2025年5月某日、本年度渡辺淳一文学賞の贈賞式が執り行われました。 
 贈賞式とその後のパーティにも多くの方がお祝いに駆けつけてくださり、賞が創設されて十年目の節目に相応しい賑やかな会となりました。 
 選考委員と受賞者のスピーチの様子を一部抜粋にてご紹介いたします。

受賞作  木下昌輝さん『愚道一休』集英社刊

選考委員代表  浅田次郎さん 

講評 浅田次郎さん

 「この渡辺淳一文学賞は間口が広くてとても良い賞である。多彩なジャンルの作品が集まる選考は非常に難しく、そして面白い」と、まず本年で十回を迎えた本賞の選考の醍醐味に言及した浅田次郎さん。 
 今年度受賞作についても「縁あって木下昌輝さんの作品はたくさん読んできた。中でも『愚道一休』は手に合っていると感じた」と、今回の受賞を称えられました。 
 物語の魅力を「禅について知っているようで、実は知らない人が多いのではないか。この作品は禅というものを小説の中で仮想体験させてくれる。私たちが知っているとんちの一休さんとは違う、禅を通じて自らの人生を極めようとした一休だからこその面白さがある」と説いた上で「この先も長い作家生活、ぜひ面白がって書いて欲しい。今作は生みの苦しみを感じる部分があった。もちろん書くことはつらさもあるが、楽しむことを忘れず書き続けて欲しい」と激励を添えて締めくくられました。 

受賞者 木下昌輝さん 

渡辺賞 木下昌輝

 冒頭で執筆の経緯について「なぜ一休を書こうとしたかといえば、集英社から刊行した前作では幕末の絵師・絵金を取り上げたので、今回も文化的でアクの強い人物をと思い決めた」と笑顔で述べられた木下さんでしたが、「これがなかなか大変で……臨済宗では公案という禅問答があり、内容は完全非公開である上に意地悪としか思えないような問いばかりで、編集者と協力して研究者や僧侶の方に取材を重ねることでやっと光が見えてきた」と題材の難しさについて触れ、「さらに一番の問題は一休さんの性格が悪いということ」と苦笑しながら付け加えられました。 
 兄弟子・養叟(ようそう)との関係性が綴られた一休の著作『自戒集』についても「正直なところ罵詈雑言だらけで一休さんを好きになれないなと思った」と主人公の人物像への苦悩が生まれたことを明かしつつ、研究者の「あれは漫才の横山やすし・西川きよしと同じ」という一言が突破口となり作品を完成させるに至ったことを清々しく振り返られました。 

「今回誰に一番お世話になったかと聞かれれば、西川きよし師匠とお答えしている」とジョークで会場を湧かせた後、「一緒に悩んでくれた担当編集の皆さんと切磋琢磨することが今回大いに励みになった」と関係者への謝辞とともに、今後も執筆活動に邁進されることを誓われました。