作家が「今いちばん会いたい人」にインタビューするこの企画。
第1回は、芥川賞作家・綿矢りささんが「中国の人々を知る手がかりとしてご著書や記事を愛読している」という、フリージャーナリストの中島恵さんにお話を伺いました。

中国人の消費マインドの行方は? 寝そべり族「タンピン」とは? ……中国人の「今」に迫ります!

構成/編集部  撮影/冨永智子  (2022年1月21日 神保町にて収録)

綿矢りさ・中島恵
左:中島恵さん  右:綿矢りささん

京都のマニアックな場所でも中国人を見かけて

綿矢 今日はよろしくお願いします。何年か前に、中国のネット小説が日本語に翻訳されたものを読んで好きになったのがきっかけで、中国語を習い始め、映画やドラマなど他の中国文化にも興味を持つようになりました。中国の文化や流行についてもっと知りたいといろいろな本を読むうちに、中島さんのご著書に出会いました。「消費」というわかりやすい切り口から、中国という大きな国について語っていらしたのが面白く、読みやすかったです。お会いできて嬉しいです。

 

中島 こちらこそ、たいへん光栄です。お話をいただいた時はびっくりしました。有名な小説家の方にお会いするなんていう機会はほとんどないので。

 

綿矢 私、出身が京都なんですけど、有名なお寺以外にも「なんでこんな地元民しか知らないようなマニアックな場所に?」と思うところに中国人の観光客がたくさんいらっしゃって不思議に思っていました。中島さんのご本を読んで、なるほど、日本のことに詳しくなってから観光に来るから、京都の辺鄙なところにも足を運ぶんだと知りました。

 

中島 中国人、とくに若者のネットの情報収集力は本当にものすごいんですよね。綿矢さんの最近のエッセイ『あのころなにしてた?』にも、新型コロナが始まった頃の中国の様子がよく書かれていますね。綿矢さんの関心の高さがうかがえました。

 

あのころなにしてた?

 

綿矢 ありがとうございます。中国の人がよく使う微博(ウェイボー)というSNSを見ていたんですけれど、2020年の1月の初め、日本ではまだまったく話題になっていない時期から「伝染病が流行っているらしい」という記事が上がり、その話題一色になっていきました。封村といって村全体が封鎖されて、それが封城と、さらに範囲が広くなって、都市がロックダウンになって。

 

中島 お詳しいですね。私も、2020年の春ぐらいから一時期、新型コロナの原稿ばかり書いていました。

 

綿矢 おそらくその書かれた記事を、私はリアルタイムで興味深く読ませていただいてたと思います。

北京オリンピックで人流は変わる?

綿矢 今日は中島さんに中国のことについていろいろと伺いたいと思います。

 まず、北京オリンピックなど大きなイベントを控えていますが、中国の人の行き来などはどうなるでしょうか?

 

中島 そうですね。この記事が出る頃には、おそらく北京冬季五輪は終わっていると思いますが、海外から一般の観光客が観戦目的で入国することは、ほぼ無理だと思います。中国国内でも五輪開催中は北京に行くことは難しくなりますし、一般へのチケット販売もしないことになりました。

 

綿矢 やっぱり難しいんですね。無観客になるのでしょうか。東京オリンピックもギリギリまで決まらなかったですね。

 

中島 関係組織の方々とか、一部の招待客は観戦できると思います。コロナが発生する前、日本人も中国には15日間はビザなし渡航ができたんですが、コロナ禍以降は渡航自体、非常に難しくなりました。

 

綿矢 今、入国制限が厳しくなっているようですが、北京オリンピックの前と後とで、人の流れは変わると思いますか?

 

中島 オリンピックが終わっても、入国制限は急に緩くはならないと思いますね。中国国内の感染者が落ち着けば、国内の人の移動は増えるかもしれませんが、海外からの入国については、当分厳しいと思います。

 

綿矢 そうなんですね。大きなイベントだから影響あるのかと思っていましたが、オリンピックをきっかけに変わるというわけでもないんですね。

綿矢りさ
綿矢りささん

中国人の消費マインドの行方

綿矢 では次の質問です。中国の人の消費傾向についてお聞きしたいです。過去、爆買いや日本通と呼ばれる人たちも登場したと中島さんのご著書にありましたが、コロナもあって海外旅行が難しくなった今、中国の人たちの消費マインドはどこに向かっているのでしょうか。

 

中島 今は国内に目が向いていると思います。一昨年(2020年)の夏から秋頃はコロナがかなり収まっていたので、夏休みや国慶節(中国の建国記念日、10月1日からの大型連休)の休暇を使って国内旅行をした人がかなり多かったようです。

 

綿矢 国内の旅行先で人気の場所はどちらですか?

 

中島 住んでいる場所によっていろいろですが、たとえば、北京や上海などの人は、雲南省、四川省、海南省(海南島)など、できるだけ遠くて、大都市にはない地方の魅力が感じられるようなところに行く人が多いと思います。

 海南省は南にある温暖な島で、北京や上海とは風景がまったく違いますが、ここ数年は高級ブランドの免税品店が立ち並ぶようになり、海外に行けない今は、そこに行って「爆買い」をする、という人が増えました。

 

綿矢 海南島の動画などを見ると楽しそうなので、私も行ってみたいなと思っていました。今まで海外で買っていたブランド品を、国内の観光地に行って買うという風に変わってきたんですね。それは自然に流行が移り変わってきたという感じですか?

 

中島 コロナ禍で海外に行けなくなったので、国内でブランド品が買えるところに行っているという面もありますが、ショッピング以外でも、国内の観光地に行ってみたら、意外と見どころがあるじゃないかということで、国内の観光地を見直し、国内旅行に出かけている人が多いように感じます。

 国内の地方にも豪華なホテルや、すばらしい観光施設ができているし、景勝地もたくさんあるので、ネットで検索して、そういうところに行っているようです。

ゼロコロナ政策のプレッシャー

綿矢 なるほど。今まで他の国で使われてきたお金が、中国国内で使われているとなると、国内消費はすごいことになっていそうですね。

 

中島 そうですね。でも、昨年(2021年)の夏頃から、オリンピックやゼロコロナ政策のために規制が厳しくなりました。時期や都市によって、そのつど規制の内容は変わりますので一概にはいえませんが、省をまたぐ旅行に行く人は、勤務先や、子どもの学校に報告しなければいけないので、そのプレッシャーや面倒臭さもあって、あえて遠出しないという人もいます。

 

綿矢 確かにそれだけ厳しいと、あえて遠出しようとは思わなくなるかも。書類を提出したりするんですか?

 

中島 はい、書類を提出する場合もあるようです。コロナの感染リスクが高い地域の場合、低い地域の場合、また、省によって、勤務先によっても違いますので、具体的にはわかりませんが。

 省をまたぐ外出でなくても、自分が出かけた施設で同時期に感染者が出れば、PCR検査をしなければなりません。たとえば去年、上海ディズニーランドでコロナの感染者が出たときは、そこにいた全員のPCR検査が実施され、最後に帰った人は翌朝だったと聞きました。

 

綿矢 その場に居合わせたら「ええ?!」って感じでしょうね。厳格にされている分、もしも感染したら、ものすごく目立ちそう。

 

中島 コロナ対策の規則に違反すると刑事罰を科せられる場合もありますので。もし旅行先で感染したり、同じ宿泊先に感染者が出たりすると、自分たちも隔離の対象となってしまいます。

 

綿矢 楽しい気持ちになりに行くのに、感染とか隔離とか、デメリットを考えると行きづらくなってしまいますね。

 

中島 ええ。なので、大型連休でも、近場の旅行や贅沢な食事をするくらいしかできないと言っている人もいました。

 

綿矢 コロナ前の中国の人たちは、いろんなところに出かけて、いろんなものを食べて、いろんな国に詳しくなって、と非常にパワフルでしたが、その勢いは今いったいどこに向かっているのでしょう。

 

中島 ライブコマースでショッピングをしたり、オンラインの勉強会に参加したり、家でできることが盛んです。中国のSNS、ウィーチャットを見ていると、オンラインイベントのお知らせがたくさん流れてきますよ。

 

綿矢 家にいてノウハウなどを学ぶ時期、と考えていらっしゃるんでしょうか。

 

中島 中国人はみんな勉強が好きですね。新しい知識を得ることに、すごく貪欲です。講師を呼んで、オンラインやオフラインで美容の講習会とか、経営の勉強会などをやっています。

 音声で聴く学習アプリも流行していて、有名人のスピーチや名著の朗読を毎日のように聴いているという人も大勢います。コロナ禍の前もやっていましたが、コロナによって、そういうことにますますエネルギーを注いでいる印象があります。

 

綿矢 なるほど、面白いですね。たくさんの人が発信して、それぞれに熱心な受講者がいそうです。

中島恵
中島恵さん

寝そべって何もしたくない「タンピン」

綿矢 では、次の質問です。中国の春節(旧正月)映画やアクション映画を見ていると、パワフルでエネルギッシュだと感じますが、中島さんのご著書を読んでいると、タンピン、寝そべり族の登場や、中国人の新世代の洗練や覇気のなさについても書かれています。中国の人たちの精神性にいったいどのような変化が起きているのでしょうか。

 中国の春節映画などには孫悟空みたいなエネルギッシュで自分を信じている人が活躍する話が多いですが、そういうこれまで人気のヒーロー像と、最近の中国の若者たちの実態が離れてきているのかなという感じがしましたが、いかがでしょうか。

 

中島 基本的に、中国人の多くは、とてもポジティブだと思います。常に前向きな人たちが半数以上いて、みんな今より少しでも豊かになりたいと思い、エネルギッシュに活動しています。しかし、新しい傾向として、「タンピン」という、寝そべって何もしたくない低意欲の人たちが出てきました。

 実はタンピンといっても二種類いて、一つは富裕層の子どもで、お金は十分すぎるほどあり、何もやる気が起きなくなっているという人々。もう一つは、メディアでもよく取り上げられているように、競争社会に疲れ果て、もうこれ以上がんばれないと思って、無気力になっている人々です。

 

綿矢 お金がありすぎて何もやる気が起きない人たちというのは、あまり周りには見かけないですが、二つ目のタイプのタンピン族は日本もけっこう多いかもしれません。

 

中島 中国も成熟化して、だんだん日本に似てきたんですよね。社会全体が豊かになると、あまりがんばらない人も出てきます。たとえば、中国の大学入試「高考(ガオカオ)」は大変な競争だと日本でもよく報道されますが、今は中国でも選ばなければ、どこかの大学に入学できる時代。あまり勉強しない学生も増えているんです。

 

綿矢 お金のある生活をしてきて、ガツガツしたところが無くなってきたんでしょうか。

 

中島 まだ日本人よりはガツガツしていますが(笑)、だんだん貪欲さがなくなってきていることは確かですね。それに、一人っ子政策が長かった影響もあるかもしれませんが、裕福な人だけでなく、お金があまりない家庭でも、子どもには贅沢をさせてあげたい、と思う親が中国には多いです。

 

綿矢 その気持ちは万国共通かもしれませんね。

 私が中国映画を好きになったきっかけは、日本では消えてしまった表現がまだ残っているところでした。たとえば、北京に上京してきた女性が、仕事が見つからなくてつらいときに、露天商のおじさんから茹でたトウモロコシを半分買って泣きながら食べる、とか。映画の一番の盛り上がりシーンが“人情の発露”だったりするのも、懐かしく感じました。かいがいしく世話を焼いてくれた人にホロリとして恋に落ちる、みたいな展開もけっこう見かけるのですが、お互いストレートに優しくし合って次第に両想いになっていく感じが、心温まります。今の日本ではちょっと泥臭くて消えてしまった表現が、中国の映画ではまだ見られて元気をもらえるところが好きです。

 

中島 本当に人間らしいといいますか、韓国ドラマなどもそうですけど、思ったことをはっきり言うし、人間関係もとても濃密で、熱いですよね。人間同士のぶつかり合いを見て、羨ましく思うこともあります。

 日本人は、本当は言いたいことがあっても、衝突を避けるため、その言葉を飲み込んでしまうことがありますね。中国映画や中国ドラマには、日本の昭和のような雰囲気がまだ残っていると思います。

 

綿矢 人情が一番いい場面で使われるので、感動するんですよね。

不動産を持っていない男性は結婚しづらい?

綿矢 不動産についてもお聞きしたいのですが、中島さんのご著書『中国人のお金の使い道』では、中国では2020年にコロナの影響で不動産の価格が下がったため、物件を買おうとする人が増えたと書かれていました。また、以前から、不動産の転売も盛んだとも書いてあります。中国恒大集団など大手不動産会社のこともよくニュースで報じられていますが、現在の不動産事情はどのようになっているとお考えでしょうか。

 

中国人のお金の使い道

 

中島 最新の不動産事情については、あまり詳しくないのですが、大都市の人は、すでにほとんど不動産を持っているんですよね。都市部住民の96%が持っているという統計もあり、しかも、何軒も持っている人もいます。
 その一方で、地方出身の人には、戸籍の壁というものがあります。中国には都市戸籍と農村戸籍があって、今は仕事の都合で大都市に住んでいても、そこの出身でない人は、大都市の人と同じ都市戸籍ではないため、不動産を購入するハードルが非常に高いのです。
そのような人たちの中には、不動産を買うことをあきらめたり、不動産にあまり興味を持たない人も増えてきています。

 

綿矢 不動産を持っていないと男の人は結婚しづらい、ということもご著書に書いてあったと思うのですが、今は女性のほうもそのあたりの事情を了承済みで、やいやい言わないという感じなんですか?

 

中島 その方のバックグラウンドによって違いますね。地方出身の女性は、やはり不動産を持っている男性と結婚したいという願望がまだあると思いますが、男女ともに地方出身だと、もう大都市で購入するのは不可能だと思い、別のこと(海外旅行や、他の好きなこと)にお金を使ったほうがいいよね、という考え方に変わってきています。今の中国は価値観という面でも過渡期にあると思いますね。

 

綿矢 過渡期なんですか。

 

中島 先ほども少しお話ししましたが、北京や上海など、大都市の出身者以外の人は、大都市で不動産を持つことは難しいです。しかし、不動産を持っていないと、大都市の戸籍を持つこともできません。
 これまでは、上海の都市戸籍を持っていない人の子どもは、公立の学校に入学できないなどの問題がありましたが、今、政府はそれを改革しようとしています。私が3月に出版する本の中でもその話を紹介していますが、これも「共同富裕」の一環だと思います。

 

綿矢 すみません、共同富裕というのはどういう概念でしょうか。

 

中島 社会の格差をなくしましょう、みんな一緒に豊かになりましょう、という国家のスローガン。政策のことです。

 

綿矢 ニーズに合わせて、少しずつ国全体が変わってきたんですね。

 

中島 変わってきましたね。人流や職業も昔とは違いますので、それに合わせて制度を変えていかなければ、不公平感が強くなります。政策もそうですけれども、人々の価値観もだんだん変わってきて、メンツにこだわるよりも、等身大の考え方になってきました。
 30歳くらいまでに結婚しなきゃいけないとか、結婚の前に不動産を買わなければならないとか、子どもを産まなければいけないとか、そういう価値観も、若者の間では、ずいぶん変わってきました。

 

綿矢 なるほど、ありがとうございます。

【後編へ続く】