隊伍が乱れているわけではない。

 六千騎を、前軍、中軍、後軍と分けた。その順で進みながら、百人隊ごとに進みやすい地形を選んでいい、ということにしてあった。

 誰もそうだとは思わないのだが、スブタイは隊列を組むのが好きではなかった。

 スブタイは、伝令や斥候をなす者を百騎ほど連れ、前軍の前を進んでいた。すでに、西夏領の奥深くまで進んできている。

 中軍に、チンギスとその麾下二百騎がいた。

 しばしば、チンギスの副官の役割を担っているソルタホーンが、前に出てきて、スブタイと轡を並べた。

 特に用事があるわけではなく、チンギスに命じられてもいなかった。行軍中は、動き回っているのが好きなのかもしれない。

「スブタイ将軍の百人隊は、それぞれに、実に見事に動くのですね」

 阿っているような言い方ではなく、ほんとうに感心しているように聞えた。

 あたり前だった。常に、そういう動きをさせているのだ。

 寡兵で、大同府の北のダイルの城砦や、陰山の陽山寨を守り抜かなければならなかった。特に陽山寨については、しばしば西夏軍が介入してきた。寨の中に籠っていれば、押し包まれることもあり得た。西夏軍が来るたびに、百人隊ごとに原野や山中を駈け回った。その動きに辟易して、西夏軍は去ったのだ。

 戦のやり方は、玄翁の軍で身につけた。

 玄翁の軍は、緊密な隊伍を決して崩さなかった。極端な時には、両隣の騎馬との鐙の距離が、拳ひとつに開くと、調練を終えたあとに、馬を替え、ひと晩でも密集隊形の調練を受けるのだ。

 密集した軍の力を、誰もが想像できないほど強く出していた。密集こそが力だったのだ。

 しかし、スブタイはその密集の中にいたのではない。玄翁の弟子三名は、戦場を思うさま駈けることが許されていた。ただし、常に百人隊を指揮している、と意識していなければならない。一騎の動きは、百人隊の動きだったのである。

 スブタイは、玄翁の最後の弟子だった。ジェルメが弟子だったころは、まだそれが徹底されてはいなかったのだろう。

 弟子は、三年いて玄翁のもとから離れる。

 なにをやろうとも自由なのだが、スブタイだけは特別の遺言を受けていた。テムジンの臣下になれ、というものだった。黙ってそうするしかない、と思った。玄翁が言うことの意味を考えるという習慣が、スブタイにはなかった。

 テムジンは、あっさりとスブタイを受け入れた。それから、いささか重い任務を、次々に振ってきた。

 南をしっかり固めておくというのは、その中でも難しい任務だったが、それももう終ろうとしている。

 今後、兵力が増える。それだけでなく、スブタイ軍の役割が変わる。

 これまでは、守りの拠点だった。それが、攻めるための拠点になる。

 テムジンはいま、チンギスという名になった。以前とは較べものにならないほど領土が拡がり、動員できる兵力も膨大なものになった。

 それでもチンギスは、昔からの部下を信用し続けていると思えた。信用される分だけ、与えられる任務は苛酷なものになる。

 いま行軍中のこの戦は、これまでとは質が違い、その境目のものだとスブタイは考えていた。これからはじまる戦の全容については、チンギスにさえも見えてはいないのかもしれない。

「ソルタホーン、殿がこの戦に同行してみようと思われたのは、歩兵と工兵が、なにをなせるか見きわめるためなのか?」

 歩兵を率いるボレウとも、工兵隊を作ろうとしているナルスとも、スブタイは会ったことがない。ただ、軍の新たな部分として、ダイルから聞かされた。

「そのあたりは、俺は軽率に将軍に申しあげることはできませんよ。たとえ側にいても、あの殿は見えないことの方が多いのですから」

「確かに、そうだろうな」

「ボロクル将軍やジェベ将軍に、これからどういう任務を与えられるのか見ていれば、わかるものもあると思えるのですが。俺はそれを、スブタイ将軍にも見ていていただきたい、というのが希望です」

「俺が見たものと、おまえが感じたものを、突き合わせてみようというのか」

「いけませんか?」

「いや、俺も、そうしたい」

(『チンギス紀 十 星芒』「燎火のごとく 一」より一部掲載)