担当編集より

2月5日(水)、楡周平さんの最新作『終の盟約』が刊行となりました。
ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで、幅広く手掛けてきた著者の最新作のテーマは“安楽死”。楡作品史上最大の問題作の内容は──。

ある晩、内科医の輝彦は、妻・慶子の絶叫で跳ね起きた。父の久が慶子の入浴を覗いていたというのだ。久の部屋へ行くと、妻に似た裸婦と男女の性交が描かれたカンバスで埋め尽くされていた。久が認知症だと確信した輝彦は、久が残した事前指示書「認知症になったら専門の病院に入院させる。延命治療の類も一切拒否する」に従い、久の旧友が経営する病院に入院させることに。弁護士をしている弟の真也にも、事前指示書の存在を伝えた。父の長い介護生活を覚悟した輝彦だったが、ほどなくして久は突然死する。死因は心不全。しかし、あまりに急な久の死に、疑惑を抱く者もいて──。

ここでは、ライター・吉田大助さんの書評を掲載いたします。
「よりよい人生と安楽死を問う」本作、ぜひご一読いただけますと幸いです。

【書評】よりよい人生と安楽死を問う 評者:吉田大助

 去る二〇一九年一一月、厚生労働省が推進する「人生会議」のPRポスターが発表された。そもそもは人生の最終段階でどんな医療やケアが受けたいかを家族や医師らと話し合おう、とする呼びかけだったが、恐怖心を煽るポスタービジュアルが爆発的な拒絶反応を引き起こし、医療機関への発送中止が即日で決定してしまった。だが、「人生会議」という言葉に触れ、その意味を知ること自体は得るものが大きかったのではないか?そんな匂いを少しでも嗅いだという人は、ジャーナリスティックに社会問題に切り込みエンタメへと昇華する作風で知られる、楡周平の長編小説『終の盟約』を読むべきだ。
 五五歳の開業医・輝彦の同居中の父親が、認知症を発症した。父親もまた医師であり、日本ではまだ珍しい事前指示書──自らが判断能力を失った際に、自分に行われる医療行為に対する意向を前もって意思表示しておく文書──を以前、息子に託していた。そこには延命治療の拒否だけでなく、認知症になった場合は宅間という友人の医師に指示を仰げと併記されていた。その言葉に従い宅間が紹介した病院に入院させたところ、父は心臓病で突然死を遂げる。一種の「倒叙モノ」ミステリーでもある本作は、要所要所で犯人視点の語りが挿入されていく。実は輝彦の父は、医師の手により安楽死させられていたのだ。なぜそんなことが行われたのか。「盟約」とは何か?
 家族は延命を望み、患者は延命を拒む。一般人にとって死は遠いものだが、医師にとってはごく身近にある。立場によってまるで異なる見解や正義を、神学的な議論としてではなく、あくまでも登場人物間のドラマに落とし込んでいく手腕に痺れた。物語をドライブさせる燃料が、「狡い」という感情であるという点が批評的だ。自分より地位やカネを持っているなんて狡い、自分の死を自分で決められるなんて狡い……。他人の人生に嫉妬する時間を、自分を見つめ直す時間に当てられるかどうかは、よりよい人生を生きるための鍵なのだ。
 病院にPRポスターを貼るかわりに、この本が各家庭に配られるべきだと思う。

吉田大助(ライター)
(「青春と読書」2020年2月号転載)