モニク・トゥルン『かくも甘き果実』 松江観光協会インタビュー
没後118年たっても、小泉八雲はまだ死んでいないようです。
このたび集英社から八雲を材にとった翻訳小説が出版されました。
生母ローザ、最初の妻で解放奴隷のアリシア、ご存じ小泉セツ。彼の人生に深くかかわった3人の女性が八雲の面影を語るという、斬新なスタイルの伝記フィクションです。
著者のモニク・トゥルンさんは1970年代にヴェトナム難民としてアメリカにわたり、数々の文学賞を獲得した女流作家。トゥルンさんに聞きました。
翻訳・吉田恭子(『かくも甘き果実』訳者、立命館大学教授)
1.ラフカディオ・ハーンを材に作品を書こうと思われた理由は何でしょう?
――生まれの国、母語、家族や故郷から遠く離れて暮らすことを選んだ人々に、私はずっと心を惹かれてきました。私は子供の頃、ヴェトナム戦争難民として家族とともに合衆国に来て、異郷で暮らすことを余儀なくされてきました。両親にとっても、自ら選んでのことではなく、必要に迫られての決断だったのです。
ラフカディオ・ハーンに惹かれたのは、三つの国々へ移り住み、それぞれの国でも移動を繰り返し、決して手に入れられない何かを探し求めていた彼が、日本、とりわけ松江に求めていたものを見出したからです。ハーンにとってその「何か」とは、小泉セツとの出会いではじまった「家族」だったのだろう、というのが私の小説のきっかけです。
2.作品を書くにあたり、多くの資料を読み込まれたと想像します。そのなかでもっとも印象に残る記述、エピソードを教えてください。
――ハーンの文章の特徴は、描いている場所をとりまく音に繊細な注意を払っていることです。たとえば『知られぬ日本の面影』の「神々の国の首都」は、松江で早朝目を覚ますと聞こえる音の描写で始まります――「まるで心臓の鼓動を聞いているかのよう」な「米を搗く、重い杵の音」や、「ゴーンと町中に響きわたる」「洞光寺の大きな梵鐘の音」、そして、とりわけ私のお気に入り、「大根やい、蕪や蕪」という野菜売りの声など。
研究者であり歴史小説の書き手である私にとって、このような細部がなによりも印象的かつ感動的なのは、日々の暮らしの響きや喧騒を場所や時代の記録としてそのまま保存することができないからです。
3.ハーンが日本で最初に生活し、小泉セツと出会った島根県松江市は訪問されましたか? 松江を旅されたとしたら、それはいつで、街にどんな印象を持たれましたか。
――2015年3月、小泉八雲記念館を見学するために松江を訪れました。到着したのは3月8日で、その日はたまたま松江恒例のアイリッシュ・フェスティバルの日だったのです。アイルランドの守護聖人聖パトリックの祝日は3月17日なので、まさかこの日にお祭りがあるなんて思いもよらず、松江城に行くと、シャムロックや緑の服を身に着けた人々がひしめいていて驚きました。
偶然にもアイルランドそしてラフカディオ・ハーンをお祝いするお祭りの日に松江に到着するなんて、幸先のよい門出だと思いました。ハーンの松江との縁が相思相愛で、末永く、これほどあたたかく祝われているのを見て、心励まされる思いでしたし、きっとハーンもそう感じているのではないかと感じました。
「松江観光協会メールマガジン」 vol.35 転載
撮影・Haruka Sakaguchi
プロフィール
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モニク・トゥルン (Monique Truong)
1968年南ベトナム・サイゴン(現ベトナム・ホーチミン市)生まれ。6歳のときに戦争難民としてアメリカに移住。イェール大学卒業(文学専攻)、コロンビア大学法学大学院修了(法学博士)。2003年刊行のデビュー作『ブック・オブ・ソルト』がニューヨーク公共図書館若獅子小説賞、PEN/ロバート・W・ビンガム賞などを受賞、14ヶ国で出版される。“Bitter in the Mouth”に続く第三長編となる本書は、ジョン・ガードナー小説賞を受賞、パブリッシャーズウィークリーの2019年ベストフィクションにも選ばれる。2021年ジョン・ドス・パソス賞受賞。現在ニューヨーク在住。
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