
内容紹介
ようこそ、心休まる「隠れ家」へ。
東京・虎ノ門の企業に勤める桐人は、念願のマーケティング部に配属されるも、同期の直也と仕事の向き合い方で対立し、息苦しい日々を送っていた。
直也に「真面目な働き方」を馬鹿にされた日の昼休み、普段は無口な同僚の璃子が軽快に歩いているのを見かけた彼は、彼女の後ろ姿を追いかける。
辿り着いた先には、美しい星空が描かれたポスターがあり――「星空のキャッチボール」
桐人と直也の上司にあたるマネージャー職として、中途で採用された恵理子。
しかし、人事のトラブルに翻弄され続けた彼女は、ある日会社へ向かう途中の乗換駅で列車を降りることをやめ、出社せずにそのまま終着駅へと向かう。
駅を降りて当てもなく歩くこと数分、見知らぬとんがり屋根の建物を見つけ、ガラスの扉をくぐると――「森の箱舟」
……ほか、ホッと一息つきたいあなたに届ける、都会に生きる人々が抱える心の傷と再生を描いた6つの物語。
プロフィール
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古内 一絵 (ふるうち・かずえ)
東京都生まれ。映画会社勤務を経て、「銀色のマーメイド」で第5回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞し、2011年にデビュー。2017年に『フラダン』が第63回青少年読書感想文全国コンクールの課題図書に選出。同作で第6回JBBY賞(文学作品部門)を受賞。他の著書に「マカン・マラン」シリーズ、「風の向こうへ駆け抜けろ」シリーズ、『東京ハイダウェイ』『最高のウエディングケーキの作り方』『百年の子』などがある。
エッセイ
「隠れ家」が必要な私たち
古内一絵
虎ノ門のオフィス街に佇む、港区立みなと科学館では、平日の十二時半から二十分間、「おひるのプラネタリウム」と題したプログラムを無料投影している。
このプログラムのポスターを偶然目にしたとき、一体どんな人たちがくるのだろうと興味を引かれ、早速、「おひるのプラネタリウム」に潜入してみることにした。
来場者はスーツや制服を着た男性や女性で、ほとんどが一人で訪れていた。年齢層は様々だが、比較的高い。皆、昼休みに近隣のオフィスを抜け出してきている様子だ。
二十分のプログラムは、落日から夜明けまでの港区の星空を忠実に再現したものだった。実際に都会では見ることのできない天の川や満天の星々が、静かな音楽に合わせてゆっくりとドーム内を巡っていく。
リクライニングシートに身を横たえ、満天の星々を眺めている人々をそっと観察するうち、頭の中に突如「隠れ家」という言葉が浮かんだ。同時に、自分が会社員時代、オフィスの近くにこんな空間があったら、間違いなく、毎日入り浸っていただろうと考えた。
プラネタリウムから帰った私は、担当編集Sさんに連絡し、「あなたにとって隠れ家とは?」というテーマで、アンケートをとれないだろうかと相談した。
これが、『東京ハイダウェイ』執筆への入り口となった。
Sさんは豊富な人脈を駆使し、「隠れ家」に関するたくさんの老若男女のアンケートを集めてくれた。お店、バー、公園等、具体的な場所を挙げている人が多かったが、中には「妻以外の女性」という赤裸々なものもあれば、打ち込めるスポーツを挙げている人もいた。「早逝した初恋の人との夢の中の逢瀬」を「隠れ家」にしている女性もいて、この方には、後日別途インタビューもさせてもらった。
それぞれのアンケートに書き込まれた「隠れ家」に対する熱く複雑な胸の内を読んでいくうちに、この世界では、なんとまあたくさんの「隠れ家」が必要であることかと、改めて思い知らされもした。
よく、「逃げていい」という一見物分かりのよい言葉を耳にするが、これを聞くたび、「一体どこへ?」と考える。「逃げる」というのは、実のところ、大変なことだ。学校なら転校しなければいけないし、会社なら転職しなければならない。そうそう簡単にできることではない。
できないと分かっていて、本人に丸投げしているのが「逃げていい」の正体ではないだろうか。公的に使われる自己責任や、自助という言葉にも、同じようなギミックを感じる。
でも、「逃げる」ことが難しくても、一時「隠れる」ことならできるのではないか。
自らの経験からも、アンケートからも、そう考えられることに気がついた。様々な困難に直面せざるを得ない現代を生きる私たちにとって、果たして「隠れ家」とはなんなのか。
オフィス街のプラネタリウムで、幻の星空に包まれる。通勤電車で、降りたことのない駅で降りてみる。思ってもみなかったスポーツに打ち込んでみる……。
アンケート、インタビュー、Sさんとの長時間にわたる打ち合わせを経て、星と星をつなぎ、星座が現れてくるように、いつしか物語の輪郭が浮かび上がってきた。
今回、登場人物たちが「隠れ家」にする多くのスポットは、実際に訪れることができる。
よく、東京はお金がないと楽しめない街だと言われるが、実のところ、そんなことはまったくない。公立の美術館や博物館は数百円で入れるところもあるし、「おひるのプラネタリウム」のように、無料で楽しめるプログラムやインスタレーションもたくさんある。
もっとも、私がこうした東京の魅力に気づいたのは、長年勤めていた映画会社を早期退職し、週末にジョギングを始めてからだ。
運動不足解消のために走り始めたものの、最初の頃は悲惨だった。二百メートルほど走っただけで息が上がり、膝が笑う。それでもなんとか毎週続けることができたのは、ジョギングのたびに訪れる公園や街並みが、実に美しかったからだ。
東京ってこんなに四季折々の自然が豊かで、面白い街だったんだ、と、ジョギングをするようになって初めて知った。
作中に登場するのは実際に私が足を運んだ穴場スポットばかりなので、少し変わった東京ガイドとして楽しんでいただくこともできるだろうか。本当は内緒にしておきたかった「隠れ家」もある。
疫病、震災、戦争……。なにかとつらいことばかりが起こる昨今だが、逃げることはできなくても、ひとときお気に入りの隠れ家で、ほっと息をつくことならできるかもしれない。
『東京ハイダウェイ』を読みながら、そんなことに思いを馳せていただければ幸いだ。
「青春と読書」2024年6月号転載
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