ついにシリーズ最終巻『鵺ぬえの咆哮ほうこう 浮雲心霊奇譚』が刊行された、神永学さんの幕末ホラーミステリ「浮雲心霊奇譚」。
シリーズの完結を記念して、ホラー界の新鋭・上條一輝さんとの対談が実現。
二年連続でホラーランキングの首位を獲得した上條さんの「あしや超常現象調査」シリーズは、神永さんも太鼓判を押す話題作だ。
ホラーミステリとは? シリーズものを書くことの楽しみと難しさとは? 
深い話題が飛び出した対談をお届けします。

※タイトルの「鵺」の漢字表記は正しくは空に鳥でヌエです

構成/朝宮運河 撮影/露木聡子

神永 今日はよろしくお願いします。上條さんのデビュー作『深淵のテレパス』を読んで、すごく面白いと思ったんですよ。それでぜひ対談をしてみたいと僕のほうからお声がけしました。
上條 とても嬉うれしいです。ありがとうございます。
神永 『深淵のテレパス』はいくつも「おっ」と思ったポイントがあるんですけど、まずホラーミステリとしての組み立てが非常に巧みですよね。怪異と謎解きを組み合わせるホラーミステリって、ついつい怪異を「何でもあり」にしてしまいがちなんですよ。実はこうでした、と設定をいくらでも後出しできてしまうから。上條さんはそこをきちんと決めて書かれているなという印象をまず受けました。
上條 おっしゃるとおり、何でもありにしたくないというのは最初から意識していました。ホラーはともすればご都合主義に陥りかねないジャンルなので、そこは気をつけるようにしましたね。
神永 僕の「心霊探偵八雲」や「浮雲心霊奇譚」では、まず幽霊というものの概念を最初に決めておいて、そこから逸脱しないような書き方をしていったんです。幽霊は物理的な力を持たないというルールを決めてしまったせいで、後々苦労しましたが、決めちゃった以上しょうがない。でも、そうやって作ったからこそ、ミステリとしての軸がぶれなかったとも思うんです。このルールが曖昧だと、意外な真相が明かされても「あ、そうですか」という感想しか出てこない。何でもありが許されるサメ映画みたいというか(笑)。
上條 もはや空を飛んでも温泉から出てきても「サメ映画だからな」で驚かなくなっていますものね。
神永 たとえばホラーミステリの書き手でいうと、澤村さわむら伊智いちさんや芦花ろか公園こうえんさんもぶっとんだ怪異を描いているようで厳密なルール設定をされているんです。上條さんもそこをきちんとされている方だなと感じていて、一度お話ししてみたいと思ったんです。
上條 大先輩の神永さんにそう言っていただけるのは光栄です。
神永 それと感心したのはキャラクターの立たせ方ですね。書き慣れていない人だと、キャラクターを個性的に見せようとして、設定を盛り盛りにしがちなんです。でもそれは逆効果。設定を盛りすぎると、かえって無個性になってしまう。サッカー選手でいうと、その人は足が速いのかポジショニングが上手いのか。
上條 僕もサッカー好きなので、その喩たとえはよく分かります。どれもが平均点だとかえって印象が埋没して、記憶に残りにくくなりますね。
神永 キャラを立たせるには、引き算をしなきゃいけないんです。というと「じゃあ欠点を作ればいいんだ」と思うかもしれませんが、それは引いているようで足しているんですよ。
上條 ああ、なるほど。確かに設定をひとつ追加していますね。
神永 上條さんの「あしや超常現象調査」シリーズは、そこが非常によくできている。晴子さんにしても越野くんにしても、決して極端なキャラクターではないのに、一度読んだら忘れられないんですよ。上條さんは作家になる前ウェブライターをやっていたそうですが、その経験が読みやすい文章に生かされているということはありますか。
上條 デビュー作を書くまでオモコロというウェブメディアで四年ほどライターをやっていたんですが、その経験は確かに生きてる気がします。ウェブ記事って基本無料で読めるので、つまらないと二、三行ですぐ離脱されてしまうんです。それで文章ののど越しを良くすることと、読者の心をしっかりキャッチできる内容であること、この二つは強く意識していました。それがデビュー作のキャラクター設定にも生かされているのかなと思います。小説は何百ページも読者に活字を追ってもらわないといけない。それで主人公が興味を抱けない人物だったら、いくら有料コンテンツでも、読み通してもらえないなというのはありました。
神永 読みやすさということでいうと、『深淵のテレパス』では恐怖を表現するのに臭いを利用していますよね。小説で臭いをイメージさせるって難しいと思うんですよ。でも上條さんは、誰でも知っている溝川どぶがわの臭いというものに引きつけることで、「あの感じね」と伝わりやすいものになっている。
上條 ありがとうございます。「ばしゃり」という水音についてはよく触れていただくんですが、臭いについて指摘していただいたのは初めてで、とても嬉しいです。視覚的な表現はすでにやり尽くされていますし、映像には敵かなわないという思いもありました。それで視覚に限らず五感を総動員して、総合的に状況をイメージしてもらえたら、登場人物の感じている怖さが伝わりやすくなるんじゃないかと考えたんです。視覚や聴覚はバリエーションが豊かだからこそ、イメージが拡散してしまうきらいがある。でも臭いって意外と狭いので、こちらのイメージが一発で伝わるんじゃないかという計算もありました。
神永 上條さんの作品を読んでいて、これはぜひ真似しようと思った部分があるんです。今までのセオリーだと、物語のテンポを上げるために、冒頭の怪異のシーンは数ページで収めるじゃないですか。僕も「心霊探偵八雲」でそういう書き方をしていた。でも上條さんは主人公が登場するまでの場面を、しっかり描き込んでいるんですよね。『深淵のテレパス』だと女性の会社員がどういう人で、どんなふうに働いているか、『ポルターガイストの囚人』だと2.5次元俳優の彼がどんな悩みを抱えているか。そこを丁寧に描写しているから、怪異が起こった時のインパクトが大きいし、怖さも引き立つ。怪異のシーンをきちんと書かないといけないなと反省しました。
上條 やりすぎると流れが悪くなってしまうので、バランスに悩むところですね。物語のテンポといえば、神永さんの作品はどれもあっという間に読めてしまいます。それは今の読書環境において、とても大事なことだなと思うんですよ。エンタメ全般がどんどん短尺化していく中で、読書ってやや手をつけにくいものになりつつある。でも「読了」という言葉がSNSでよく使われるように、能動的に読み終えたからこそ得られる達成感もあって、登山に近いものなのかなと思うんです。読者をどれだけ心地よく読了まで導けるかを考えるのが、今の作家にとっては重要になってきていると思いますが、神永さんはかなり意識的にそういう書き方をされているという印象を受けます。
神永 僕は自分が読書の入り口になれればと思っているんですよ。今の出版業界を見渡してみると、重厚なものほど素晴らしいという風潮があるような気がするんですよね。でも本にはいろいろなタイプがあっていいし、僕みたいな作家がいてもよかろうと思っているんですよ。どんな色にせよ、作家って自分だけの色がないと売れないし、残っていけないですからね。
上條 さっきのキャラクターの話と一緒ですね。
神永 そうです。僕は日本映画学校出身で、映像がスタートラインなので、小説を書く時もシナリオ作りをイメージしているんです。だから無駄に長くしない。どうやってお客さんを楽しませるかを常に意識する。映画のシナリオや舞台の脚本に携わると、そういう「外向き」の意識が身につくと思います。上條さんも以前演劇をやっていたと知って、絶妙なバランス感覚の秘密が分かった気がしました。
上條 そんな過去のプロフィールまで調べてくださって恐縮です(笑)。演劇や映像に携わると、予算という現実的な縛りを意識せざるをえなくなりますよね。必要のないシーンをいかに削っていくかという引き算的な思考になっていく。本当に必要なシーンだけを並べて、最短ルートでゴールを目指すという書き方は、おっしゃるとおり今でも変わりません。
神永 やっぱりそうでしたか。『深淵のテレパス』もそのうち映像化されると思いますが、制作費はそんなにかからないですよね(笑)。
上條 街中で追いかけっこするシーンがちょっと大変そうですが、他は面倒なシーンは少ないかもしれませんね。

神永 ところで最近はホラーブームで、モキュメンタリーが流行ったり、ユーチューバーや怪談師が人気を集めたりしている。そんな中で上條さんの作品は令和的な新しさを持ちつつも、昭和・平成のオーソドックスなホラーの良さも兼ね備えていて、そこが個性になっている気がします。
上條 ありがとうございます。多くのホラーコンテンツが溢あふれている中で、あえて王道過ぎるものをやったほうが残るんじゃないかという目もく論見ろみは当初からありました。流行に乗っかってモキュメンタリーを書くというのもありだと思うんですが、作品の寿命が短くなってしまう気もして。神永さんの「心霊探偵八雲」がいまだに新鮮な気持ちで読めるのも、王道だからこそですよね。ホラーブームの中心には何十年も受け継がれてきた幹の部分があって、枝葉は生え変わっても、幹の部分は残る。その一部に組み込まれるものが書けたらいいなと。
神永 ここまでのブームになった以上、ホラーもやがて衰退してしまうと思うんですよ。その中で生き残る作家さんは、自分が書きたいものを書いている人。ブームに流されただけの人は、この先厳しくなってくると思いますが、上條さんは自分がしっかりあるし、絶対大丈夫ですよ。
上條 実は今日、僕からも神永さんに聞いてみたいことがあったんです。「あしや超常現象調査」シリーズを二作書いて、今ちょうど完結編にあたる三作目の作業をしているところなんですが、シリーズものを書くってこんなに大変なのかと痛感しているんです。一読者だった頃は、シリーズもののほうが書きやすそうだなと思っていたんです。でも実際に書いてみると、守らないといけないことが異常にたくさんあって、ものすごく苦労しています。神永さんは「心霊探偵八雲」や「浮雲心霊奇譚」など多くのシリーズものを並行して書き継ぎながら、きっちり完結させてもいる。そこをどうクリアしているのか今日ぜひうかがってみたかったんです。ここに資料を用意してきたんですが……(とプリントアウトを配る)。
神永 おお、準備がいいですね(笑)。
上條 シリーズもののメリットとデメリットを僕なりに書き出してみました。まずメリットは二巻以降キャラクターの再発明が不要。それと続刊が話題になると、既刊がセットで売れる(笑)。
神永 それは大きなメリットですよね。売れているシリーズものがあると経済的にも安定するし、他の作品で好きなことができる。ではデメリットは?
上條 まずその巻のストーリーを進めつつ、シリーズ全体のストーリーも進める必要がある。レギュラーキャラクターに毎巻活躍の場を設けなきゃいけない。最初に決めたリアリティーラインとかルールから逸脱できない。作劇上不要になったキャラの削除や統合が基本的にはできない。こいつとこいつキャラが被かぶってるなと後から気づいても、消すわけにはいかないので。
神永 あるあるですね。
上條 まだあります。同じことの繰り返しにならないように注意しつつ、同じ味を出さなきゃいけない。読者が求めているのは「いつもの味」だと思うんですが、マンネリに陥ってもいけないので。そしてこれはシリーズによって違うと思うんですが、途中巻から読み始める読者のために、基本設定のおさらいをどの程度するのかも考える必要がある。……大体こんな感じですが、どうお考えになりますか。
神永 そもそも『深淵のテレパス』はシリーズものを意識して書いていたんですか。
上條 続編を出せるような余白は作っていましたが、創元ホラー長編賞という新人賞に応募した作品なので、その時点では続きが書けるなんて想定していませんでした。当然シリーズの着地点もまったく見えておらず……。
神永 それが正解です。僕が若い作家たちに必ず伝えるアドバイスがあるんですが「最初からシリーズものを書こうとするな」。シリーズものを狙って書かれた作品は、ほぼ百パーセント滑るんですよ。シリーズ化しようという計算が働くので、一巻からやたら世界観や設定の説明が多くなるんですね。それは読者を楽しませるという思考から逸脱している。
上條 ああ、確かに。シリーズの全体像を伝えることに意識が向いてしまっているんですね。
神永 それに人間って、続きがあると思った瞬間に、出し惜しみを始めるんですよ。二巻でこうして、三巻でこうしてとスケジュールを立て始めるんです。その結果、情報を小出しにするから、物語がこぢんまりした印象になってしまう。さっきマンネリを避けるということをおっしゃっていましたが、繰り返しを避ける一番いい方法はもったいぶらずに、すべてを出し切ることです。一巻一巻もうこれ以上のものは書けないというところまで力を振り絞る。上條さんみたいに「困った、何も考えていないけどどうしよう」となるのが実は大正解なんですね。
上條 ああ、なんだか救われた気持ちです。
神永 大事なのはその本を手にした読者をどれだけ楽しませるか。だからシリーズ全体のバックボーンも、そこまで強く押し出さなくてもいいと思います。「心霊探偵八雲」でもあくまで各巻の事件がメインで、バックボーンに触れるのは最後に軽くという感じ。
上條 なるほど、シリーズを追いかけてきた読者が、一部ニヤリとできる要素があればいいと。
神永 どの巻から読もうと、読者の自由ですからね。僕はシリーズの途中から手に取った人でも十分楽しめるという作りを心がけています。シリーズ全体の伏線をどう回収するかは、完結が近くなってから考えればいい。「浮雲心霊奇譚」も今度出る『鵺の咆哮 浮雲心霊奇譚』で完結するんですが、これまで張ってきた伏線を大慌てで全部回収しましたから(笑)。各巻とバックボーンのバランスはそのくらいの意識でいいと思います。
上條 シリーズを進めることばかり考えて、各巻が面白くなければ本末転倒ですもんね。
神永 「心霊探偵八雲」も当初は三巻完結の予定だったんです。だけど三冊では全然終わらなくて、気づいたら十二巻になってしまった。ラストをどうするかを本格的に考えたのは、十巻あたりです。そのぐらいの感覚で、むしろ一巻一巻読者と向かい合ったほうがいいと僕は思います。それと僕はシリーズものを書く際、各巻ごとに違った足かせをつけるようにしているんです。
上條 足かせというのは。
神永 これは初代の担当さんの教えなんですが、「心霊探偵八雲」の五巻を書く際に、「主人公の八雲を出すな」とその担当さんに言われたんです。シリーズもので主人公を出さないなんて、普通はありえないじゃないですか。でも鬼のように怖おそろしい担当さんだったので、言うことを聞くしかない(笑)。さらに六巻では「主要登場人物の誰かを殺せ」と。とんでもなく苦しい足かせなんですが、我慢して歩いていると、自分一人では到達できなかった新しい風景が見えてくるんですよ。その考え方は今でも僕の中に生きていて、『鵺の咆哮』では、一話ごとに視点人物を変えて、複数の短編がまとまってひとつになるという試みにチャレンジしました。
上條 ものすごく勉強になります。これまではシリーズを盛り上げるためにエンタメ要素を追加するという方向で考えていたんですが、足せば足すほどストーリーの芯が見えなくなりそうな気もしていました。
神永 足かせから考えるようにすると、キャラクターの取捨選択も自然とできるようになるんです。「心霊探偵八雲」は二巻目から長編になったんですが、すると刑事役が一人では足りなくなって、石井という新しい刑事が加わることになった。必要から登場させたキャラクターでも、巻を重ねるうちに成長して、重要な存在になっていきます。
上條 うーん、今日のお話を聞いたうえで、「あしや超常現象調査」をもう一度書きたくなってきましたね。
神永 「心霊探偵八雲」が完結した際に京極夏彦先生と対談させていただいたんですが、京極先生が「まだまだ書けるね」とおっしゃったんです。その時はぴんと来なかったけど、結局「八雲」は新シリーズを立ち上げましたからね。何年かしたらきっとまた書きたいサイクルが巡ってくる。そしたら「あしや超常現象調査」を再開させるというのはありじゃないですか。「終わる終わる詐欺」は許されるんですよ。
上條 いいこと聞きました(笑)。
神永 「怪盗探偵山猫」というシリーズも一度完結させているんです。社会情勢の変化など、完結にはいろいろ理由があったんですが、その後しれっと復活させても文句を言う人は一人もいない。
上條 読者はむしろ喜んでいると思います。

神永×上條

神永 今後上條さんがどんな作品を書いていくのか楽しみですが、プランはあるんですか。
上條 おかげさまで書き下ろしの依頼をたくさんいただいているので、今ノンシリーズものの新作を構想中です。しばらくはホラーミステリを書いていくつもりです。
神永 それが良いですね。二作目から幅の広さを見せようとする作家さんがいますが、あれは避けたほうがいい。
上條 幅を見せるというとプラスにも聞こえますが。
神永 まだ早いんですよ。たとえば今、ホラー一筋だった作家さんがラブストーリーを書いたら「あのホラー作家が恋愛ものを?」と注目されるじゃないですか。でもまだ何のイメージもついていない新人作家がそれをやっても、読者は戸惑ってしまう。しばらくホラーミステリ路線を続けるという上條さんの戦略は正しいと思います。
上條 ありがとうございます。新作はかつてないほどアイデアが湧いてきているんですが、これはきっとシリーズものの縛りがないがゆえの自由さなんですよね。これを何年か続けていると、シリーズものの苦しさが懐かしくなって、「あしや超常現象調査」をまた書きたくなるのかなとも思っています。
神永 シリーズものも、ノンシリーズものもどんどん書いてください。僕は十年以上前に『イノセントブルー 記憶の旅人』という前世の記憶を扱った作品を書いたことがあるんです。それまで書いてきたジャンルとは異なるものだったのでやや不安だったんですが、当時の担当さんが「神永さんは何を書いても神永さんの作品になるから、大丈夫です」と言ってくれたんですよ。上條さんも強い個性を持っているので、何を書いてもきっと上條さんらしい作品になる。あまり悩み過ぎなくても大丈夫ですよ。
上條 今日はお話しできて本当に良かったです。強く背中を押されたような気持ちです。
神永 僕はデビューしてから十年くらい、同業者の知り合いってほぼいなかったんです。新人賞出身じゃないので先輩も後輩もいないし、悩んでも相談する相手がいなかった。だからその分、若い作家さんにはどんどん絡んでいこうと思っているんです。よければ一緒にフットサルやりませんか?
上條 いいんですか?
神永 ぜひ! いろんな作家さんが集まるので、いい刺激になると思いますよ。

「小説すばる」2026年11月号転載