内容紹介
出会ったのは、心に50の人格を宿す女。満身創痍で放つ、迫真の長編サイコスリラー! 「はじめて彼女を殺したのは──母親だった。小学2年生の彼女を絶望的にまで殺し尽くしたのは──教諭である鈴木による性的虐待だった。鈴木先生は6人の彼女を生みだすきっかけとなった。17歳のときに彼女を犯し、完全に殺したのは──水原君と10人の仲間たちだった。そのとき新たに2人、あるいはさらに多数の彼女が生まれた」(本文より抜粋)幼少の頃から過剰な性被害を受けてきた紫織。冬の札幌で、彼女に手を差し伸べた、小説家が見た地獄。
プロフィール
-
花村 萬月 (はなむら・まんげつ)
1955年東京都生まれ。89年『ゴッド・ブレイス物語』で第2回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。98年『皆月』で第19回吉川英治文学新人賞、「ゲルマニウムの夜」で第119回芥川賞、2017年『日蝕えつきる』で第30回柴田錬三郎賞を受賞。著書に「百万遍」シリーズ、「私の庭」シリーズ、『弾正星』『信長私記』『太閤私記』『ニードルス』『花折』『帝国』『対になる人』『夜半獣』『ハイドロサルファイト・コンク』『槇ノ原戦記』『たった独りのための小説教室』ほか。
引きかえせない迷路
タカザワケンジ
菱沼逸郎(ひしぬま・いつろう)は小説家だ。北海道を舞台にした小説を書くため、妻と娘を東京において札幌に移り住んだばかり。クラブ「愛」で、オーナー兼ママでスープカレー店も経営する齊藤紫織(さいとう・しおり)と知り合うが、翌日に紫織が見せたのは別人のような振る舞いだった。
小説のほとんどの場面に登場するのは菱沼と紫織の二人だけ。しかし、それは肉体が二人分なだけで、精神的には幾人もの人物が現れる。表に出ている紫織以外に、調理研究室のあかり、天真爛漫な女子高生のさゆり、自殺願望のあるひかりなどの人格が、一人また一人と菱沼の前に現れるのだ。
解離性同一性障害を扱った作品としては、ダニエル・キイスの小説『五番目のサリー』とノンフィクション『24人のビリー・ミリガン』とその続篇が有名だ。前者は主人公の人格の一人が語り手であり、後者は客観的に三人称で描写している。『対になる人』はそのどちらでもない。菱沼が一人の他者、それも異性愛の対象として紫織とその内なる人格を愛し、作家として介入する。そうするのには理由があった。菱沼自身が大人になってからも「悪い逸郎」と名付けたイマジナリーフレンドと対話していて、解離性同一性障害を病気だととらえていないからだ。
「齊藤紫織を知って心底から確信したのは解離性同一性障害は精神の障害というよりも、人間の精神、脳の可能性を強く示唆する事柄であるということだ」
紫織という迷路にずぶずぶとはまり込む菱沼に、「悪い逸郎」はこう毒づく。
「いいか。おまえは、もう引きかえせないんだよ。ゆるい文豪が文学趣味でどうこうできる地平は、とうに過ぎちまってるってことだ」
この臨場感、没入感は、読者の脳に語りかけてくる小説ならでは。読者はその言葉を受け入れ、脳みそごと濁流に呑み込まれればよい。
ただしあとがきは先に読まないこと。そこに驚くべきもう一つの物語が待っている。最後の一ページまで気が抜けない傑作だ。
たかざわ・けんじ●ライター、書評家
「青春と読書」2021年5月号掲載
新着コンテンツ
-
インタビュー・対談2026年10月20日
インタビュー・対談2026年10月20日京極夏彦「ハラスメントや権力勾配を排除しないと、誰もが笑える“馬鹿な”笑いは生まれません」
『虚言少年』が時を経て続編として帰ってきました!読めば毎日が楽しくなる、痛快エンタメ非・青春小説の成り立ちについて京極さんにうかがいました。
-
インタビュー・対談2026年10月20日
インタビュー・対談2026年10月20日「浮雲心霊奇譚」完結記念 神永 学×上條一輝「全部出し切れ」
「浮雲心霊奇譚」シリーズの完結を記念して、ホラー界の新鋭・上條一輝さんとの対談が実現!
-
インタビュー・対談2026年10月19日
インタビュー・対談2026年10月19日佐藤賢一×柳原伸洋(ドイツ現代史研究者)「歴史的想像力を羽ばたかせて」
監修者として本書に関わった東京女子大学教授の柳原伸洋さんと佐藤さんのお二人に、それぞれの立場から語っていただきました。
-
お知らせ2026年10月16日
お知らせ2026年10月16日小説すばる11月号、好評発売中です!
第39回小説すばる新人賞受賞作が決定しました! 大特集では千早茜さん×ぼる塾田辺さんの対談など「おいしい秋」が目白押し。
-
連載2026年10月15日
連載2026年10月15日だれにも僕らを見つけられない
大前粟生
不思議な心地よさを感じながら、夜の街を歩く春井とひっしー。
ふらりと入ったコインランドリーで、二人は同い年くらいの長髪の男子と出会う。 -
お知らせ2026年10月06日
お知らせ2026年10月06日すばる11月号、好評発売中です!
第50回すばる文学賞はオカワダアキナさんと佐藤勝乃さんの二作同時受賞!