担当編集より

持たざる者の魂を生き生きと描く著者の代表作。

2020年1月24日に、木村友祐さんの『幼な子の聖戦』が刊行されます。

先日、木村さんとお話ししていたときに気づいたのですが、ちょうど10年前、
2010年の年初にデビュー作『海猫ツリーハウス』の単行本が出たという話題になりました。
デビューから10年。木村さんと担当編集は同い年で、10歳年をとったことに、
お互い微妙な感慨がありました。
(『海猫ツリーハウス』は電子書籍版として絶賛発売中です)

デビュー作から、本作まで、10年間一貫して変わらないのが、
虐げられた人、上手くいっていない人、弱い立場の人の視点を大事にして作品を書いていること。
本作の表題作「幼な子の聖戦」の主人公・蜂谷(はちや)は、若い頃に新興宗教のメンバーに勧誘され、
いかがわしいと思いながらも、惹かれていきます。
一方で、教祖への性急な帰依を促す教団員に、強い嫌悪を覚えたりもします。

「意味なんか、結局ねぇのよ」

大人になった蜂谷は、こう思いながら、村長選に立候補した同級生・仁吾(じんご)を妨害するべく、
せっせと怪文書を書いたりするのです。

「所詮おらんど人間は、頭良さそうなふりして、
やってるごどぁ目先のごどしか見えねぇ虫ケラど、なんも変わりねんだおん。
いがが喋るごどは、おらのこのどうしようもねぇクソみてぇな現実ば、
なぁんも、ひとっつも反映してねんだよ。
リベラルだがなんだが知らねんども、育ぢのいいやづらが喋るヤワな理想どおんなじだ。
ああ、吐き気がする。仁吾よ、いがも苦しんだらどうだっきゃ。あ?
おらど同じように、ドロドロになってのだうぢ回るくれぇ、苦しめばいい」

ストーリーのクライマックスとは別に、蜂谷の脳内に湧き出るこの思いは、
10年前には書けなかったかもしれない、本作のもう一つのクライマックスでもあります。

「幼な子の聖戦」は第162回芥川賞の候補作に選ばれました。
昨日ちょうど小さな残念会を新中野でしていたのですが、泣くかなと思ったけど、あんがいケロッとしていました。
実のその半年前の第161回の芥川賞で、候補作ではないのに話題になった作品がありました。
それがもうひとつの収録作「天空の絵描きたち」です。(話題の詳細は省略)

当時、ビルの窓拭きの仕事をしていた木村さん自身の実体験が色濃く反映されていて、
主題も、細部も、木村さんにしか書けない作品です。

「幼な子の聖戦」と「天空の絵描きたち」。
どちらも木村さんの現時点での代表作と胸を張っておすすめします。

(編集IS)