
作家・寺地はるなさんによるエッセイ連載。食べて眠って働いて……日々をやりくりしている全ての人に贈る、毎日がちょっと愉しく、ちょっと愛おしくなる生活エッセイです。
第8回:求む! 透明感
2025年01月31日
透明感を求めている。といってもお肌の話ではない。お肌の透明感についても不要なわけではないが、美容のことは私の専門外である。
私は非常に荷物が多い。数時間の外出でも同行者に「え、今日って、一泊二日でしたっけ?」と引かれてしまうぐらいに多い。
なにが入っているんですか、と問われることも多いが、説明がめんどうなので最近は「さっき捕まえた狸が一匹入ってます。いやね、うちの畑で悪さしとったもんでね」などと答えて相手を困惑させている。
ほんとうは(あたりまえだが)、雨が降った時のための折り畳み傘、怪我をした時のために絆創膏と消毒液、ハンカチが汚れた時のための予備のハンカチ、などが入っている。そのせいか外出の準備にとても時間がかかる。ある日息子から「外出に必要なものはあらかじめ決まっているのだから、ワンセットにして置いておけばいい」との助言を得た。
なるほどネ! というわけでバッグインバッグというものを購入してみた。しかしこれが、どうにも都合が悪い。物がバッグインバッグという布に覆われたせいで、どこに何が入っているのかわからなくなって、その物の存在を忘れてしまうのだ。
ポケットがたくさんついているバッグでも同じことがおこる。
荷物の準備をしている時は「これをここに入れるとさっと取り出せて便利なはず!」とかいろいろ考えて入れているはずなのに、いざとなるとどこになにが入っているのかわからなくなり、外出先で「あれ、どこ?」と、持ちものをすべてテーブル上に陳列するはめに陥る。
そういうわけで、バッグインバッグやポーチは透明、あるいはメッシュ素材で、というルールを設けたら、ずいぶんマシになった。
「見えなくなると認識できなくなる」という、私の性質。これは家の中でも同様で、書類も絵柄が入っているクリアファイルに入れてしまうともう見つけられなくなってしまう。やっぱり、クリアファイルはクリアじゃなくっちゃね。
子どもの頃、いただきもののお菓子の缶や箱があると、いつも「食べ終わったらちょうだい」と頼んでいた。そういう缶や箱の中に、だいじなものを入れていた。『りぼん』の付録とか、友だちにもらったハート形に折られた手紙とか、父が出張の時に買ってきてくれたおみやげの万華鏡とか。
蓋にどこかのお城の絵が描かれたクッキーの缶があって、私はそれを宝石箱と呼んでいた。もちろん、ほんものの宝石など入っていない。宝飾店や質店のチラシに載っている指輪やネックレスの写真を切り抜いて保管していたのだ。きらきらしたものが好きな子どもだった。
母は私の「きらきらしたもの好き」を嫌がって、というか、たいへんに心配していた。ぜいたく好きの、アクセサリーをじゃらじゃらつけているようなへんな女になるんじゃないか、みたいなことを長女(私の姉)に相談していた。私は子ども心に、そうか宝石に興味を持つと親に心配をかけるんだなあと思ったが、その後は自重したというようなことは一切なくて、あいかわらずルビーってきれいだなあ、いつかダイヤモンドが欲しいなあと憧れながら、チラシを切り抜き続けた。
大人になったら本物の宝石を買うんだと思っていたが、なかなか手が出せなかった。はじめて自分で石付きの指輪を買ったのは、作家としてデビューしてすこし経った頃だ。原稿を書いていると自分の手元が目に入るから、そこにきれいなものがあるといいと思った。その後指輪は新刊が出るたびに「記念だから……」と言い訳しながら、さほど高価なものではないが買っている。そしてそれを、やっぱりお菓子の缶や箱に入れている。
読者のかたからいただいた手紙を入れる缶もある。なかなか返事を書けないが、大切に保管している。お店に行くたびに手紙をくださる書店員さんがいて、そのかた専用の缶もある。あまり読み返すとなんだか依存してしまいそうだから、高い棚の上に置いている。
そういった大切なものたちは、見えなくなってもどこにしまってあるかわからなくなったりはしない。ノー透明感で行ける。ふしぎだなとも思うし、そりゃそうだろとも思う。
プロフィール
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寺地 はるな (てらち・はるな)
1977年佐賀県生まれ、大阪府在住。2014年『ビオレタ』でポプラ社小説新人賞を受賞しデビュー。2021年『水を縫う』で河合隼雄物語賞受賞、2023年『川のほとりに立つ者は』で本屋大賞9位入賞、2024年『ほたるいしマジカルランド』で大阪ほんま本大賞受賞。『大人は泣かないと思っていた』『こまどりたちが歌うなら』『いつか月夜』『雫』など著書多数。
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