すばる文学賞受賞作『みどりいせき』刊行記念対談 金原ひとみ×大田ステファニー歓人「ひとみ姉さんの本みたいに人の支えになるものを俺も書きたいっす」
小説の言葉がこれほど自由であっていいのかと、選考委員を驚かせ、「新しい文学の爆誕」と言わしめた、第四十七回すばる文学賞受賞作・大田ステファニー歓人さんの『みどりいせき』が刊行された。
小学校時代に野球のバッテリーを組んでいた「春」と「僕」を中心に、ドラッグビジネスに手を染めた高校生たちの青春が、饒舌な口語体で鮮烈に語られていく。そのぶっ飛んだドライブ感に最初はたじろぐものの、いつしか読み手はその世界に夢中になり、危うい高揚感に包まれる。こんな小説を爆誕させた、規格外の新人作家は、受賞の言葉も贈賞式でのスピーチも斬新で、「どもう、ステファニーだお」「次はクリスタルすばるちゃん人形をゲトりたい」と、独特なバイブスで語りかけて来る。彼は一体、何者なのか――。
この作品を読んだときから激推しすると決めたという選考委員の金原ひとみさんを、大田さんは「ひとみ姉さん」と呼んで敬愛する。お二人の対談では、未曽有の青春小説が生まれた背景や、取得した言語の手法について、さまざまな視点から楽しい探訪が展開します。
構成/宮内千和子 撮影/山口真由子
この小説は世紀の発明といっていい
金原 改めまして、すばる文学賞の受賞、おめでとうございます。本当によかった(笑)。
大田 ありがとうございます‼
金原 これはもう「発明」です。まず言葉遣い、言語感覚がものすごく新しい。最初は「うわっ、何これ!」と思いながらもバイブスに乗せられてどんどんのめり込んでしまうんです。でも、改めて振り返ると、最初から構成もしっかりしているし、見せどころの入れ方や配置もすごく凝っていて、いろんな意味で巧みに作られている。振り返るたびに、あ、ここがよかった、あそこもよかったという点が浮上してくるんです。しかもこのテンションで、結構な枚数ですよね。
大田 そうなんです。(原稿用紙)二百七十枚くらいですかね。
金原 新人賞の応募作は百枚から二百枚くらいが多いんですが、新人賞で、これだけの枚数のものを全くたゆむことなく、一直線な猪突猛進の勢いでここまで書き切っていること自体すごいことだと思います。
大田 やっば。ありがとうございます。ひとみ姉さんにそう言ってもらえて、うれしいっす(笑)。
金原 私はこの作品を一押しするつもりでしたけど、他の選考委員のみなさんはどういう感想持っているんだろうと、すごいどきどきしながら選考会に行ったんですよ。
みなさん一人ずつ一作ごとにABCの評価をつけて行くんですけれど、この『みどりいせき』は私が最初に評価を求められて、どきどきしながら、「Aです」と言ったら、川上未映子さんも一番評価が高くて……。
大田 やったー‼
金原 そう、やったー、これは決まったって(笑)。それで何の反対もなくスムーズに決まったので、奥泉(光)さんが、もうちょっと反対したほうがよかったかな、と冗談をおっしゃっていたくらいでした。(笑)。
大田 めっちゃうれしいです。
金原 この作品は、ぶっ飛んでいるように見えて、じつはきちんと現代の空気とか社会の、今ここを押さえておかないとまずいよという部分をしっかりつかんでいる小説だと思うんですね。大田さんの小説に落とし込まれている感覚自体がすごく現代的で、今の問題に対してもアンテナが立っているし、そこに肉薄していくストーリーがトリッキーな口語体によってより生々しく感じられるんです。
読んでほしいポイントまでドライブ感で持っていく
大田 いやー、ほんと恐縮です。でも、小説の長さだったり、構成だったり、多少は考えてはいても、書いているそのときは素人じゃないですか。
金原 プロと同じ力量を感じましたけどね。
大田 いやいや(笑)。全部書き出して、それをどう削っていこうかというとき、三百枚以上あったんです。さっきひとみ姉さんがおっしゃってたみたいに、新人賞の作品は、そこまで長いのってなかったから、逆にもしこれで成功して載ったとすると、『すばる』の半分ぐらい自分の作品になって、これは『すばる』ジャックできるんじゃないかと(笑)。だから、そこまで削り過ぎずに、その分、構成はこだわったかもしれないです。そこを褒めてもらえて、すごいときめいちゃいました。めっちゃうれしかったです(笑)。
金原 構成もうまいですけど、やっぱりこの作品でまず驚かされるのは、このまくしたてるような饒舌口語体ですよね。なんでこの文体に至ったのか? がすごく気になります。
大田 何とか読んでほしいポイントまで、ドライブ感で集中力を保ってもらえればこっちのもんというのがあって。
いきなりすぱっとした切り口から始めるのは単純に面白くないし、変にメタファーを意識したり、難しく読んでほしくなかった。読みづらさはあるかもしれないけど、文字から刺激を受けて膨らむイメージを追っていく感じを意識してたら、こういう口語、話しかける感じになった。自分の心の書くことをすくい取って、三人称に直さずに出しているという感じですかね。
金原 なるほど。いや、この文体、すごい効いてます。
大田 作品って、好きに読んでもらっていいけど、うちとしては、ある程度こういう方向に心が動いてもらえたらいいなというのはある。でも、それを構成や物語でやっちゃうと作為的になって、つくり過ぎてる感じになるので、自然な感じにするには、文体だけでいいやと思った。物語は好きに楽しんでもらって、文体の水準だけは、自分の思惑どおりの味わい方になればいいかと。
金原 なるほど、文体だけはコントローラブルな領域ということですね。
大田 文章の行間を読むとか、比喩表現を読み解くとか、得意不得意があるし、しっくりこない人はこないから。でも、文体は避けられないじゃないですか。文章は一文字ずつ読んでいかないといけないので。
金原 それってすごい難しいことだと思います。必要な情報を与える文章って、うまい下手はあっても、極端にいえば誰でも書けますよね。でもそれだと、どう受け取ったかという読者の感想って、ばらけてしまう。それがあの口語体を使うことによって、体験として読者たちがかなり近いものを得られるという効果があると思う。それを狙ってできている。それだけですごい力の持ち主なんだということが分かります。
大田 説明しようとするとまどろっこしくなっちゃうんですけど、単純に文体が主人公というか、読者のナビゲーターになるみたいなイメージがあったんですよ。文体に運んでもらって読み終えてもらいたいという感じです。
引っ張ってるんじゃなく、逃げてるんです、じつは
金原 最初は戸惑ったけれども、この文体にどんどんぐいぐい引っ張ってもらいました。私は読書してるとき、割と能動的にその中を生きているという感覚が強いんですけど、『みどりいせき』はジェットコースターに乗せられて、とんでもない体験をさせられて、混乱と興奮のなかで読み終えてしまった。気がついたらジェットコースターの線路がなくなってて吹っ飛ばされた感じでした。
大田 うれしいです! ただ引っ張ってるというより、自分的には逃げている感じなんですよ。
金原 えーっ、逃げてる感じ?
大田 追いつかれないようにしたくて。だって恥ずかしいじゃないですか。
金原 えっ、恥ずかしいんですか(笑)。
大田 自分的には大きい仕掛けを用意して、細かい小道具とかもちりばめて、それを一つ一つ、なるほど、きっとあれが次来るなと思われて読まれたら、めっちゃ恥ずかしいじゃないですか。だから、もう全部煙にまきたくて。ヒントを拾って追いかけて来る読者から逃げてるみたいな感じです。
金原 うわーすごい面白い。初めて聞きましたそういう感覚。その、逃げなきゃみたいな感じって、一体どうして?
大田 だって、読者として読んでいるときって、夢中で追いかけるじゃないですか。作者は次に次にと筆が走っているから、読者も追いつこうとする。だからその意識に捕まらないように逃げる。とくに文芸誌を読む人って作者の底を見ようとするから、作者としては見られないように、めっちゃ逃げるしかない(笑)。
金原 えー、私はもう繰り出されるパンチを受け続けて星がチカチカする中で読んでいたので、底を見ようなんて思いもしなかったです(笑)。
大田 自分はそうやって読んでたし、作者としての経験値ないすからね。読者としての経験値しかない。
金原 じゃ、割と体感的な読書をしている感じでしょうか。
大田 本読んでいるときは自分から楽しもうとしてるかもしれない。例えばひとみ姉さんの新刊とか、絶対面白いのが約束されているような本を読むときは一番くつろげる状況をセッティングして、フィットして読む感じです。
関川夏央さんに書く面白さを教わった
金原 映画大学で作家の関川夏央さんのゼミで、書く面白さに目覚めたと聞きました。
大田 関川さんってもう三十個も四十個も年違うけど、文章から滲むキャラクターに何かめっちゃ魅了されちゃって、かっこいいなと思った。大学の授業では、こういうテーマで書いてきてと言われて書いていくと、毎回面白がってくれるんですよ。もちろん授業なので、ここが駄目と言うんですけど、同じぐらいいいところも見つけてくれるので、みんなモチベーション高まって帰っていく。
金原 えー、すてき。
大田 すごく肯定されて終わるので、自分に何か才能あるんじゃないかなみたいな感じになれる(笑)。また課題が面白いんです。自分の死亡記事を書けとか、祖父母について、家族に聞いて伝記を四千字で書きなさいみたいな。
金原 へー、結構しっかりした枚数書くんですね。
大田 でも、成績で評価されるよりは、単純に関川さんの見たことないリアクションを引き出したいほうが強くなって、だんだんみんなと違うことをし始めちゃって(笑)。その死亡記事のときも、みんなは自分の人生のリアリティで書いてきたんですけど、うち、最後に宇宙に行って死んじゃう記事を書いたので、関川さんも困っちゃって(笑)。でもね、そういう、何でも書いていいんだ、書くって楽しいんだというのを教えてもらった感じです。
でもやっぱり書くのは不安で苦しい
金原 『みどりいせき』も、書いてて楽しかったですか。
大田 いや、このときは正直もう、不安しかなかったです。
どうまとまるかも不安だったけど、今後自分の人生がどうなるかの不安もあって、しんどかったですね。力み過ぎてもダメだから、頑張り過ぎないように、でも焦ってる自分を押し殺し過ぎないようにみたいな、そのバランス、自分の情緒を守ることがすごい大変で、翻弄されてました。一緒に暮らしてるかおりんにも迷惑かけっ放し。
金原 意外だ、そうだったんですね。
大田 普段はするけど書く時は家事何もしなかったんで。でも、かおりんも平日仕事遅いから、荒廃するスピードが桁違いになっちゃって。
金原 でも作品には切迫している感は全然なかったです。自由に飛び回っているイメージを持って読んでました。
大田 自分のフリーな部分を殺さないように書き出して、その後で真面目なほうの自分でそれを直していったという感じなので、最初に出ていた自由な自分は多分半分ぐらい死んでるんですよ。それを感じさせない書き方だっただけで、実際はもうめっちゃへとへとでした。
金原 すごくうまく隠せてます(笑)。最初は勢いに乗せられて読んで、自由に泳ぎ回っているようなイメージを持ちましたけど、改めてうまさが見えてきたときに、あれ、これは結構やばい作家なんじゃないかと恐ろしさを感じたんです。
大田 やば。恥ずかしい(笑)。
金原 きっとその自由な力と、統制する力の絶妙なバランスによって、すごいものを生み出したんですね。
大田 きゃあ、ありがとうございます。
ひとみ姉さんの背中を追わせてください
金原 小説の合間に、バタフライエフェクトの話とか、縄文人の土器の話とかが自然に入り込んでくるのもよかったです。土器の話をこんな面白く書けるのかって、驚きました(笑)。
大田 ああいう、壮大過ぎる譬え話してくるやついません?(笑) すごいシリアスな失恋の話をしてるのに、「でも、地球はさ」とか「宇宙はさ」とか、煙にまいてくるやついるじゃないですか。さっきの逃げる話とつながるかもしれないですけど、ああいう挿話が入るときは大体恥ずかしがっているんです。裏で大事な話をしてるから、それをくみ取られたくなくて、全然違う、別の面白い話で隠してるという感じです。
金原 なるほど。やっぱりそういうとこ面白い。
大田 単純に恥ずかしがりだから、素直なメッセージそのまま載っけると、めっちゃ、あーってなっちゃう(笑)。説教くさくなりたくないんですね。
金原 でも、その一つ一つの煙にまくやり方もすごくスタイリッシュなんですよね。土器っていうチョイスが絶妙にマッチしているんです。
大田 それは膨大な知識量の中からチョイスしてるんじゃなくて、単純にそのときの身の回りのホットなトピックをピュッと抜いているだけなんですけど。
金原 いやそれは引き寄せているんだと思います。今日あったこととか、最近面白かったことをいい形で入れられるというのは、ものすごい強みだと思う。私もかなり現実の話や体験を入れ込む方で、絶対この話を入れたい、どこに入るかなみたいなことを常に考えてたりします。
大田 ずっとひとみ姉さんをリスペクトしてるところはそこにあるんですよ。うちはヒップホップがすごい好き。ラッパーって身近なことを歌ったり、もしくは自分の情けなかったり、ダサかったりした昔のことを歌って、聴いてもらうスタイルじゃないですか。ひとみ姉さんもそのまんま。だから、すごい勇気もらえる。作品も書くスタイルも、背中を追わせてくださいみたいな感じでずっと……。
金原 それは、めっちゃうれしい。
大田 めちゃくちゃかっこいいんですよ。全然関係ない話ですけど、かおりんは一緒に暮らす前、独り暮らしで仕事でつまずいて情緒がインフェルノしてたときに、ひとみ姉さんの本が支えになったって。それぐらい人の支えになるものをうちも書きたいっす。
金原 いや、なりますよ。私、ほんとに、全ての若者たちに届けって思ってます。こんな小説読んだら、自分自身の今目の前にあることが、全部吹っ飛ぶんじゃないかな。読み終えたときに無双って気分になれるし、多分世界が読む前とは全然違って見える。こんな青春小説がある時代に生まれた若者はラッキーです(笑)。自分が若かった頃にこの作品に出会ってたら、多分打ちのめされただろうなって思いましたね。
大田 いやいやいや。とんでもないっす。
金原 一緒に生きている感覚があるんですよ。主人公の翠とか春とか、読んだ人の中に生き続けるだろうなと思うくらい、強いキャラクターだったので、私はうれしくてしょうがない。世の中のしがらみとか、めんどくさいこととか、くだらないことの中で生きている人にとって、それがないところに向かって走ってる若者たちの姿には勇気づけられると思います。最後のラリッて、愛について語るシーンがすごくグッときて、読みながらパキッてしまいました(笑)。小説であんなふうに飛ぶって、すごいことです。
大田 泣きそうっす。でもあそこも愛とか、そんなのそのまんま書いたらめっちゃ恥ずくて。愛を打ち消すぐらいの隠せる材料はもうLSDぐらいしかなかった(笑)。
金原 愛について書くにはLSDっていう免罪符が必要だったんですね(笑)。
次は読む人を傷つける小説を書きたい
大田 それと、ひとみ姉さんの『AMEBIC』は、書いているときのうちのインスピレーション本だったんです。お守りチックな感じで近くに置いて。自分の中では、やるからにはこのトリップ感を超えなくっちゃ、表現で戦っていこうって。
金原 えーうれしい。挑んでいる感じがしてましたけど、そんな挑み方をしてくれてたんですね(笑)。次の作品はもう書き始めているんですか。
大田 はい。次はあんま恥ずかしいって思いながら書いてないですね。抱えているイメージを置いてこないように、ちゃんと全部持って運んで渡り切れるかなという心配のほうがあるかもしれない。
金原 もうプロットはできていて、書ける状態ですか?
大田 そうです、そうです。次は読む人を傷つける話になります(笑)。
金原 やだな、傷つきたくない。でも絶対読みます。小説による傷つきって、常に人生に必要なものですよね。
大田 だって、ひとみ姉さんの本を読む感覚もろ体に剣を刺していく感じ。最近はすごいさわやかで、うれしいほうの刺さり方、楽しい刺さり方ですけど。とげってよく言うじゃないですか。自分の生きている世界を軸に、そういうものを全部書いていきたいです。
金原 楽しみです。また小説観を壊されるような小説を待ってます。
「青春と読書」2024年3月号転載
プロフィール
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金原 ひとみ (かねはら・ひとみ)
1983年東京生まれ。
2003年『蛇にピアス』で第27回すばる文学賞を受賞。
04年、同作で第130回芥川賞を受賞。ベストセラーとなり、各国で翻訳出版されている。
10年『TRIP TRAP』で第27回織田作之助賞を受賞。
2012年『マザーズ』で第22回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。
20年『アタラクシア』で第5回渡辺淳一文学賞を受賞。
21年『アンソーシャル ディスタンス』で第57回谷崎潤一郎賞を受賞。
22年『ミーツ・ザ・ワールド』で第35回柴田錬三郎賞を受賞。 -
大田 ステファニー 歓人 (おおた・すてふぁにー・かんと)
1995年東京都生まれ。2023年、『みどりいせき』で第47回すばる文学賞受賞。24年、同作で第37回三島由紀夫賞受賞。
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