井上芳雄×加藤和樹

「ラジオ劇場 アキラとあきら」
放送日程:毎週月曜 午後6時30分~6時45分 再放送/毎週日曜 午前7時30分~7時45分
[KBCラジオ(九州朝日放送)。その他のラジオ局は放送時間が異なるため詳しくは番組HPをご確認ください]
https://kbc.co.jp/r-radio/akira_and_akira/
原作:池井戸 潤『アキラとあきら』上・下(集英社文庫刊)
脚本:田中 摂・源 祥子・大森信幸 出演:井上芳雄・加藤和樹ほか 音楽:野島裕史
制作:KBCラジオ・スバルプランニング 特別協賛:ミヤリサン製薬株式会社 配信:audiobook.jp

井上芳雄×加藤和樹
井上芳雄×加藤和樹

池井戸 潤
『アキラとあきら 』 上・下
集英社文庫 定価 各638円 (税込)
発売中
小さな町工場の息子・山崎瑛。そして、日本を代表する海運会社東海郵船の御曹司・階堂彬。
同じ社長の息子同士でも、家柄も育ちもまったく違う二人は、互いに宿命を背負い、 運命に抗って生きてきた。
バンカーとしての矜持を持ち続ける瑛と、銀行員を経て若くして日本の海運業の一翼を担う企業を率いることになった彬の人生が交差するとき、 二人の前に新たな難題が。
若きバンカーたちの半生を瑞々しく描く青春ストーリー!

構成/大谷道子 撮影/矢吹健巳(W) スタイリスト/吉田ナオキ(井上さん分) ヘア&メイク/川端富生(井上さん分) 瀬戸口清香(加藤さん分)

零細工場を営む家で育った山崎やまざきあきら
日本有数の海運会社のオーナー一族に生まれた階堂かいどうあきら
二人の少年が長じて銀行員となり、仕事を通してそれぞれの宿命に向き合っていく池井戸潤作の青春大河小説『アキラとあきら』。
テレビドラマや映画でも好評を博したこの作品が、昨年秋からラジオドラマ化。
少年期を経て、春からいよいよ“銀行員編”がスタートする。
青年となった瑛と彬に命を吹き込むのは、今もっとも舞台で輝くミュージカル俳優である井上芳雄さんと加藤和樹さん。
作品を通して人に、そして己に向き合う二人が語る、ライバル論、友情論とは。

舞台では共演NG? の二人が意外な配役でついに直接対決

井上 二月の「帝劇コン」(*1)でご一緒しましたが、「アキラとあきら」でお会いするのは本当に久しぶりじゃないですか? カズッキー(加藤さんの愛称)。
加藤 はい。本当にお久しぶりです。
井上 放送前に番組のポッドキャストでお話ししたんだけど、調べてみたら半年以上前でした。だいぶご無沙汰してしまったのは、僕の演じる山崎瑛と加藤くん演じる階堂彬がなかなか大人にならなかったということで。
加藤 そうですね。SNSでも「二人はいつ出てくるの?」という書き込みがたくさんあって。
井上 もはや僕たちがキャスティングされていることすら忘れられてるんじゃないかと心配で(笑)。ですが、山崎と階堂が晴れて大学を卒業して、揃って産業中央銀行の行員になり、僕たちもお芝居をさせてもらうことになりました。今日も収録をしてきたところなんですけど……。
加藤 いやー、目の前に芳雄さんがいて、一緒にお芝居をするというだけで、僕はもう胸がいっぱいで。これまでコンサートなどの歌での共演や、芳雄さんのラジオ番組にお邪魔させていただいたことはあったんですが、お芝居をするのははじめて。僕からすると「やっと!」という思いでした。
井上 あー、僕がずっと共演NG出してるんで、舞台ではキャスティングされないんです。
加藤 (大げさに)だからか……! おかしいと思ってたんですよ。
井上 噓ですよ、噓! 最近、あちこちで真面目な顔で「私のこと、NGなんですか?」って言われるんだけど、そんなの出してないです、全然。
加藤 フフフ、こればかりはご縁ですよね。だから、今日は芳雄さんがどんなテンションで芝居に取り組まれるのか、ずっと観察してました。しかも、声だけでのお芝居ですから。
井上 僕の山崎瑛、どうでした?
加藤 意外と普段通りだなぁと。
井上 ほんと? ピリピリしてなかった? 今日収録したところ、新人研修で二人がはじめて対決する場面だったし。
加藤 いやいや、いつもにも増して落ち着いていらしたし、芳雄さんが持っているまっすぐな雰囲気が、山崎瑛というキャラクターのすごくいいスパイスになっている気がしました。
井上 そうだったらいいんだけど……。ポッドキャストでも話したんだけど、このラジオドラマでの山崎瑛と階堂彬のキャスティングが、二人のパブリックイメージと逆じゃない? って言われてたんだよね。家業が倒産して苦労の多かった瑛と、いい家の跡取りとして生まれた彬、僕と加藤くんが逆でも成立するんじゃないかって。
加藤 ええ。僕も、自分は山崎瑛のほうだと思ってました。
井上 そうだよね。僕、けっこう育ちのいい役が多いから……っていうのは置いといて(笑)。でも今日、大人になった瑛の台詞を言っていて、瑛と自分には近いところがあるなぁとあらためて発見しました。僕自身のモチベーションや気持ちの持ち方は彼に近い気がするし、理詰めで物事を考えながら周りに対して配慮もしていて……って、まるで自分が配慮できてる人間みたいになってて恥ずかしいんですけど。
加藤 いやいや、できてますよ。絶対に。
井上 むしろ、階堂彬のほうが、恵まれているがゆえの一筋縄ではいかない葛藤があったりもするんじゃないかと。彼のちょっとミステリアスな、というか、含みのありそうな雰囲気は、加藤くんの持ち味でもあると思ったり。
加藤 本当ですか? 僕は声のお芝居のとき、わりとクールなキャラクターを任せていただくことが多いんですが、階堂のように頭が切れてスマートで、という要素が自分にないから「彼は何を考えながら今、この言葉を発しているんだろう?」というところに、すごく難しさも感じていました。
井上 そうなんだよね。舞台でのお芝居なら全身で表現できるけど、声だけだと、そこでしか伝えられないから。
加藤 銀行や経済の難しい専門用語も多いし、下手をすると重要な言葉が流れていってしまいそうで。
井上 でも、それも含めての新しい挑戦だなという気がしますね。ミュージカルの仕事が多い自分にラジオでお芝居する機会がいただけることはあまり多くないし、何より原作がとても面白くて自分でも夢中になって読んだので、これを声だけでどう表現できるのか、挑戦しがいがあるなと。
加藤 僕は同じラジオドラマシリーズの「下町ロケット」(*2)に続いての出演になりますが、「アキラとあきら」はテレビドラマ版(*3)や映画版(*4)なども見ていたので、ぜひ! という気持ちでした。階堂のイメージを踏まえつつ、落ち着いてはいるけれど胸の中では青い炎が燃えている、どこかに野心も覗かせるようなトーンでいこうと思って取り組みました。
井上 加藤くんは声の仕事をたくさんやっているから、僕としてはもう全面的に従っていくつもりで。今日もカズッキーの厳しいダメ出しを受けて、泣きながらやったんです。
加藤 ダメなんか出してませんから!(笑)。でも、ゲームやラジオドラマの収録はひとりで黙々と行うことも多いので、今日は掛け合いをしながら収録させていただいて、僕たちの「アキラとあきら」がやっと動き出したという実感が湧いてきました。

井上芳雄×加藤和樹
いのうえ・よしお ◉ 79年生まれ、福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。00年ミュージカル『エリザベート』皇太子ルドルフ役でデビュー。高い歌唱力と存在感で数々のミュージカルや舞台の主演を務める。コンサートの開催、音楽・バラエティ番組への出演ほか、近年ではMCを務めるなど活動の場を広げている。

対立するからわかり合える、真の姿が見えてくる

井上 同期入行の山崎瑛と階堂彬は、仕事ではライバル的な存在にもなるわけだけど、僕たちが出演しているミュージカル作品でも、男同士のライバル関係や、それを超えた友情が描かれることが多いんですよね。
加藤 そうですね。芳雄さんが出演された『ナイツ・テイル―騎士物語―』(*5)は、まさにそうだったし。
井上 今加藤くんが出演しているミュージカル『フランケンシュタイン』(*6)もそうだし、『レ・ミゼラブル』だって、ある意味ジャン・バルジャンとジャベールという男二人の物語ですよね。何で男二人なんだろう? と考えたとき、女性はひとりでも主役になれるんだと思ったんですよ。内面がとても複雑だから。でも、男は単純なので、もしかしたら二人いないとドラマにならないとか? その辺り、ちょっとお伺いしたいくらいで……(と井上さん、遠くに視線を。そこには、収録の見学に来ていた原作者の池井戸潤さんの姿が)。
池井戸 呼びました?
加藤 フフフ。
井上 すみません、急にお呼びたてして(笑)。あの、やっぱり男ひとりではドラマにならないんでしょうか?
池井戸 うーん、あまり意識したことがなかったですが……。ヒーロー二人が並び立つ作品の映像化のキャスティングは、プロデューサーの腕の見せどころのようですね。
井上 瑛と彬、誰がどちらをやるかってことですか?
池井戸 テレビドラマ、映画と二度の映像化がありましたが、どなたにどの役をお願いするかで、相当頭を悩ませたようですね。今日はお二人の息の合ったやり取りを聴かせていただいて、とてもうれしかったです。
加藤 そういうことがあるんですね。でも、確かに男同士だと燃え上がるものはあるなぁと感じます。ライバルとしてもそうですし、友情の部分でも。相手が女性だと、どうしても恋愛が関わりがちで、関係をストレートに表現しにくい部分もありますが、同性だと相手が何を考えていて自分のことをどう思っているのか、すごく知りたくなる。
井上 それに、どんなに対立していても、最終的には憎みきれないというか、いつかどこかでわかり合えるんじゃないかと……。あと、同性同士だから余計に、自分にはなくて相手にあるものが僕は気になったりもしますね。異性だと、前提から大きく違うからあんまり思わないけど、男性の共演者に対しては「何でこの要素が僕にはなくて、彼にはあるんだろう?」って。だから嫌いなんですよ、ダブルキャスト(笑)。
加藤 そうなんですか⁉ でも、わかる気もします。
井上 同じ役をやっていると、どうしても自分に足りないものを突きつけられるというか。だから、加藤くんと同じ役をやってたら、きっと「やっぱりカズッキーはいいな。それに比べて僕は……」ってなると思う。
加藤 そんな部分、あります?
井上 いやいや、僕が持ってないものばかりですよ。まず、色気やセクシーさがそうだし、ちょっと怖そうなのかな? と思わせておいて、中身がすごく誠実なところとか。そういうギャップも、加藤くんの魅力だと思います。
加藤 うわ、うれしい……。
井上 あと、すごくストイックで、根性があるところ。すごく時間や労力をかけて努力していても、それをあんまりひけらかさない温度感も興味深くて。僕なんか、すぐ言っちゃうんで。「この前、○○してきたんですよ!」って。
加藤 確かに、言えないですね。
井上 言ったほうがいいって! 何で言わないの?(笑)。でも、そこが加藤くんの美徳なんでしょうね。それに、ダブルキャストだと比較になりがちだけど、「アキラとあきら」で描かれるようなライバル関係だと、演じる人間も含めて二人の違いがいい感じで出るのかもしれない。山崎瑛と階堂彬、二人のどっちが楽だとか大変だとか、いいとか悪いとかじゃなく、置かれている状況は違うけど、それぞれが困難に向き合いながら人生を歩んでいる。原作小説のそうしたテーマが多くの読者を引きつけていて、ラジオドラマでもきっとその部分に共鳴していただけるだろうと思っています。
加藤 僕は、芳雄さんの「ぶれなさ」がすごく素敵だなぁと思っているんです。どの現場でお会いしても、いつも芯がしっかりしていて、どっしり構えている。僕は自分が慣れ親しんだ環境だと比較的安心できるんですが、たとえばこうした声の現場ではいまだに自信がなくて、余裕そうに見えても、いつも背中にいっぱい汗をかいてるんです。
井上 普通、十年もやっていれば、「もうこのくらいかな」と誰もが思いがちだけど、自分はまだまだ足りないという謙虚さが、加藤くんにはあるんだろうね。
加藤 芳雄さんのように、どこにいても堂々としている姿勢や風格……もちろん、それは芳雄さんが今まで積み重ねてきたものからくるわけですが、そうした姿勢だけでも見習いたいなと思ってます。
井上 僕も現場によってはドキドキしたり、慣れなさを感じたりもしますが、でも、いつでも同じようにありたいとは思ってますね。そうできているかどうかはわからないけど、そんなふうにいられる自分であろうと。

井上芳雄×加藤和樹
かとう・かずき ◉ 84年愛知県生まれ。05年ミュージカル『テニスの王子様』で脚光を浴び、毎年CDリリースや単独ライブ、全国ライブツアーを開催するなど、音楽活動を精力的に行っている。俳優としてはドラマ・映画・舞台のほか、最近ではミュージカルや声優としても活躍している。21年菊田一夫演劇賞を受賞。

同じ目的に向き合うことで大きなものを動かせるように

加藤 それが、多くの人がついていきたいと思える芳雄さんの背中なんですよね。「帝劇コン」でMCをされていたときの様子は、まさにそうでした。
井上 帝国劇場は僕にとってデビューした劇場でもあり、ホームのようなところだったのでね。もちろん、多くのミュージカルを上演してきた歴史ある劇場が建て替えのために閉場すること自体は、大きな損失だと思うんです。僕たちは今、ミュージカル俳優としていい年齢を迎えているけれども、向こう五年間、あの大舞台に立てなくなる。言い換えれば、帝劇が僕たちのいい時期を逃してるんですよ。とくに僕!(笑)。カズッキーはまだ若いからいいけど。
加藤 五年は大きいですよね。確かに。
井上 なくなることでコンサートを開催できたり、ゴールデンタイムの地上波で特集番組(*7)を生放送させてもらったりという“ピンチはチャンス”的なこともあったんだけど、やりながら同時に、僕は「まだまだだな」とも思っていたんです。
加藤 まだまだ?
井上 注目していただけることがうれしい反面、「どうやったら伝わるだろう?」「どうすれば興味を持ってもらえる?」ということに労力を費やす中で、ミュージカルや舞台への認知度がまだまだ拡がっていないという現実も見えてきて……。
加藤 確かに。番組は僕も拝見しましたが、一般的にはミュージカルといえばディズニー作品や劇団四季さんの作品というイメージがまだまだ強いんだなと、ミュージカル界の一翼を担う立場として複雑に感じる場面もありました。
井上 だから、また振り出しに戻った……という気持ちもあったりするんですが、でも、ここまで来る中で、お互いにそれぞれ経験して得てきたものはあるわけで。課題が見つかったなら今持っているものを最大限投入して乗り越えて、また次の機会を与えられたら一生懸命にやる、その繰り返しで進んでいくしかないんだろうな、とも思いました。
加藤 そうですね。ミュージカルにはほかにもたくさんの作品があるよ、素敵な俳優はまだまだたくさんいるんだよということを、芳雄さんを筆頭に先輩方に発信し続けていただくとして、後に続く僕たちは何ができるのか? というと、こうした声のお仕事などミュージカル以外のフィールドを拡げていって、そこで興味を持ってくださった方々が劇場に足を運んでくださるように……。そのためには、やっぱり自分を磨き続けることなんですけどね。
井上 やっぱりストイックだよね、カズッキーは。
加藤 やりたいと思ったことは何でもトライするほうではありますし、やる前から諦めたくない。それはミュージカルを始めたときもそうでしたし、声でお芝居をする仕事においても同じです。でも、単にどんどんいろんな世界に飛び込んで中途半端なことをするわけにはいかないので、どの場所でも堂々と加藤和樹としていられるように。もちろんミュージカルもおろそかにならないように、歌やお芝居をもっともっと磨いて、この世界に貢献できたらいいなと思っています。
井上 加藤くんがそう言ってくれるのは、すごく頼もしい。「アキラとあきら」にも、銀行員は人のためにお金を貸し、それを使って世の中を動かすんだという一種の貢献の精神が書かれているんだけど、その考え方は、どこか僕たちの仕事にも通じるんじゃないかとも感じているんですよね。自分のためだけに歌ったり演技をしたりすると行き詰まってしまうけど、見てくださる方のために、そしてミュージカルや演劇界といった全体のために一生懸命になったときにはじめて、何か大きなものを動かせるのかなと……。その意味でも、この「アキラとあきら」は大事な一歩になるんじゃない? それにこの作品、ミュージカルにも向いている気がするんですよ。
加藤 あ、僕も「できるかも?」と思ってました。銀行員つながりなら、『半沢直樹』も。
井上 作曲家と演出家を探して、ミュージカルで倍返し! でも、コントみたいになったらダメだから、ちゃんとやらないとね(笑)。そういうアイデアを、これからは俳優側からもどんどん提案していきたい。
加藤 本当に。僕はまず、芳雄さんに共演NGを解いていただくことから頑張りたいと思います。
井上 だから、そんなの出してませんってば(笑)。これからも一緒に頑張っていきましょう!

*1 2月14日〜28日に開催された『帝国劇場 CONCERT「THE BEST New HISTORY COMING」』。井上さんはレギュラーキャスト・MCとして全20公演に、加藤さんはゲストとして3公演に出演。
*2 「ラジオ劇場 下町ロケット」(20年10月〜24年9月)。加藤さんは「ゴースト編」(22年10月〜)、「ヤタガラス編」(23年10月〜)にギアゴースト社長の伊丹大役で出演。
*3 WOWOWの「連続ドラマW」にて17年7月~9月に放送。山崎瑛役を斎藤工さん、階堂彬役を向井理さんが演じた。
*4 22年8月公開。監督は三木孝浩さん。山崎瑛役を竹内涼真さん、階堂彬役を横浜流星さんが演じた。
*5 二人の騎士の愛と友情を巡る冒険物語。堂本光一さん・井上芳雄さんの二人がタッグを組み18年、21年に帝国劇場ほかで上演。
*6 東京建物 Brillia HAllで4月10日から30日まで上演中。親友をフランケンシュタイン=怪物として甦らせてしまった青年科学者ビクターに中川晃教さん・小林亮太さん、加藤さんは17年、20年に引き続きアンリ・デュプレ/怪物役(ダブルキャスト:島太星さん)で出演。
*7 「さよなら帝国劇場 最後の1日 THE ミュージカルデイ」。日本テレビで2月28日に放送。井上さんは市村正親さん、堂本光一さんとともにMCを担当。

「小説すばる」2025年5月号転載