2024年5月17日、本年度渡辺淳一文学賞の贈賞式が執り行われました。 
 今回も多くの関係者にご来場いただき、笑顔溢れるひとときとなりました。

受賞作  塩田武士さん『存在のすべてを』朝日新聞出版刊 

選考委員代表  髙樹のぶ子さん 

講評 髙樹のぶ子さん

 選考委員を代表して講評を述べられた髙樹のぶ子さんは「揉めた回ではあった」と前置きつつも、「この作品には柱がある。大義がある。この賞をステップにさらに大きく育っていって欲しい、そんなチャンスになればと思っている」と受賞を称えられました。「30年前の未解決の男児誘拐事件が関係者の間ではずっと後を引いていて、時を経てその謎に迫るというのが大きな構成になっているが、その中にも非常に多くのテーマを持っている」と作品内容に触れながら「芸術とりわけ絵画と我々の日常感覚、というのもそのひとつだが、塩田さんの受賞の言葉の中に野田弘志さんのお名前が出てきて、私自身も影響を受けた画家だったので驚いた」と表情を綻ばせ共感を寄せられた後、作中の登場人物の“世界から存在が失われていくとき、必ず写実の絵が求められる”という台詞を引いて「絵の話にとどまらず身体感覚を考える上でとても重い言葉であるが、何故そうなのか。答えは出ないけれど、もう一歩踏み込んで、足掻いて欲しかった。これからも追究し続けていただきたい」とより一層大きな期待を込めて激励の言葉に代えられました。

受賞者 塩田武士さん 

2024年度渡辺賞

 「ジャンルを問わず人間を描いた作品に贈られる賞に選んでいただいて非常に嬉しい」 
 受賞の一報を受けたその日にテーラーに駆け込んで採寸をしたという下ろし立てのスーツを身に纏い、第一声から喜びを露わにされた塩田武士さん。「大学一年生の時に共同通信社社会部移植取材班の『凍れる心臓』を貪るように読んだ。のちに渡辺淳一先生が発表された『白い宴』も日本初の心臓移植をテーマとした小説で、そのリアリティに圧倒された。そしてこのたび渡辺先生の名前を冠した賞をいただくことになり本当に光栄に思っている」と熱を込めて謝意を伝えられました。 
 受賞作は「質感なき時代に実を見つめる」をテーマに執筆。「虚と実の間に何があるのだろうかということを考えながら書き続けてきた。ネット以後、来るべきメタバースの時代にはますます実が軽視されていく。危機感を持って題材を選んでいきたい」と今後の展望を語られた後、選考委員の方々、取材協力や出版関係者、そしてすべての読者に改めて感謝を述べ、笑顔で締めくくられました。