『みどりいせき』刊行記念対談 大田ステファニー歓人×豊崎由美「作家誕生」
このほど、すばる文学賞を受賞してデビューした大田ステファニー歓人氏の『みどりいせき』が、第三十七回三島由紀夫賞に輝いた。
すばる文学賞の選考会で「文学の地平を切り拓いた」と高い評価を受けた本作品について、三島賞選考委員の松家氏は記者会見で「ジョイスやフォークナーがやっていたこと(文体実験)を大田さんなりに実現させてしまった」と紹介。そのひりつくような青春の物語は多くの人を魅了し、作家自身の真摯な発言やぶれない態度は支持を集め続けている。
『みどりいせき』に早くから注目してきた書評家の豊崎由美氏(「ざき」はたつさき)が作家と出会い、その誕生を寿いだ今年三月のジュンク堂書店池袋本店でのトークイベントを、再構成して載録する。
構成/長瀬海 撮影/隼田大輔
抑え付けてくる学校が嫌だ
豊崎 『みどりいせき』を読んで以来、作者の大田ステファニー歓人さんってどんな方なのかな、と興味津々でした。まずはお名前のことから伺ってもいいですか? これはペンネームですよね。どういう由来なのでしょう?
大田 そうっすね、実はすばる文学賞には本名で応募しようとしてたんですけど、変えました。「大田」はパートナーの苗字なんですよ。ちょうどその頃、結婚することになってたんで、彼女の苗字なくなっちゃうの悲しいなって考えて、それをもらった感じです。ステファニーは名前のステファノを可愛くしたくて変えた、って感じです。
豊崎 そうだったんですね。不思議なお名前だなぁと思ってました。少しだけ小さい頃のお話も聞かせてください。すばる文学賞の受賞者インタビューでお父さんが変わった人だって話してましたね。昔よく紙芝居を即興で語り聴かせてくれてたって。
大田 親父はチャリで街を徘徊するタイプの人だから、いろんな図書館を知ってたんです。子どもの頃は絵本の多い図書館によく連れて行ってくれたり、既製の紙芝居を使いながら、でも普通に読むこともあれば、裏に書いてある文章を読まずに自分で物語を作って聴かせてくれたり。
豊崎 お父さんは本を読む人だったんですか?
大田 本はめっちゃいっぱい家にありました。親父はクリスチャンでアクティビストだから政治色とか思想が強めの本棚で、小説といってもドストエフスキーとか遠藤周作とか、子どもにはちょっと難しいキリスト教文学作品ばっかりでした。親の持ってた本で自分が読めたのは百科事典とか『水木しげるの妖怪図鑑』とか、そういうのだけで。
豊崎 自ら活字の本を読み始めたのは何歳くらいからでしたか?
大田 うーん、何歳くらいだろう。小学校の図書館ではいっぱい本を借りてたっすね。すごく綺麗な図書館で、くつろぎやすいし、子どももとっつきやすい本がたくさんあったんですよ。インタラクティブな絵本や『かいけつゾロリ』とかを経て、活字だけの本では『三国志』を読んだ記憶があります。あとは漫画も充実してて、『はだしのゲン』や『漂流教室』を読みました。めっちゃ怖くて、トラウマだったっす。小学校はいい学校でしたね。中学校、高校はあんま好きじゃなかったけど。
豊崎 中学校、高校が好きじゃないっていうのは今回の小説にもつながるお話ですね。やっぱり学校という空間が性に合わなかったんですか?
大田 親の教育とは反対な場所だったのかもしれないっすね。うちはあんまり抑え付けるタイプの親じゃなかったんですよ。もちろん妹をいじめたり、行儀の悪いことをしたら叱ってはきますけど、基本的にはそんなに干渉する感じじゃなくて。でも先生って、授業中に立ち上がったら座らせようとするし、喋ってたら黙らせようとするじゃないですか。なんで? って思っちゃうんですよ。生きてたら立つし喋んだろ、みたいな。なのに、周りの生徒たちはみんな言うこと聞いてて、反発してるのは自分だけ。先生もムカつくけど、そんな自分を変な目で見てくる同級生にもしんどさを感じてました。言うこと聞いておけばいいじゃんみたいな空気がすごく嫌でしたね。
豊崎 その気持ちはよくわかります。実は私も多動性気味なところがあって、授業中しょっちゅう席を立ってました。ただ私の先生はそんな嫌な感じの人じゃなかったから、私のことを叱りつけることはしなかったんですよ。代わりに何をするかというとね、定規で優しく頭を押さえてくれるんです。教壇の一番前が私の指定席だったんですが、私がモゾモゾっと立ち上がろうとすると長い定規でそーっと(笑)。そうされるとこっちは「あっ、ダメなんだ」って気づくわけ。すぐ動いちゃう子どもって別に動きたくて動いてるわけじゃないんですよね。いつの間にか立ち上がっちゃうだけで。だから先生が怒らずに注意してくれれば、ちゃんとわかる。大田さんの場合は、家族といるときは何も言われなかったのに、中学校に上がった途端にあれもダメ、これもダメって怒られるのが疑問で仕方なかったんでしょうね。
大田 そのショックで学校が嫌になったんだと思います。一度嫌になったら、ちゃんとしようって気持ちが一切なくなっちゃいました。あれが人生の転換点だったのかもしんないっすね。でも、大学に入って、ある先生が自分の授業はご飯食べたり歌ったり立ち歩いたりしていいから過ごしやすい格好で好きに受けてくださいって言ってて、その感じは好きでした。
大田ステファニー歓人、言葉と出会う
豊崎 大学と言えば、大田さん、日本映画大学に通っていらして、そこで関川夏央さんと出会ったことが自分にとって大きかったとインタビューで語ってらっしゃいますよね。
大田 関川さんも俺が立ち歩いたりしても何も言ってこない人でした。だから授業の雰囲気も良くて過ごしやすかったですね。もちろん文章の細かい指導もしてくれる人なんですけど、概ね自由に書かせてくれたし、何より書いた文章を否定しないでくれたのがありがたかったっす。何書いてんだお前は、みたいなリアクションもありつつ、でも、こういうところを書こうとする気持ちが偉い、みたいに書く姿勢を褒めてくれたりして。
豊崎 いい先生ですね。今回の受賞はお知らせしました?
大田 メールはしました。そしたら「おめでとう。『すばる』に掲載されたら読んでみます」って返事をくれたんですけど、関川さんに読まれるって思ったらすげえ怖くなってそのメールまだ返信してない(笑)。
豊崎 怖くなっちゃったんだ(笑)。でも、関川さんは大学生だったときの大田さんの文章を評価してくれてるわけだから、『みどりいせき』もきっと何かしらいいリアクションしてくれるんじゃないですか? それに関川さんからだったら何を言われてもいいじゃないですか。一度、自分のことを理解してくれた人がちゃんと読んで批判なり賞賛なり、反応をくれるわけだから、それはそれでまた一つの栄養になるわけだし。
大田 まさしくそうっすね。メール返してみようかな(笑)。
豊崎 関川さん以外に、大田さんが小説を書くに至るまでの大きな栄養源となった人や作品って他に何かありますか?
大田 音楽は小さい頃からずっと自分のなかに流れてた気がします。中学のときはブルーハーツやビートルズがめっちゃ好きでした。さっき学校が嫌だったって話しましたけど、ビートルズとブルーハーツがあったから生きながらえることができたっていうか。ブルーハーツのヒロトがブラックミュージックに精通してたのもあって、高校に上がってからはR&Bとかソウルの路線もディグりながらヒップホップを好きになっていきました。もちろんハイロウズやクロマニヨンズも聴きまくったし、その流れでパンクをディグったりもしましたね。
映画は六〇年代、七〇年代のアメリカン・ニューシネマを観てました。あの時代ってカウンターカルチャーだから、学校と折り合いのつかなくなっていた自分としては反抗的な登場人物にめっちゃ共感できて。ああいった反体制的な作品が支えになっていたんだと思います。だから大学でも映画を学ぼうと考えたし。そこらへんの精神が自分の核を作っていったような気はしますね。
豊崎 小説はどうですか? 何か影響を受けた作品があります?
大田 さっき音楽でパンクを好きになったって言ったんですけど、町田康さんのINUを聴いてたんですよ。小説も書いてるって知って、『パンク侍、斬られて候』を読みました。江戸時代の話なのにセックス・ピストルズとかボブ・マーリーが出てくるのがすごい衝撃的で。中学生だからもろに影響受けましたね。『くっすん大黒』もすごく面白かったんですけど、よく考えればあの作品を読んだのは大学に入ってからだった気がします。『パンク侍、斬られて候』には単純に文字を読む喜びを教えてもらいました。
豊崎 町田康さんは今も『ギケイキ』のシリーズを書いてますけど、時代小説の枠組みを借りながら現代の言葉遣いで語らせてたりして、純文学としての自由度が素晴らしく高い小説家ですよね。エンタメの時代小説とか読んでると「〜でござる」みたいな物言いを目にすることがよくあるんですが、本当にそんな喋り方だったのかなって考えちゃうんですよ。時代小説家の方々はさも当時の話し言葉だったかのように書いてますけど、私はああいうのは「なんちゃってござる」だと思ってます。
その点、町田康さんは全くそのルールに従おうとしないのがいいですよね。あくまでも江戸時代は小説の設定だけで、現代性を失わない。だから登場人物には現代の言葉を持たせるし、ガジェットも現代風のものを書き込む。登場人物にブランド品を持たせたり、セックス・ピストルズの音楽を聴かせたりしてね。あれは確かに斬新ですよね。
大田 マジですごかったっすね。学校の代わりになる面白いものを探してる時期にあの作品に出会って、当時の持て余してた時間を埋めてくれました。言葉を追うのがいちいち楽しかったのを覚えてます。
わからないけどすごいことだけはわかる小説
豊崎 私、大田さんの小説を読んだときに、この人は現代詩が好きなんじゃないかなと思ったんですよ。現代詩は読まれますか?
大田 現代詩の熱心な読者ってわけじゃないんですけど、すごく興味があります。最近は自分のなかでガザへの関心が強くなってるからSNSでもそればっかり見ちゃってて。するとタイムラインにたまにパレスチナの詩人の詩が翻訳されて流れてくることがあるんすね。そういうの読むと、めっちゃ心掴まれるんです。遠くで落ち込んでる場合じゃないって思わせてくれる言葉の力、すげぇみたいな感じで。日本に暮らす自分たちとは違う環境や文化のなかから編み出される言葉に圧倒されるんですよね。
豊崎 私はどうして現代の日本人はもっと詩を読まないのかなってずっと思ってるんです。そこに不満があるから、自分が持っている書評の連載ではたまに詩歌を取り上げることにしています。新人の小説家でも、言葉の感度が高くて現代詩との相性の良さそうな人には詩を書いてほしいんですよ。だから大田さんのことも『現代詩手帖』の編集者に激推ししてるところです。
大田 えっ、書きたいっす! 書いてみたい! 日本の現代詩人で言うと、一昨年出た山崎(「ざき」はたつさき)修平さんの『テーゲベックのきれいな香り』って小説がめっちゃ良かったっすね。
豊崎 たしかにいいですね。
大田 あんま理解できてるかわかんないけど、すごく面白かったです。山崎さんは『週刊読書人』の文芸時評で『みどりいせき』をいち早く取り上げてくれたんですよ。それも「この小説には詩情がある」みたいに書いてくれて、やばい嬉しかった。自分が読んですごいと思った小説の作者にそんなこと言ってもらって、感動しました。
豊崎 山崎さんは詩人としてもとても優れた方だから、良かったですね。山崎さんもそう感じたんだと思うんですけど『みどりいせき』を読んだ人はやっぱり文体に魅せられると思うんですよ。自分ではこの語りの声はどこからやってきたんだと思いますか?
大田 この小説はできるだけ読む側と書いてる側の気持ちが離れないように意識しました。書いてる側が見せたいものと読む側が受け取るものの距離を近づけたいなって思ったんです。親近感じゃないですけど、そういう近さを感じてもらいたかったっていうか。
あと、ふだん小説を読むときも音は割と意識するから、それもあったかもしんないです。少し前の『すばる』に載ってた田中慎弥さんと宇佐見りんさんの対談で、田中さんが宇佐見さんは音で書いてるのがわかるって言ってたんですけど、俺もその感覚はわかる気がして、特に口語体だと町田康さんだったり川上未映子さんだったり、最近だと井戸川射子さんも音の作家だと思います。自分的に『ここはとても速い川』がめっちゃ好きだったんですけど、ポエジーとか音のリズムをめっちゃ感じました。自分が書くときにもそういう音への意識が作用してるのかも。
ただ、正直言うと、ここまで文体にみんな食いついてくれるとは思ってなくて(笑)。そこまでかっ飛ばしたつもりはなかったから、みんなと感覚ずれてるのかなって本が出てからずっと微妙な気持ちになってます。自分なりにちょっと抑えたつもりだったんですけどね。
豊崎 私はけちんぼだからどんな小説も必ず最後まで読むことにしてるんです。最初は波長が合わない小説でも、そのうちに合ってくることってあるんですが、この小説はその瞬間が来るのが早かったんですよね。大田さんは私からしたら「文化的孫世代」みたいなものだから、育ったカルチャーも違うし不安だったんですけど、冒頭を少し読んだところで、これは大丈夫だって思いました。
この小説は「僕」が小学生の頃に野球をしているシーンから始まりますよね。一緒にバッテリーを組んでるエースピッチャーの春のボールを相手のバッターが打ちます。ファールチップになったその球を頭に受けちゃって主人公はそのまま気絶するんですが、その描写を読んで、きた! って感じがしました。大田さん、その場面の最後をちょっと朗読してくれますか?
大田 えっと、ここっすかね。
落ちる直前に、チップをキャッチして揚々と返球する並行世界のぼくと目が合った。そんで時間の連続性は断ち切られ、エントロピーが急減少。たどり着いたのは音も色も、光も闇もない素粒子の世界こんちわ。ここは母宇宙なのか娘宇宙なのか。あるいはバルク。どっちゃ無。からのインフレイション。そしてビッグバン。
豊崎 もうね、何言ってるのかわからないにもかかわらず、「いや、わかる」って感じなんですよ。何を言ってるかわからないけどわかることって世のなかにいくらでもあるんですよね。私だってふだん小説を読んでて全てを理解してるわけじゃありません。わからない小説なんてたくさんあります。だけど、わからないけどすごいってことだけはわかる小説もたくさんあって、この作品もその一つです。
大田 あざっす!!! めっちゃ嬉しいっす。
豊崎 この作品、いわゆる若者のはっちゃけた言葉を使ってのびのびと書いているでしょう。私はこういう年齢なのでわからない単語もいっぱい出てきたんですけど、実は調べなくても読んでいくとわかるようになってるんですよね。かといって、大田さんがそれをいちいち作中で説明するわけじゃないんです。そこがいいんですよ。説明なんて絶対しちゃいけないわけです。小説としてもったりしてくるから。
例えば、最初の方で春がペニーに乗ってる場面が出てくるでしょ。私、ペニーって何か知らなかったんです。だけど、しばらくして、春の友達のラメちがスケボーって言葉を使うんですよね。すると春が「ペニーな」って訂正する。それで、あっ、スケートボードの一種なのかってわかるわけです。年配の人間には通じにくい言葉でも読み進めていけばある程度わかるように、割と計算ずくで書かれた小説じゃないかと思ったんです。
大田 わからないものはわからないものとしておこうと思ってるんですけど、少しはわかってもらおうって気持ちはあんのかもしんないですね。
豊崎 それにぜんぶわからなくても、この子たちだってノリで喋ってるわけだから、読者もノリで文章に乗っかっていいわけです。
大田 保坂和志さんが「小説は“読んでいる時間の中”にしか存在しない」とおっしゃってて、つまり、小説を読むことってその表現や構造を読み解いたり、書かれていることの裏にあるものを考えたりすることだけじゃないらしいんですよね。本があって、それに向かい合ってる人がいれば、そこに読書って行為がある。そんとき、別に本の内容をぜんぶ理解できなくてもいいし、読みながら内容と関係ないことを考えたりするのも読書体験だって。だから俺も、何書いてるかわかんなくてもただ文字を追ってるだけで面白いみたいな小説を書きたいと思ってます。
『みどりいせき』は“変”な小説
豊崎 今のお話を聞いてても、大田さんって文体家なんだなと思います。最初は勢いで書いたふしがあるけど、それを少しずつ直して、調子を作ってるっていうか。例えば、次の箇所。
水中の気泡が深いとこから浅いとこへと昇ってくよーに、死体に充満したガスがぼくを浮かびあがらせた。そんでぼんやりな意識が息継ぎみたいに水面から頭を出す。あー、まだ生きてることとか昼寝が気持ちいいとか当たり前のことに肺が膨らんで、肺胞に取り込まれた喜びみたいなのが血液に乗って全身を巡り、ぼくは息を吹き返す。じゅうぶんに満足したら息を止める。また潜水する。
全体的にこの小説の素晴らしさって、主人公が沈静したときの精神の状態とかその瞬間瞬間の身体感覚とか、そういうことを巧みに文体の変化で表現していることにあるんですよ。それってとても難しいことなんだけど、デビュー作にして大田さんがやり切ってるのは、本当にすごい。その白眉がみんなで大麻をキメるシーンです。あの感覚描写を平仮名で押し切ってますよね。最終的にタイポグラフィーみたいに文字の配列を換えたりもしてて、あそこからは「ぼく」の高揚感がありありと伝わってきました。ただ、それだけじゃなくて、ところどころでお父さんのことを思い出したりして、正気の部分がどこかにあることもちゃんと書き込んでいる。
大田 薬物による変性意識は深層心理の顕在化と捉え、正気を残しました。
豊崎 そう。その正気の混じらせ方も素晴らしい。何よりこの作品は全体的に“変”なんですよ。私は“変”なものを見つけると、まず尊敬するんです。なぜってそれは自分にはないものだから。“変”なものは自分の価値観の埒外にあるもので、好きとか嫌いとか関係なくそれを見つけた自分のことを深く揺り動かすんです。私は『みどりいせき』のページをめくっていたとき、これはすっごい”変”だと思ったから安心して読めたんです。
大田 わわっ、ありがとうございます。
豊崎 だって、普通の感覚だったら”変”なものって書けないんですよ。常識とか理性が制御しちゃうわけで。でも、この作品はそういったものとせめぎ合いながら生まれた感じがして、それがとても良かった。
大田 ごみ収集の仕事をしながら書いてたんですけど、そこへ転職する前の会社では一応、社会と折り合いつけようと思ってたんです。でも、肉体労働の業界って割と自由でおおらかで。一緒に暮らしてるパートナーも、遊んでくれる友達も、もともと自分の自制心の無さを受け止めてくれるタイプで、周りにいるのがだらしない自分のありのままの姿を受け入れてくれる人たちばっかなので、感覚がぼけちゃって、それが書いたものに反映してるのかもしんないですね。
豊崎 なるほどね。自他の境界が曖昧な感じなんですね。
大田 そうなっちゃいました。もし変だったら声かけて、みたいな感じでふだん過ごさせてもらってるんで、ふわふわしたものを書いてても自分で気づかないのかも。それくらい自由に生きさせてもらってます(笑)。
豊崎 あと、特徴的なのが擬音。この小説は擬音が多いんですよ。
大田 それは結構自覚的に書きました。子どもたちの話だから、語彙を選ぶのがやっぱ難しいんですよ。擬音じゃなく端的に表現できるところはたくさんあるんですけど、この主人公の言葉遣いじゃないよなって。あと、コロナ禍が始まってから、自分、なんかわかんないんすけど、言葉が全然出てこなくなって。擬音で喋ってることが多いんです。そういうのも反映されてるんだと思います。言ってみたらコロナ禍文学ですね(笑)。
豊崎 コロナ禍文学にもいろんなものがありますからね(笑)。
ダメ人間小説としての『みどりいせき』
豊崎 あとね、この小説はユーモアも卓越してるんです。思わず声出して笑っちゃった箇所がいくつもあって。
大田 ほんとっすか? 嬉しいなぁ。
豊崎 うまいと思ったのは、鎌倉への振替実習に参加できなかった主人公が、親切な学級委員の山本くんからもらうお土産の使い方。野球部でもある山本くんはいいやつだから、ふだんあまり学校に来ない「僕」に大仏のキーホルダーを買ってきてくれるんですよね。で、それは押すと木魚の音が鳴るの。
大田 続いてお経が流れる(笑)。
豊崎 そうなんです(笑)。「僕」はそれをポケットに入れておくんだけど、春たちと揉めてるときに衝撃で鳴っちゃうんですよね。最初は堪えてるんだけど、二回目でみんな大笑いしちゃう。ここはうまいなぁって思った。映画化されたらこのシーンはイキだなって(笑)。
大田 そこは推敲の段階で付け加えたんですよね。物語のすじ的には春たちと喧嘩しちゃうところが大事なんですけど、それだけだとシリアスになりすぎちゃうから。性格的にそういうのちょっとムズムズしちゃうので、こういうのを入れてみました。
豊崎 テクニカルだと思いました。この主人公の「僕」は何につけても無気力な高校生ですよね。彼は不登校気味で、学校に来てもクラスメートとも交流せず、校舎を徘徊してばかりじゃないですか。そんな「僕」が兄や仲間たちと大麻クッキーの売買を手がける一歳年下の春と再会して仲間になり、彼女らの隠れ家でようやく居場所を見つける。そんな物語なんですけど、さっきの大田さんご自身が学校に馴染めなかったって話を聞くと、ここにはご自分が少しは投影されてるのかなって思ったりもするんですが。
大田 あえて意識しないので自分じゃわかんないですね。入ってるっちゃ入ってるかもです。誰かがあるインタビューで言ってたんですけど、小説って一人の人間が作ってる世界だからどうしても自分が入らざるを得ないって。俺もそんな感じだと思います。
ただ、自分はみずから選択して学校へ行かないって決めたタイプです。でも、彼はそうじゃなくて、自分じゃ決められないからどうしようかなって揺らぎがある。そこに自分との違いがあるんで、主人公の学校や社会との距離を描くときは頭を使いましたね。
豊崎 私はダメ人間小説が好きだから、この「僕」がすごく好きです。最初、クビになったアルバイト先から給料の件でメールが来るとひどい言葉を返すんだけど、でも一方で、気が弱い部分もあるんですよね。お父さんが死んだことを怒ってるのも悲しいからだし、ずっと自分と二人三脚で生きてきたお母さんに対しては愛情がある。思春期だからその愛情ゆえにうまく話ができなくなってたりもする。そんな「僕」のキャラクターがとてもいいなぁって思いながら読んでました。ダメだけど、ダメ過ぎるわけじゃないし、そんなダメな状態からすぱーんと成長することもない。そういうのがぜんぶ好きですね。
大田 主人公の情けない部分や人間として弱い部分を書いてると自分を見てるようで、なんだろうな、こいつはって思ったりもしました。でも、そこに春がカウンターをかますじゃないですか。スカッとするんですよね、書いてて。
豊崎 春はかっこいいもんね。
大田 かといって春が絶対の正義にならないようには気を使いました。あくまでツッコミ役みたいな感じっていうか。でも、春だけじゃなくて、人と人が一緒にいる時間を描くってことは意識しましたね。一人でずっといるとどうしても内省的になっちゃうし、主人公の声だけ書いてると、すごく煮詰まっちゃうからいろんな人の声が入って、響き合って、そいつらの世界が丸ごと自分のなかで立体的になっていく方が好きなんですよね。「あれいいよね」「そうだね」「このお肉美味しいね」「うん」「あのお店気になるね」「行こうよ」みたいに気持ちが一直線の会話だったらなくてもいいじゃんって思っちゃうし。会話なんて思い通りいかないことの方が多いわけだから、ふだん自分が人と喋ってるときの感じをそのまま真空パックにして書こうとしました。
豊崎 「僕」が大麻クッキーを食べてる自覚がまだなくて、春たちのやってることが何なのかわかってない初めの方なんてまるで噛み合ってないですしね。
大田 読む人がなんとなくわかるぐらいでいいかなって思ったんですけど、割と伝わってくれたみたいでよかったです。
幸せな“子どもの時間”を描く
豊崎 一人称の使い方もいいですよね。冒頭の小学生時代を思い出すくだりや大麻を吸ったあとでは「ぼく」なんだけど、高校生の現在の自分は「僕」になってる。大田さんがすごく気を配りながら書いてる証拠だと思います。
大田 やっぱ第一作だったから、どう書けばいいのかわかんなかったんですよ。小説の指南本とかを読んで書いたわけじゃないし、誰かに教えてもらいながら書いたわけでもなくて。自分のなかに書きたいものは確かにあるんすけど、それを人に読ませるように書くのってなかなか難しいんですよね。どの場面でもいちいち自分で考えて書かなきゃいけないから手探りだったんです。だから、場面ごとに「僕」をひらがなに開いたりしてみました。誰も教えてくれないから勝手に自分でやっちゃうよ、早く止めて、誰か、みたいな感じ(笑)。
豊崎 どこかのインタビューでこの作品は『群像』に応募した作品の続編だって言ってましたね。
大田 同じ世界線の小説みたいなやつっすね。あっちは春のお兄ちゃんが高校生のときの話なんですよ。この仕事を始める前の物語っていうか。場所は同じだし、構造的にも近いものはあるかもしんないですけど、でも、全然違う話。
豊崎 それはそれで読んでみたいですけどね。春のお兄ちゃん世代の話も興味深いですし。どうして春のことを巻き込んでいったのか、とか読んでみたい。落ち着いたら書いてみてください。
大田 自分的には一次も通らなかった作品なんで、怖くてまだ読み返せてないんです(笑)。集英社の担当編集者に読んでもらったら面白いって言ってくれたんですけど。ただ、さっきの“変”で言えば、そっちは“変”じゃないんすよね。もうちょい常識人の自分が書いた感じで、小説っぽいものにもっと近づけた作品。それであっさり落ちたから、もういいわ、好きなもんを自由に書かせてもらうよって書いたのが『みどりいせき』ですね。
豊崎 わざわいを転じて福となす(笑)。
大田 すり寄って行ったら思いっきしコケて、めっちゃ恥ずかった。で、ふっきれました(笑)。
豊崎 でも、それでこの「声」を獲得できたわけだから、落ちてよかったと私は思いますよ。これは絶対に大田さんの武器になるから。ただ、それに縛られる必要もないってことは伝えたいです。大田さんの尊敬する川上未映子さんも『わたくし率 イン 歯ー、または世界』や『乳と卵』で特異な文体を作ったあとずいぶん苦労したみたいだし。やっぱり個性に押しつぶされそうになるんですよね。みんなが褒めてくれた文体から逃れるのは相当大変だったようです。
でも、川上さんはそのあとで別の文体を自分でしっかりと作って、本屋大賞の候補にもなるくらい読みやすい文章も書くようになりましたよね。だから大田さんも別に縛られなくていいと思います。この文体で書きたかったら書けばいいし、違う文章に挑戦してみたかったらこだわる必要もない。それだけのことです。この「声」は一つの立派な武器でそれを見つけることができたってことを忘れなければそれでいいと私は思います。
大田 ありがたいっす。肝に銘じます。
豊崎 それともう一つ、私がこの小説を好きな要素に、恋愛関係を発生させていないことがあります。男女間の友情とか、バイブスでつながった絆による若者たちの擬似家族みたいな背景になっていて、私はそれがとても好きだったんですよね。
大田 正直、恋愛を描きたくなかったんです。単純に要らないと思ったし。法に触れてることをみんなでしてて、誰かがチクったら終わる。そういう秘密を抱えるみんなが共同体を守り合ってる。こいつらは相手を思い合えてるし、だからこそ何かのきっかけで崩壊しかねない儚さもあって、それを描ければ恋愛なんてなくていいじゃんって。
そもそも自分が読みたいものを書いた作品なんすよ、これ。読者として、変な箇所で男女がイチャイチャしてる小説読むとイライラすることがよくあって。ここで性欲必要あんの? みたいな。特に今回は女子高生が出てくる。今の自分の実力で彼女らの恋愛を書くのが気持ち悪くてあんまやりたくなかったんです。自然なものを描きたかった。
豊崎 私はこの小説を読んで“子どもの時間”って言葉が思い浮かびました。やってることは社会的に考えて悪いことなのかもしれないけど、この子たちが生きている時間と場所って本人たちにとってはとても幸せなものなんですよね。子どもが作った幸せな時空間だからこそ、悲しいかな、長くは続かない。子どもが作ったものって必ず壊されるし。だから、ここに恋愛が出てきたら私はたぶんすごくがっかりしてました。でも、そうじゃなかったからよかった。最後も素晴らしいシーンで終わってますよね。まだ読んでない人はぜひ楽しみにしてほしいようなラストです。
大田 あざっす。一番書きたかった場面です。最後までお楽しみにって感じですね。
豊崎 私はこの作品、アニメになったらいいと思うんですよね。もちろん言葉でしかできない表現はたくさんあるんだけど、最後のシーンはアニメ化したら若い子たちに刺さるんじゃないかな。小説を読まない人にも届くバイブスがあると思うんです。
大田 確かにそうっすね。売ってるものとかやってることと、物語のテイストにギャップがあるし。
豊崎 さっきも言いましたけど「僕」のキャラクターもリアリティがあっていいし。きっと若い子たちがこの物語を受け取れば、人間なんてこの程度にみんなダメでいいんだって感じられると思うんですよ。
大田 そこには作者のダメ度も反映されてるんですけどね。
豊崎 私はこのダメさ加減がこの小説を成立させてるんだと思います。大田さんはお仕事と執筆を両立されてると思うんですが、その兼ね合いはうまくいってるんですか?
大田 もうすぐ子どもが産まれるんですけど、そのタイミングで産休に入ろうかなって思ってます。それまでになんとか二作目を終わらせたいな、と。子育てに入ると自分の時間が取れないってよく言うじゃないですか。自分的には子育ての方を優先して考えたいんですよね。
豊崎 お仕事は肉体労働でしょ? 朝早いんですか?
大田 朝はめっちゃ早いんですけど、終わるのも早いっす。自分は会社の近所に住んでるんで、十六時にはジョナサンで書き仕事をしてます。で、だんだん動きたくなってくるから、そうすると帰ります。貧乏揺すりとか激しくしちゃうし、机もばんばん叩いちゃうんで。身体が帰れって要請してきたら、帰る感じです。
豊崎 じゃあ、割と毎日何かしら書いてる生活なんですね。
大田 そういう生活にするように最近しました。っていうのも、すばる文学賞の授賞式で金原ひとみさんとめっちゃ話したんですよ。金原さんすげえいい人だから、自分のこと励まそうとしてくれて、「私だって一日一二〇〇字くらいしか書けないときあるから大丈夫だよ」って言ってくれたんすけど、毎日最低一二〇〇字は必ず書いてるってどういうことだよって(苦笑)。自分なんて何も書いてない日の方が多いんだけど……ってパニックになりました。やっぱ小説家は毎日書くべきなんだなと決意を新たにしたんです。
豊崎 『みどりいせき』を読んだ読者は大田さんの次作をすごく楽しみにしてると思いますから、「一日一二○○字」を目指してがんばってください。ところで、次はどんな作品を書こうとしてるんですか?
大田 今回は高校生の話だったじゃないですか。次はもうちょい自分の社会的な肩書き、二十八歳の男に近い小説を書こうと思ってます。『みどりいせき』のときは書く作業自体は辛かったけど、内容は自分でも楽しめました。ただ、次の作品は自分との距離が近いんで、書いてて疲れるんですよね。楽しいは楽しいですけど、自分で書いてる文章に自分の心を削られるって感じがします。だからこれを読む人はどんな気持ちになるのかなって思いながら書いてますね、今。
豊崎 年内には発表できるといいですね。
大田 任せてください。子どもが産まれるまでには初稿を書き上げたいんで、年内には発表できると思います。すばる文学賞に応募するときもそうでしたけど、自分は締め切りがあった方が頑張れるタイプです。
豊崎 じゃあ、その日を楽しみにしてます。
大田 ぜひ、よろしくお願いしまっす!
(2024.3.13 池袋にて)
「すばる」2024年7月号転載
プロフィール
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大田 ステファニー 歓人 (おおた・すてふぁにー・かんと)
1995年東京都生まれ。2023年、『みどりいせき』で第47回すばる文学賞受賞。24年、同作で第37回三島由紀夫賞受賞。
新着コンテンツ
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