【書評】救命救急の真の意義を問う

評者・三浦天紗子(ライター、ブックカウンセラー)

 

 高い健康志向や豊富な医学知識、ネットにあふれる医療情報など、これほど医学や医療に関心が集まっている時代はないのではないか。小説やドラマでもそのジャンルの作品が次々と出てくるが、特に「救命医療」は鉄板の人気。
 都立病院の救命救急センターに勤める浜辺祐一先生は、医師や救命救急士などの医療者、患者とその家族の葛藤や苦悩を、臨場感たっぷりに書く名人。「救命センター」シリーズは開始から三十年が経つ。二作目の『救命センターからの手紙 ドクター・ファイルから』で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞、本書は六作目となる。本書では、モーニング・カンファレンスの一幕を描くスタイルで書かれている。モーニング・カンファレンスとは、当直明けの医師が直前二十四時間に収容された患者の病状などを報告する場だ。
 一貫して、「救命救急医療で命を救った!」というような単純な感動ドキュメンタリーにしていない点が面白さのツボ。たとえば第3話「それは自殺!?」は、路上で倒れていたところを運ばれてきた六十~七十代の男性の話だ。頸椎損傷に適切な処置をしたことで患者は一旦意識を取り戻す。だが、頼る家族や友人もなく、四肢麻痺は確実に残ることを理解していると思われる彼の本当の胸の内はどうだったのか。第5話「それは善行!?」では、心肺停止状態から蘇生した七十八歳の男性とその家族が登場する。救急隊が応急処置でCPR(心肺蘇生術)を施したことで患者の心臓は再び動き出した。ところが、この患者はすでに終末期にあり、往診医と家族との間で無理に延命しない承諾が交わされていたのだ。
 救急車で搬送される患者の高齢化が著しい。〈そんな高齢の疾病患者に対して、いったいどこまで濃厚な救命治療を施すべきなのか〉という問いは、命を選別せよという意味ではない。静かに消えようとしている命を何が何でも蘇生させることが救急医療の意義なのか。その煩悶は、医療現場にいる人たちだけでなく、私たち読者へも向けられている。

(初出 「青春と読書」2021年11月号)