2021年11月19日、本年度集英社出版四賞の贈賞式が執り行われました。 
 感染症予防のため去年に引き続き出席者を制限し、式自体も簡略化したものでしたが、瑞々しい喜びの声と力強い激賞に溢れた会となりました。各賞の選考委員による講評と、それを受けての受賞者の挨拶を、一部抜粋してお届けいたします。 

第34回 柴田錬三郎賞 

受賞作    朝井まかてさん『類』集英社刊 
       朝井リョウさん『正欲』新潮社刊

選考委員代表 篠田節子さん 

講評 篠田節子さん 
 今回の柴田錬三郎賞は二作同時受賞ということになりました。傾向がまったく違うこの二つの作品を巡り、選考委員会では白熱した議論がなされましたが、結果どちらも選外とはしがたい出来ということで一致しました。 
 朝井リョウさんの『正欲』は異端とされた少数派の人々、孤立した人々がSNSという手段で繋がっていくが、世間の偏見と無理解の中で犯罪者と同一視され断罪されるといった話で、現代社会の状況を巧みに描き出しました。 
 ちなみに朝井リョウさんはこの賞の最年少の受賞者になりますが、作品は文章、比喩、表現、構成など、非常によく練られており、選考会の中では「馬券を買う」などという言葉も飛び交ったくらいで、十年後にはどんな世界を見せてくれるだろうかと、一同の期待を持って見守っております。 
 一方の朝井まかてさんの『類』は、森鷗外の末子、類の評伝です。偉大な父の愛情と名声の下で、何かを達成しようとしてかなわず、凡人として生きていかざるをえなかった森類の生涯とその心境を円熟した筆致で描き切った傑作で、手練れというよりはすでに大家の風格を感じさせます。 
 いずれの作品についても選考委員という以前に、一人の読者として感動し楽しませてもらい、たいへん幸せな体験をいたしました。 
 お二人の今後一層のご活躍を祈念し、講評とさせていただきたく存じます。 

受賞者挨拶 朝井まかてさん 

 この度はこの栄えある賞を、しかも同じ苗字の朝井リョウさんとW受賞ということでとても嬉しく、また感慨深いです。私は元々歴史に詳しいわけではなく、門外漢という気持ちがあったので何も目指さずにやってきました。敬愛する作家、作品はたくさんありますが、私は私の道を行くしかないということだけはわかっていたのです。ですが、向こうみずで怖いもの知らずと言われながらも、こうして書き続けていたらいつか本物になれるかも、なんて、結局は不遜な野望を抱いているわけですね。ゆえに、書けば書くほど難しいです。 
 今作の主人公・森類は報われることの少ない人生を送り、いわば何者にもなれなかった人です。エンタメ小説としては起伏の少ない作品で、私自身、作為を抑えていました。ストーリーよりも文体が支える小説にできないかと、類さんの書き遺したものから感情を掬い取るようにしながらの執筆でした。 
 今後もまた一つひとつの作品を、何も目指さず、楽しみながら、苦しみながら、ひたすらに書いていければと思っています。 

受賞者挨拶 朝井リョウさん 

 今回まさかの朝井まかてさんと同時受賞ということになり、これまで以上にまるで血縁があるかのように濁しながら匂わせながらやっていきたいと思います。 
 思えば2009年に小説すばる新人賞をいただいてデビューしたとき、ちょうどその年の柴田錬三郎賞受賞者が村山由佳さんでした。贈賞式のあとの酒席で「校長先生のお話がなぜ面白くないかわかる? みんなに聞かせる話だからよ。誰にも聞かれたくない話こそ面白いの」というお言葉を頂戴し、以来心に残っておりました。感染症が流行し、人との接触が減っていく中で書いたこの作品は、とにかく自分の中へ中へと進んでいく作業の繰り返しでした。内に籠る中で作家としての迷いが深くなっていく苦しさもありました。そんな自分に辟易へきえきともしたのですが、馬券を買っていただけたことを励みに、これかはもっとオッズを下げられるよう精進して参ります。 

第45回 すばる文学賞 

受賞作    永井みみさん『ミシンと金魚』 
佳作     石田夏穂さん『我が友、スミス』 

選考委員代表 奥泉光さん

講評 奥泉光さん 
 本年は例年以上に水準の高い、素晴らしい作品が集まったと感じました。その中でも受賞作、そして佳作の二作品はいずれも強烈なインパクトがあり、傑作と呼んで然るべき二本だと思います。 
 まず永井みみさんの『ミシンと金魚』、これは新たな老人小説ともいうべきもので、老女が一人称で取り止めもなく語る、その語り口が大きな魅力です。ただこれは技術的にはとても難しい。ともすれば独りよがりになってしまいかねない手法ですが、永井さんは非常に丁寧に書き上げられました。細部を積み重ねながら堅固に構築していく、確かな筆力を感じました。 
 そして石田夏穂さんの『我が友、スミス』、こちらも突出した個性を持つ作品です。語りはシンプルでリズミカルに読ませるスタイルですが、女性ボディビルダーが一体どういうものなのか、情報が非常に的確に記されている。世間一般に流通する女性像から逃れたいという思いで飛び込んだボディビルの世界でも、“女性らしさ”を求められるというアイロニー。とても惹き込まれました。 
 今日お会いしたお二人の佇まいや雰囲気から、これからも良い作品を生み出してくださるだろうという思いがより大きく膨らみました。ご活躍を期待しております。 

受賞者挨拶 永井みみさん 

 まだ受賞の実感がなく、この賞が私に与えられたものではないようにふわふわとしています。主人公の老女を頭の中で形作りながら書いていたとき、新型コロナウィルスに感染しました。死の淵を彷徨さまよう経験のなか、死にゆく人をどこか高い位置から見ていた自分に気がつき、主人公のカケイさんに対して申し訳なさが込み上げました。退院してからさらに改稿を重ね、ようやく書き上げることができました。最後は、私ではない何か、登場人物の力が書かせてくれたように思います。この気持ちを忘れず書き続けたいと思います。 

受賞者挨拶 石田夏穂さん 

 この度は身に余る賞をいただき、誠にありがとうございます。非常に趣味に走った内容で、書き終わった時は自分が楽しかっただけだなと感じましたが、多くの人に読んでいただけたら、これほど嬉しいことはありません。私自身は、ボディ・ビルはやったことがないのですが、書いている最中に甘いものを際限なく食べることに罪悪感を覚えたり、ストイックな登場人物たちに感化されながら書いたように思います。今後も頑張りますので、よろしくお願いいたします。 

第34回 小説すばる新人賞 

受賞作    永原皓さん『コーリング・ユー』 

選考委員代表 村山由佳さん 

講評 村山由佳さん 
 今回も小説すばる新人賞には、1,345編という非常に多くの応募が寄せられました。その中でも私は、最初からこの作品をと思って選考会に臨みました。賢く逞しいシャチとそれを利用しようとする人、守ろうとする人。この壮大な物語に選考でありながら深く没入しながら読み入ってしまいました。欠点がないわけではない。でもこの勢いと、これはこの人にしか書けないという個性。伏線の張り巡らせ方や目配り、会話のセンスの良さも特筆すべきところだと思います。キャラクターの書き分けもしっかりしていて読んでいて心地よい。海の青や空の赤、吹き渡る風、自然の躍動。一読して書きたい世界をきっちり書き切ることのできる方だと確信しました。 
 どんどん書いてください! 選考委員一同、心から期待しております。 

受賞者挨拶 永原皓さん 

 この栄えある賞をいただくにあたり、関わってくださったすべての方にお礼を申し上げます。この七月に編集部の方から最終選考に残りましたというお電話をいただき、当時は在宅勤務中でしたが、思わずリビングのソファに座り込んだことを覚えています。まったく予期しない最終選考、そして受賞でした。1,345編という応募作の一つ一つに注がれた労力、込められたはずの願いのことなどを考えますと、望外の喜びであるこの度の受賞においても、あなたはこの先もずっと謙虚で、そして勇敢であらねばならないと教えられているように思います。この機会に対して、少なくとも自分にとっての精一杯の誠実さをもってこれから向き合っていかなければならないと考えております。一人でも多くの方に少しでも楽しんでいただけたら幸せです。 

第19回 開高健ノンフィクション賞 

受賞作    平井美帆さん『ソ連兵へ差し出された娘たち』 

選考委員代表 田中優子さん 

講評 田中優子さん 
 「今まさに、直面している」という題でこの作品の選評を書きました。ここに書かれている女性たちの悲劇は戦時中の話ではありますが、そうは思えなかった。現代でも非常にたくさんの非正規の女性が職を失ったり、家を失ったり、あるいは命を失っている方もいる。コロナウィルスのせいではない。社会の中で女性が置かれてきた状況、抱えている問題は現代にも通じるところが大いにあります。敗戦という極限状態の中で生贄として犠牲になり、その後の人生でも蔑視され虐げられてきた様を、平井さんは被害者の女性たちから丁寧に聞き取りをして執筆なさいました。でも果たしてそれは異常な状況で起きた仕方のない事件なのか。歴史の1ページとして忘れるのではなく、改めて知ることで現代社会に対しても問題提起となる、とても重要なテーマだと思います。この作品に挑んだ平井美帆さんの勇気に大きな敬意を表します。改めまして、受賞おめでとうございました。 

受賞者挨拶 平井美帆さん 

 この贈賞式の会場にタクシーで向かう途中、今作の取材対象者の一人である、九十三歳の玲子さんという女性に電話をかけました。玲子さんは取材の際にも全面的に私を信頼してくださって、ずっと抱えてきた自分の悔しさや言葉にできないやるせなさをあなたに託すと言ってくださった方です。雑談も含めて多くの時間を彼女との会話に費やして、二人三脚でやってきたように感じています。この作品が完成して、彼女が生きている間にこの賞と共に渡せることができて、本当によかったと思います。私は玲子さんや彼女と同じように、つらさや苦しさを抱えた名もなき多くの女性たちの無念さを、妥協なく書きたいと思ってやってきました。本当にありがとうございました。