
作家・寺地はるなさんによるエッセイ連載。食べて眠って働いて……日々をやりくりしている全ての人に贈る、毎日がちょっと愉しく、ちょっと愛おしくなる生活エッセイです。
第17回:ノーノーシンプルライフ
2025年04月04日
突然だがここ数年、「ぴよこ豆」というキャラクターに夢中だ。
「ぴよこ豆」というのはマインドウェイブという文具メーカーのイラストレーター、トモエヌさんのオリジナルキャラクターである。公式サイトでは「ころころもちもちのひよこのような生き物」と紹介されている。
数年前に文房具店でぐうぜんぴよこ豆の付箋を見つけ、「オギャー! なんてかわいいんだ!」と衝撃を受けた。あまりのかわいさに、うっかり赤ちゃん返りしてしまったのである。
それ以来、新たなグッズが発売されるたびにあれこれ購入してしまっている。いや、「しまっている」なんて言いかたはやめよう。なんだかまちがってそうなったみたいではないか。断言する。私は確固たる意志を持ってグッズを購入しております。
去年、そのぴよこ豆の新しいぬいぐるみが発売された。全長十センチほどの小さいぬいぐるみと、全長三十センチほどの大きいぬいぐるみの二種類があった。
当初は、「小さいほうは買ってもいいけど、大きいほうはがまんしよう」と自分に言い聞かせていた。物が増えると部屋が狭くなる。生活必需品ならともかく、ただ「かわいいから」という理由でこんなにかさばるものを買ってはいけない。私ひとりで暮らしているならともかく……。懸命に言い聞かせようとすればするほど、私の心はオギャーと震えた。
そして気づけば、すでにカートにインしていた。この衝動を、私はオギャリズムと名付けた。赤子が乳を欲しがるがごときひたむきさで対象物を求める気持ち、それがオギャリズム。みんなも使いたければ自由に使ってくれてかまわないよ。
そんなわけで我が家にやってきたぴよこ豆(大)だが、これが実にいい。大きいから、部屋のどこにいても見つけやすい。何度でも、「振り返れば、そこにぴよこ豆」という体験をすることができる。
料理のあいまにキッチンカウンター越しに見るぴよこ豆(大)もいいし、ソファーでくつろぐかたわらにちょっこり座るぴよこ豆(大)もいい。
仕事中は、ノートパソコンの画面の裏に鎮座している。じつはこの原稿もぴよこ豆(大)に見守られながら書いている。見るたびに毎回新鮮に「わ、かわいい」「ハッ、かわいい」と思う。幸せって、きっとこういうことよね。
ぴよこ豆グッズがどんどん増えていく。こんなに室内が黄色くなったのは、息子がミニオンズにハマっていた時以来かもしれない。
よけいなものがいっさい置かれていない、整然としたシンプルなインテリアを見ると素敵だな、と思うが、自分が住みたいのかというと、答えは否だ。部屋のテイストを統一することすら、私にはちょっと無理かな、という気がしている。
なぜって、かわいいものもかっこいいものも美しいものもおもしろいものも、ぜんぶ好きだからだ。好きなものに、ごちゃごちゃと囲まれて暮らしていきたい。オンラインストアで買ったぬいぐるみも、蚤の市で手に入れたアンティークのランプも、今まで読んできた本も、ぜんぶ見える場所に並べておきたい。
そんなことをしているとどんどん統一感がなくなり、おしゃれな部屋から遠ざかっていくのだが、私は雑然としている場所のほうが落ちつくし、そういう場所にいるほうが小説のアイデアも浮かびやすいような気がする。
以前、泊まっていたホテルの部屋で原稿を書こうとしたことがあるのだが、あまりはかどらなかった。真っ白な壁に囲まれて、自分の頭の中まで真っ白になっていくようだった。
小説を書くには、適度な視覚的ノイズがあるほうがいいようだ。たんに私の脳内がもともととっちらかっているのでバランスが取れるだけなのかもしれないが。
というかここまで書いて思い出したのだが、そもそも私は「第8回 求む! 透明感」で書いた通り、物が見えなくなると認識できなくなる性質を持っているのである。余計なものを置かないシンプルなインテリアなんかにしたら最後、すべての書類仕事は滞り、原稿は遅れ、いつしか人生そのものがめちゃくちゃになってしまうだろう。
だからやっぱり、今のまま暮らすのがいちばんいい。
プロフィール
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寺地 はるな (てらち・はるな)
1977年佐賀県生まれ、大阪府在住。2014年『ビオレタ』でポプラ社小説新人賞を受賞しデビュー。2021年『水を縫う』で河合隼雄物語賞受賞、2023年『川のほとりに立つ者は』で本屋大賞9位入賞、2024年『ほたるいしマジカルランド』で大阪ほんま本大賞受賞。『大人は泣かないと思っていた』『こまどりたちが歌うなら』『いつか月夜』『雫』など著書多数。
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