靴職人を夢見ている高校生の歩橙あゆとが恋をしたのは、いつもボロボロの靴を履いている青緒あお。彼女のために靴をつくりたい。
「あなたは僕のシンデレラだから!」
その思いは青緒の心を動かし、二人は惹かれ合う。しかし、歩橙のことを恋しく思うと青緒の身体に異変が起きる――。
脚本家として活躍するかたわら、小説家としても『桜のような僕の恋人』、『今夜、ロマンス劇場で』、『この恋は世界でいちばん美しい雨』と話題作を発表している宇山佳佑さんだが、これまで書いた恋愛小説の集大成と位置づけるのが最新刊の『恋に焦がれたブルー』だ。
ラブストーリーに必要なものは何なのか。若者を中心に幅広い人気を誇る宇山さんに物語づくりの秘密を聞いた。

聞き手・構成=タカザワケンジ
初出/「青春と読書」2021年3月号

─ 『恋に焦がれたブルー』は高校で二人が出会うところから始まる切ない恋の物語です。この物語を書くにあたって考えたことから教えてください。

 今まで『桜のような僕の恋人』、『今夜、ロマンス劇場で』、『この恋は世界でいちばん美しい雨』などラブストーリーを何作か書いてきました。この作品では、これまで培ってきたものを最大限に生かした物語がつくれないだろうかと考えました。文章、設定、物語、すべて、今、自分が書ける一番いいもの、ベストなものを書こう。そこからスタートしました。

─ 高校三年生の男子、歩橙は靴職人になるという夢を持っていて、地味だけど魅力的な同級生の女子、青緒に靴をつくらせてほしいとお願いします。二人の出会いの場面は噴き出してしまうような、ユーモラスな場面から始まっています。

 そうですね。気軽に入っていくほうがいいと思っているんです。気軽に読み始めてもらって、少しずつこの世界になじんでもらうのがいいなと。最初はライトにポップに。わかりやすくというか。

─ 二人の恋がやっと動き出した……と思ったら、そこから意外な方向に展開していきます。物語はどのように組み立てていったのでしょうか。

 実は、この小説の前にやはり靴職人の男の人が恋するお話を考えていたんですが、行き詰まってしまったんです。今考えると、二人を分かつどうしようもない宿命のようなものがなかった。恋愛のハードルが低すぎたんですね。ラブストーリーの原点に立ち返って、二人を引き離す要素はどんなものがいいのかを考えました。恋する気持ちを拒まれる、否定される、好きになればなるほど苦しい……いろいろ考えた結果、この設定にたどり着きました。

 今まで自分が書いてきたラブストーリーの核にあったもの、いわゆる乗り越えられない大きな運命みたいなものが見えてきたので、そこからはわりとすんなり書けました。

─ 歩橙は靴職人にあこがれていて、青緒は母親が読み聞かせてくれたシンデレラの絵本を大事にしている。靴とシンデレラが見事に結びつきますが、これは靴をつくるというところからの発想だったんでしょうか。

 そうですね。最初は、二人で共に歩んでいこうとする……というところから、歩くことにまつわる靴が出てきたんですが、女の子の設定を考えたときに「シンデレラ」のガラスの靴が出てきました。青緒ちゃんという子にぴったりだな、と。

 知り合いの若い女性が、おとぎ話の中で「シンデレラ」は特別だと言っていたんです。現代では女性が独り立ちして強く生きていくというお話が多いですが、子供の頃には「シンデレラ」に憧れていた女性はもしかしたら意外と多いのではないでしょうか。ラブストーリーを書くうえでお手本になる物語の一つなのだと思います。

─ 主人公の歩橙はシュッとした王子様というよりは、不器用だけどピュアな若者。宇山作品の主人公に共通するタイプですよね。

 ラブストーリーには、文字通りの王子様のような人、クラスの真ん中にいるような男の子が女の子を引っ張り上げる物語もあります。僕はそういうお話も好きなんですが、自分で書くのはちょっと違うなと思っています。僕が書けるのは不器用な男の子。好きな子の王子様になろうとする、見ていてもどかしくなるような子がいいなと思っているんですよね。

─ ついつい彼に感情移入してしまいます(笑)。この作品では歩橙の前に、靴職人になることに反対するお父さんという大きな壁が立ちはだかります。歩橙と父親の関係はどこから発想されたのでしょうか。

 僕自身が若い頃に、脚本家になりたいと言って親に反対されたことがありました。夢を実現させようと思ったら必ず大人や社会の常識が壁となる。それは今の若い人たちも変わらないと思います。この小説を通じて、自分がそのときに感じたやるせなさとか、悔しい気持ちみたいなものを、今、同じような思いをしている人たちに届けられれば、と思いました。


キャラクターを表す「色」


─ 青緒はいつもボロボロのローファーを履いていて、学校ではボロアオというありがたくないあだ名で呼ばれています。家に帰っても伯母と従姉妹いとこに冷たくされて苦しい状況にいる。青緒の設定はどのようにつくられたのでしょうか。

 彼女はシンデレラのような環境で暮らしているということにしたかったので、リアリティーという点でいうとちょっとドラマ的です。今回の作品は、ファンタジックというと言い過ぎかもしれませんが、少し現実味が薄くてもいいかなと思ったんです。でも、登場人物の気持ちや思い、葛藤みたいなものはリアルに書こうと思いました。

─ 意地悪な伯母と従姉妹にも、それぞれそうしてしまう背景がある。たしかに人間関係はリアルに描かれています。

 意地悪な人を出すときは、その人なりの理屈というか、正義がないと駄目だと思うんです。理由もなく意地悪をするというのはたぶんあり得ない。伯母や従姉妹は青緒の何が嫌いなのか。どうして青緒をうとましく思うんだろうと考えると、彼女たちのこともわかるし、青緒のこともわかってきました。

─ タイトルが『恋に焦がれたブルー』。登場人物たちの名前にそれぞれ色が入っていて、重要な要素になっています。色を使うというアイデアはどこから?

 まず最初に、主人公たちの名前を空にまつわるものにしようと思ったんです。空の色は青空から夕焼け空、そして真っ黒な夜空になります。青空と夕焼け空って、どちらもとてもきれいで心を奪われるけれど、同じ時間帯に同じ空にはいられない。それが二人の恋の象徴になるといいなと思いました。それで青緒には青空の「青」、歩橙には夕焼け空の橙色の「橙」という字をそれぞれつけたんです。それに伴って、登場人物全員にできる限り色の要素を加えて、そのキャラクターを表すような色をつけていきました。

─ 歩橙と父、青緒と伯母というように、世代の違う人物たちが登場するのもこの作品の面白さです。とくに魅力的なのが、歩橙があこがれ、やがてメンターとなる一流の靴職人、榛名藤一郎はるなとういちろう。世代を超えて楽しめる作品になっていると思います。

 僕は、若い登場人物が大人になっていく姿を描くときに、親とか、親以外の大人の助けが必ずあるべきだと思っています。

 僕自身、父親を早くに亡くしているんですが、育っていく過程で周りの大人たちにいろいろな価値観を教えられました。学校に行きたくないときに熱心に学校に行くように言ってくれた人や、道を外れないように支えてくれた人たちとの出会いがあったので、若者が成長していくときには重要なものなんだろうなと。榛名さんみたいな登場人物は、歩橙にとっては必要な存在なんですよね。

─ 靴づくりについても細かく書かれていますが、靴はもともとお好きなんですか。

 好きですね。たくさん持っているわけではないですけど。子供の頃に、よく靴を見れば人がわかると親に言われていたんです。このお話を書くときに、その言葉を思い出して、靴って面白いなと思いました。あとは、必ず必要なものというか、誰かに会いに行くときに必ず使うものですよね。

─ 靴づくりについては取材されたりしたんですか。

 本やネットで調べたり、靴に関わっている知り合いにちょっと聞いてみたりというところから始めて、幸いなことに本物の靴職人の方に取材させていただくことができました。小説のウソというか、物語を面白くするために許される範囲で実際と違うところもあると思いますが。


物語にふさわしいロケーション


─ 本書にはイラストもたくさん盛り込まれていますよね。

 装画も描いてくださったイラストレーターさんが担当してくださいました。しかも、中の絵はカバーとは違う童話的な絵にしていただきました。ラフスケッチの段階で、もうちょっとこうしてください、ああしてくださいとリクエストを出させていただきました。僕がやりたいことを酌み取ってくださって、しかもすごくかわいらしい絵を描いてくださった。今回は、僕一人で世界観をつくったのではなくて、イラストレーターさんやデザイナーさん、編集者さん、取材に協力してくださった靴職人さんも含めて、みなさんのおかげで一つの世界を構築できました。

─ 靴のデザイン画はどなたが描いたんですか?

 本物の靴職人さんです。僕の原稿を読んでいただいて、この場面にふさわしい靴のスケッチを描いていただきました。それを見て、「すごくいいので、そのまま入れさせてもらえませんか」とお願いしました。職人さんはびっくりされたようです。依頼するときに、イラストレーターさんがイラストに起こすという話を編集者さんからしてもらっていたので。でも、そのままでぴったりでした。

─ 面白いエピソードですね。『恋に焦がれたブルー』は読みやすいだけでなく、靴のスケッチをはじめとして細部まで緻密につくられているんですね。細部と言えばカーペンターズの歌が効果的に使われています。

 カーペンターズはもともと好きで、とくに「青春の輝き」が大好きなんです。今回、青春小説を書くなら、自分の青春時代にすごく好きだった曲を使いたいなと思いました。あとは、これはたぶん、脚本を書いているからかもしれないんですが、映画やドラマのように小説でも音楽で盛り上げられないかなと思って。

─ 『桜のような僕の恋人』のときはビートルズが使われていましたよね。

 ええ。このシーンにこんな曲が流れているというのを、読者の方たちと共有したいんです。小説に登場する曲をネットで探して、一緒に聴いてくれたらいいなと思っています。

─ ロケーションの選び方も効果的だなと思いました。横浜が舞台になっていますが、おおさん橋や赤レンガ倉庫、コスモワールドの大観覧車が、この小説を盛り上げています。

 いつもストーリーを考えるのと並行して場所をどこにするか考えます。ある程度、予備知識がある場所、あとは、実際そこに行って、町並みを見たり、人がどんなふうに歩いているのかを観察したりしてから決めてますね。

─ シナリオハンティングみたいですね。

『この恋は世界でいちばん美しい雨』は鎌倉。やっぱり海に近い町でした。とくに今回は、童話的というか、シンデレラ的というか、キラキラした町を舞台にしたいと思ったので、夜景がきれいな横浜を舞台にしました。

─ 物語の前半で、歩橙が青緒の目の前で「僕は靴職人になります!」と叫ぶ大さん橋。二人が大観覧車に乗るシーンなど目に浮かびました。では、宇山さんにとって、脚本とは違う、小説ならではだと感じるのはどんなところでしょうか。

 脚本と一番大きく違うのは、会話以外の地の文章で、登場人物の心を細かく書くことができることですね。それが小説の最大の魅力だと思います。登場人物がどんなことを考えて、相手に対してどういう思いを持っているかということは、丁寧に描きたいと心がけています。

─ 小説を書くことの魅力はどこにあるのでしょうか。

 小説のよさは、すべてを自分で描くことができることだと思います。この人物がどんな服を着ているのか、どんな髪の長さなのか、どんな表情をするのか、その瞬間はどういう光景なのか……頭の中で描いたものをすべて表現できる。自分が思い描いたものを100%出せるのは、小説の醍醐味だと思いますね。もちろん表現するためには描写力、表現力が必要でまだまだ修業中ですが。

─ これから読む方へ、一言お願いします。

 恋する気持ちは誰もが持つ純粋で素敵な感情だと思います。でも青緒は、その恋心で身体が傷ついてしまう。歩橙も自分の言葉や行動で彼女を深く傷つけてしまう。この物語は、恋しいと思う気持ちが壁となるラブストーリーです。そんな二人が、この恋とどのように向き合うかを楽しんでいただきたいです。また、恋愛だけでなく、夢を追いかけることや笑顔で生きようとする姿にも注目していただきたいです。