そういう気持ちをパワーにして書いていたんです。でも最近は、ツイッターにさらりと書いたことが誰かの心に留まって、その人が何かを考えてくれるのなら、それも文学者の仕事じゃないかと考えるようになって。ツイッターには、これまでは流していたような小さな違和感もつぶやきやすいし、そこに「いいね」がついたりもする。10年前は正直な気持ちを表明することすら難しかったのだから、時代はいい方向へ進んでいるのかなという気がします。
性差よりも経済の差の問題
山崎 先ほど、私の言葉は夫に強く響き過ぎるという話をしましたが、その理由は、私のほうが夫より経済力が上で、私は不出来な人間なので、どこかに驕りがあったり、へんな自信につながってしまっているのかもしれません。ツイッターなどで「夫に意見が言えない妻」の悩みを見かけることがありますが、それも経済力の差に、本来感じる必要のない引け目を感じることからきているのではないか。経済力のイメージを変えたら解消されていくことってけっこうあると思うんです。
犬山 そうですね。なぜ意見が言えないのかといえば、置かれている環境であり経済の問題は大きいですよね。でも、妻が専業主婦の場合であっても離婚するときは夫が稼いだお金を半分ずつにするし、それに引け目を感じる必要はないんです。なのに私は夫より収入が上になったとき、〝昭和のお父さん〞みたいな気持ちになった(笑)。あんなにも夫婦は平等に、横のつながりで生活していこうと思っていたのに……女だけど昭和のお父さんに全然なるじゃんって。
山崎 すっごいわかります(笑)。私も反省することがよくあります。
犬山 経済力があるほうが場の空気に圧を加える、ハラスメントをする側になるんだ、と自分で自分に失望しました。セクハラやモラハラをする人に、それはハラスメントですよと言ってもなかなか伝わらないのは、自分が圧を持っていると思っていないからだし、これくらいいいでしょと考えているから。自分がまとってしまう圧に自覚的じゃなきゃいけないと、強く感じましたね。
山崎 そうですね。お金を稼ぐことで意見が言える時代はもう終わりました。お金のイメージを変えなければいけません。「キラキラPMS(または、波乗り太郎)」はコロナ禍のことも書いていますが、私自身も含め、育児をしながら仕事をするのが大変な人がたくさんいた。でもそれは、パートナーの意識が低いというより、休みをとりにくいシステムや経済の問題が大きいと思うんです。育児をしたいと思っている父親はたくさんいるわけだから、社会や経済の考え方やシステムが変わっていくほうが、父親を責めるよりも効果があると思います。
犬山 「キラキラPMS(または、波乗り太郎)」には、コロナ後に、政府が月に10万円のベーシックインカムの導入を決定するというエピソードが出てきて、興味深く読みました。
山崎 ベーシックインカムやロボット、顔認証システムなど、私の想像の範囲内ではありますが、新しい技術やシステムなどが導入されて生活が進歩していけば、経済や性の概念が変わって、みんながちょっとずつ生きやすくなるんじゃないかな、と。私は基本的に、未来は明るいと思っています。私より10歳、20歳下の人たちと話をすると、発想がすごいな、かなわないと感じることも多い。ユートピアを目指せると本当に思っているから、小説ではユートピアを書きたいんです。
犬山 あふれ出るユートピア感が伝わってきたし、私の中にしっかりとユートピアが生まれた小説でした。
*この対談はリモートで収録され、『青春と読書』2020年11月号に掲載されました。
プロフィール
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山崎 ナオコーラ (やまざき・なおこーら)
作家。親。性別非公表。「人のセックスを笑うな」で純文学作家デビュー。今は、一歳と四歳の子どもと暮らしながら東京の田舎で文学活動を行なっている。著書に、育児エッセイ『母ではなくて、親になる』、容姿差別エッセイ『ブスの自信の持ち方』、契約社員小説『「ジューシー」ってなんですか?』、普通の人の小説『反人生』、主夫の時給をテーマにした新感覚経済小説『リボンの男』など。目標は「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書きたい」。
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犬山 紙子 (いぬやま・かみこ)
1981年大阪府生まれ。2011年『負け美女~ルックスが仇になる~』でデビュー。著書に『高学歴男はなぜモテないのか』『言ってはいけないクソバイス』『すべての夫婦には問題があり、すべての問題には解決策がある』等多数。TVコメンテーターとしても活躍。
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