『難問の多い料理店』刊行記念 結城真一郎×TAIGA スペシャル対談 「人生が行きかう交差点に立って」
スマホで注文し、あとは自宅に届くのを待つだけ。
コロナ禍前後で俄かに浸透し、多くの人が利用するようになったフードデリバリーサービス。
利用者の増加と共に、配達員として働く方々も増えました。
結城真一郎さんが仕掛けた今作は、そんな配達員たちが活躍するミステリです。
ウーバー芸人としても知られ、ご自身が現在も配達員をされているお笑い芸人のTAIGAさんをお招きし、今作の魅力と、配達員あるあるをお話しいただきました。
構成/円堂都司昭 撮影/大槻志穂
安楽椅子探偵の現代版
――『難問の多い料理店』には、ウーバーイーツを連想させる「ビーバーイーツ」の配達員や、厨房はあるけど客席はなくデリバリーのみのゴーストレストランが登場します。これらの題材を選んだきっかけは。
結城 担当編集者と現代的な題材を中心にしましょうと話した際、コロナ禍で増えたウーバーイーツの配達員のような新しい働き方に注目したら面白そうだとなりました。掘り下げると、ゴーストレストランというものがあるらしいとわかった。そのオーナーシェフのところへ様々な配達員が来る形にしたら、安楽椅子探偵(現場を訪れず、得た情報だけで推理する探偵)の現代版ができるんじゃないか。時代を象徴するモチーフを探して作品の形にたどり着きました。コロナ禍では自分も妻もデリバリーをよく利用しましたし、なじみ深かったんです。
TAIGA 結城さんは絶対ウーバーイーツの経験があって、それをもとにミステリを書かれたんだろうと思ったら、やったことはないと言われたので驚きました。配達員じゃなきゃわからない“あるある”が書かれていたから。
結城 配達員の体験談を読み漁って、こういう問題や苦労があるんだということを集めた感じです。自分がやったことのないことをどこまで書けるか不安でしたが、TAIGAさんにそう言っていただけて自信になりました。
――TAIGAさんはいつから配達の仕事をやられているんですか。
TAIGA 二○二○年三月頃からだから、もう五年目になりますね。コロナ禍になって芸人の仕事はゼロ、イベントの大道具のバイトもシフトに入れなくなって、稼ぎが一切なくなった。じゃあ手軽に始められるアルバイトはなんだろうと思ったのが、ウーバーイーツ。でも、夏までの三カ月くらいで辞めてお笑いの仕事に復帰するつもりでした。なのに、ためしに買った六段変速のママチャリでまさか四年も続けるとはね。
――ロックンローラーのイメージだからバイクかと思ったんですけど。
TAIGA このキャラで申し訳ないんですけど、バイクの免許持ってなくて自転車なんです(笑)。配達員をやっているとなかには下に見る人がいて、ぞんざいな扱いも受けました。それも思い出しながら小説を読ませていただきました。共感したのは、届け先の間違いですね。記入ミスや部屋番号だけでマンション名が書いてないとか、よくあるんですよ。同じ番地にマンションが複数あると、マンション名を確認するために電話しないといけなくて……。
結城 僕が参考にしたブログにもその手の話があって、読んで勉強したんです。グーグルマップで目的地を示すピンがズレた位置に立つ現象もそうです。自分でも体感したことはありますけど、配達では届く時間の速さが高評価につながるからストレスになるだろうと想像で補いつつ、作品に反映させました。
TAIGA エレベーターが止まってる、遅いとか、ふざけんなよ! と思うし、「閉まる」ボタンがない古い機種もある。階数表示のボタンを押しても、閉まるのがメッチャ遅い。あと、地獄のタワマンですよ。住人用には六基とかエレベーターがあるのに配達員用には一基しかない。六十階のタワマンで住所や名前を全部記入してやっとセキュリティを通ってエレベーターの前まで行ったら、今まさに三階を上がっていく途中。それも六十階まで一気に上がるんじゃなくて、いろんな配達員が七階で降りたり、十四階で降りたりするからすごくゆっくり上がっていくのをボーッと待って、ようやく五十八階くらいから下りてくる。でも、下りでは配達し終わった人が乗りこむから、また五十七階、四十九階って何度も止まって、やっと一階に戻ったエレベーターに乗りこんだら、やっぱりたくさん止まりながら五十一階に届け終わって、下りをまたボケーッと待つ。なんだ、この時間はと思って。
待機時間は世界一無駄な時間
――一話ごとに視点人物となる配達員が、学生、中年男性、シングルマザー、フリーライターというふうに代わります。どのように考えて設定したんですか。
結城 一人をずっと主人公にしても物語は作れますけど、ウーバーイーツって様々な人がやり始めて、前向きにやられている方もいれば、やむなくやられている方もいる。多くの人生模様があるとわかったので、いろんな事情を抱えた配達員が店に出入りして謎に直面し、解決の瞬間に立ち会う。そのなかで自分の人生が少し好転したり、小さな幸せをかみ締めたり、そんな光景を描けたら面白い。事件からなんらかのフィードバックがあって、彼らの日常も変わっていくのがきれいな形かなと思って、この構成にしました。従来からある安楽椅子探偵のスタイルを「ビーバーイーツ」の箱に入れただけだろと思われるのは不本意だったんです。それなら、配達員の事情も織り交ぜないとこの設定にした意味がない。
――配達員のたまり場があって交流する場面もありますね。
TAIGA 配達員同士仲よくなりましたよ。「どこで注文がよく鳴ってる」「最近は全然鳴らないです」とか。「あそこの配達員が嫌なやつで」みたいなことも。
――悪評はやっぱり広まるんですか。
TAIGA 広まりますね。アカウント三つくらい持って、一人でやっているのに三人待機している状態を作ってズルしてるとか。鳴る可能性が高くなるんです。一時期はコロナで職を失った人たちがたくさんいましたけど、今は本業に戻りましたという人が増えました。逆にこっちの方が楽しくなって本業辞めましたという人もいます。
――配達員が路上で待つ様子を「地蔵」と呼ぶことをこの小説で知りました。
TAIGA 一般的にはあまり広まっていない言葉では?
結城 調べたらそう呼ぶらしいんです。配達員ならではのリアルなワードを入れるのは突きつめたポイントで、「待機」より「地蔵」の方が迫力がある。
――待機といえば「芸人TAIGAのウーバーイーツ待機中ラジオ!」。これはどういう感じで始めたんですか。
TAIGA ウーバーイーツの待機時間は、世界一無駄な時間なんです。
結城 世界一⁉(笑)
TAIGA 本当にこれはもう、世界一と決まったの(笑)。時給も発生しない、なにも生まれない。ただ携帯ゲームやったり動画見たり、配達員同士でしゃべるとか、この無駄な時間をどうしようかと思った時、事務所から「アプリでラジオをやってもらえないかって話が来てる」と言われたんです。「ウーバーイーツ待機中ラジオ」なら自分で配信できるし無駄な時間がお金にもなる。ぜひやらせてくださいと。「待機中」だから5秒で終わる時もあれば1時間くらいダラダラしゃべる時もあって、いい暇つぶしになってますね。
結城 折々の時事ネタを話したり、「ちょっと工事がね」とかその瞬間の街の情景など、そこに居合わせたようなライブ感があって、いい取り組みだなと思います。
TAIGA なに聴いてるんですか(笑)、あんなの聴かなくていいですよ。
結城 無駄な時間を活用するとかアイデアが面白くて、次回作を書くならこういう人も入れたいと刺激されました。時事問題もあれば、毎日あそこを手をつないで通る親子がとか、いろんな角度があるのがいい。小説の一情景として入れたら映えそうで、聴いていて飽きない。まさしくラジオかくあるべしみたいな感じ。
TAIGA 何時から1時間やってくださいとなると、完全にやらされている感じになっちゃう。でも、いつ始まるかわかんないし、やってもやらなくてもいい気軽さがある。気分が乗らなかったらやらない。それがいい。
結城 それ自体、ウーバーイーツみたいな働き方ですよね(笑)。
――しゃべっている間は芸人だけど、注文を受ければ配達員になる。その切り換えはどうですか。
TAIGA いや、しゃべっている時も芸人と思っていないかも(笑)。面白いこと言わなきゃとか考えてないし、スポンサーもついてないから、気にすることなくボーッとして「なにも今は思い浮かばないですね」って言っちゃう(笑)。
結城 その赤裸々感がいい。変に笑いを入れなきゃではなく、気ままな様子が知れる絶妙なゆるさが面白さでしょう。
客が/読者が悪いと思っていた
――小説には「あばよ在りし日の光」というお笑いコンビの芸人が配達員として出てきますけど、この名前は……。
結城 さらば青春の光が好きだったので、もじって名づけたんです。TAIGAさんだけじゃなく、芸人さんとウーバーイーツって親和性があると思ったのでそれを一話突っこんだんです。
TAIGA 配達員をやってる芸人は多いです。タイムカードもなければ年下の店長に怒られもしない。ノーストレス。
結城 急にオーディションがあってもバイトのシフトを変えてくれという必要がない。その時間やらなければいいだけ。
TAIGA 普通のバイトなら「誰か代わってもらえないですか」ってグループLINEを回して、見つからない、どうしようとなるけど、そういうのがない。
――小説に登場するのはコンビですけど、TAIGAさんはピン芸人。
TAIGA 相手がいる、いないはえらい違いで、僕は自分で作ったものを自分で演じるだけだからスベっても自分の責任、受けたら自分の手柄、報酬も全部自分。でも、M-1チャンピオンになろうぜみたいな二人で組んだら熱量がぶつかって「いや、俺の言った通りに相手ができてねえじゃん」「だから違うよ、間が」となって仲悪くなるのはすごくわかる。
――小説に出てくる芸人は、ネタを書いてもらっている側なんですよね。
結城 芸人コンビを題材にする場合、自分がネタを書いても相方がうまくやってくれないという例が多い気がしますけど、それをなぞっても今までのものに似てしまう。ネタは任せているけど、任せているだけの自分にちょっと苛立ってて、そんな彼が、事件を通じて自らネタのアイデアを相方に授けるに至る、みたいな展開がいいかなと考えました。
――シリーズもののミステリだと、ホームズのような名探偵とワトソンみたいな助手がいて二人のやりとりで笑わせるパターンが多いでしょう。でも、この小説は、話ごとにワトソン役の配達員が交代する。それは意識したんですか。
結城 バディものだと探偵と助手が固定され、やりとりの面白みで引っ張るのが常套手段ですけど、今回は助手側の配達員が毎回代わる。だから店主側になにかないと引っ張れないよなと思って、こんな感じのキャラに落ち着きました。
――鋭い推理力がある一方、逆らったらなにをされるかわからない不気味さもある。また、配達員は毎回人が代わるけれど、話の進め方はいつも同じパターン。そこが絶妙に面白い。
結城 ある種の様式美だけど、話ごとにちょっとズレた部分もあって、そこを面白がってもらえたらと考えました。
――結城さんはここでコンビ芸人について書きましたけど、ピン芸人についてはどう見ているんですか。
TAIGA 聞きたいですね(笑)。
結城 自分がやるなら、コンビ一択です。全部一人で背負い込まなければならないのは、ちょっとしんどそうですし。喜びも苦しみも分かち合える人間が近くにいた方が、気楽でガス抜きできるでしょう。
――スベった時にどうですか、って芸人さんにお聞きすべきなのか(笑)。
TAIGA 若手の頃は小説にも書かれていたみたいに、面白くないんじゃなくて、面白いのに伝わらなかったと、スベるのがカッコいいとすら思っていました。やってることが難しすぎてセンスないお客さんにはわからないのね、みたいな。スベり散らかしてただけなのに。でも、スベるのが怖くなった時期もありますし、なんとも思わない時期もありましたし、年代によって変わってきました。
結城 メンタリティも関係あるでしょうけど、数でいうとコンビとピンは……。
TAIGA 断然コンビの方が多いです。ピン芸人はもっと評価されるべきじゃないかと、僕はずっと思ってます。
――編集者のサポートがあるにせよ、作家の仕事も一人で背負うものですよね。
結城 タイプとしてはピン芸人(笑)。
TAIGA 「読んだけど、つまんねえ」とかエゴサしたら出てきませんか? そういうのに傷つかないタイプですか。
結城 デビューしたての頃はすごく気にしたし、自分の力不足を棚に上げて「国語の勉強し直してから読め」ぐらいに思って(笑)、むりやり溜飲を下げるくらい荒んでいた時期もありましたけど、少しずつ売れ始めてから、読者の反応を消化できるようになりました。今は前ほどエゴサしないですし、成長したかなと思います。健康なメンタルを保つための、最初は誰もが通る道だと思います。
TAIGA そのぐらいの自信がないとやっていけないですしね。最初のうちから本当に面白いのかな、いい作品なのかなと思いながらではできない。でも、その自信って打ち砕かれていきませんか。
結城 期待したほど売上が跳ねなかったと数字が出ますし、これじゃ駄目なのかとデビュー直後に感じました。お笑い芸人さんほど母数は多くないですけど、毎年新人がデビューして全員が二作目、三作目を出せるわけではない。そのなかでいかに生き残って頭一つ抜きん出るか、すごく危機感を覚えてどういう作戦でいくか頭を悩ませていました。
配達で互いの人生が交わる
――小説には配達員とオーナーの関係や、配達先で客と話す場面が書かれていますけど、実際に配達されている時、店のオーナーと顔見知りになったり、お客さんのプライベートが垣間見えたりすることもあるんじゃないですか。
TAIGA 両方あります。マックの店員さんとか僕を芸人と知ってくれているし、「のど渇いてませんか」とお水を出してくれたりする方もいます。配達側でいうと、ウーバーイーツのチップはアプリを通して送るんだけど、金額に上限がある。でもタワマンに一回届けたら「お父さんとして頑張っている姿をテレビで見て感動したんで」と一万円札をくれた。ありがたかったです。
かと思えば、神棚があって日本刀みたいなものが飾ってあって、彫り物が入った人が出てきて絶対ヤ○ザだなというところにも届けました。こちらがビビるのを見て楽しんでいるように思えるんですけど、こっちは動揺してませんみたいな感じで渡しました(笑)。首吊りや飛び降りがあったとニュースで見た場所ではやはり少し身構えてしまうし。あと、ランジェリー姿で出てこられて、誘惑されてるのかな、AVの設定で見たやつだ(笑)、なんて時もありました。
結城 配達先がラブホテルの一室で、プレイの一環なのかバスタオル一枚の女性が受けとりにきて、奥で男が見ているという話を読みました。プライベートの空間に一瞬でも第三者が介入する、互いの人生が交わるのは面白い。そこを拡大したのが今回の小説なんです。TAIGAさんの話を聞いていると、この作品に出てくるギグワーカーたちの生活が、より肉づいたみたいな感じがします。
TAIGA 残念なのがコロナ禍以後、置き配が増えすぎてもう対面は二、三割しかないこと。暑いなかや雨のなかに届けて「ありがとうございます。ご苦労様です」と言ってもらえたら頑張ってよかったなと思いますけど、知らん家にポツンと置いて証拠の写真をパッと撮って帰るのはむなしいです。
結城 個人的には、他の人が触れられる場所への置き配には抵抗があるんですけど、一般的には逆なんですね。
――小説では、配達員がこんな時間にこんなものを注文するのかよと思う場面がありますけど、そのように気になったことはありますか。
TAIGA むしろ、夜中まで配達しているとなにを運んでいるかは、どうでもよくなってきます。たまに丁寧な店員さんが、メニューを一つ一つ説明してくれるんですけど、急いでるんだけど! ってなる。あと、配達員は店へ行ったら、暗証番号みたいなものを書いて渡すんですけど、感じの悪い店員はいきなり「はい、番号」って言う。俺は番号で呼ばれる受刑者じゃねえよ、と。置いてある商品を黙って棒で指したりとか。配達員にもマナーが悪いやつはいるし、嫌な思いをした経験があるかもしれないけど、頑張っている人もいる。配達員だって店の客になる可能性があるのに、対応を悪くしたら駄目だと思うんですよ。
結城 配達員を邪険にするメリットなどないですからね。今回の作品にいろいろ詰めこんだつもりでしたけど、TAIGAさんのお話を聞いて、まだネタはあると思いました。もし続編を書くことになったら、またよろしくお願いします。
「小説すばる」2024年7月号転載
プロフィール
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結城 真一郎 (ゆうき・しんいちろう)
1991年神奈川県生まれ。東京大学法学部卒業。2018年、『名もなき星の哀歌』で第5回新潮ミステリー大賞を受賞しデビュー。2021年、「#拡散希望」で第74回日本推理作家協会賞〈短編部門〉を受賞。2023年、『#真相をお話しします』が本屋大賞にノミネートされるなど大きな話題に。他の著書に『プロジェクト・インソムニア』『救国ゲーム』がある。
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