
2025年3月5日発売の新刊から、冒頭の10章を特別集中連載! 『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』の著者が忙しい現代人へおくる、優しい読書エッセイです。
01:ベストセラーを読む
2024年12月26日
おすすめの本を教えてほしいと言われることがけっこうある。そういうときはまず、あれこれ質問してみる。これまで読んだ中で一番おもしろかったのはどの本ですか? 最近読んだ本は? どこが良かったですか? どこがイマイチでしたか? ひと月に何冊くらい読みますか? 小説が好きですか、エッセイが好きですか? 好きな作家は?
相手がこれまでどういう本を読んできた人かわからないのに、その人にぴったりの良書を薦めるなんて、どんなに難しいか! わたしの好きな本を相手も気に入ってくれたらそれ以上幸せなことはない。でも、わたしが良いと思って薦めた本を部屋の隅に転がしたまま見向きもしない友人も何人かいたので、その幸せを期待できそうかどうか、まずは状況を見極めることにしている。けれど、もし、わたしの質問にあいまいな答えしか返ってこなかったら? そのときは、ズバリこう言うしかない。「ベストセラーの中から一冊選んでみてください!」
ベストセラーの最大の利点は大衆性だ。本によって、テーマや深み、雰囲気、著者の筆力は異なるけれど、大衆の目線で物語を引っ張っていく力がある。そのため、読書を始めたばかりの人にもとっつきやすい(超ベストセラーのマイケル・サンデル著『これからの「正義」の話をしよう:いまを生き延びるための哲学』のように、最後まで読み通した人がめったにいない難しい本もあるが、それこそ「めったにない」ケースだ)。
二〇一五年から一六年まで韓国でもっとも多くの人に読まれた本は、岸見一郎と古賀史健の共著『嫌われる勇気:自己啓発の源流「アドラー」の教え』だ。生きるのがつらいと自暴自棄のように訴える青年と、その青年をやんわり覚醒させる哲学者(哲人)の対話からなる本だ。個人心理学の創始者アルフレッド・アドラーの思想をもとにしている。
心理学と哲学が絶妙にマッチしたこの本は、驚くほどするする読める。万事に敏感な青年と、悟りの境地に達したかのごとく悠然とした哲学者との対話を読んでみると、アルフレッド・アドラーの考えがすんなり理解できる。「ああ、オーストリア生まれのこの哲学者は、わたしたちが完全に自立することを願っていたんだな。自由に、幸せに生きることを願っていたんだな。より良い人生のためにわたしたちに必要なのは勇気なんだな!」
この本は、過去を後悔し未来を不安に思うあまり、つい忘れてしまいがちな「いま、この瞬間」の大切さを説いている。
哲人 そして、刹那としての「いま、ここ」を真剣に踊り、真剣に生きましょう。過去も見ないし、未来も見ない。完結した刹那を、ダンスするように生きるのです。誰かと競争する必要もなく、目的地もいりません。踊っていれば、どこかにたどり着くでしょう。
青年 誰も知らない「どこか」に!
本を読むとき、わたしはよく、ある種の共同体を想像する。本を読んだ大勢の人たちの「種」が創り出す、とびきり楽しくて多彩な共同体を。『嫌われる勇気』を読んだ人たちの種が育っていけば、「いま、ここで」ダンスをしながら人生を満喫する人でいっぱいの共同体になるのではないだろうか。
本を読みたいけれど自分がどんな本が好きなのかまだよくわからない、そんなとき、まずは、多くの人に読まれている本を参考にすることをお勧めする。ベストセラーの中から、自分の気持ちをわかってくれそうな本や、普段から自分が関心を持っていることをテーマとした本、忙しいときでも数ページずつ軽く読めるような本を選べばよい。そうやって読みつづけていると自分の好みがはっきりしてきて、もうベストセラーだという理由で読んだり読まなかったりといったことはなくなるだろう。自分の好みに合う本を探して書店の隅々にまで手を伸ばすようになるはずだから。
※本記事は、3月5日発売予定『毎日読みます』の校正刷りから一部を抜粋した試し読み版です。実際に刊行される内容とは異なる部分がございます。
※※本書に登場する書籍の引用箇所については、原書が日本語の書籍のものは当該作品の本文をそのまま引用し、それ以外の国の書籍については、訳者があらたに訳出しています。また、作品タイトルについて、原則として邦訳が確認できたものはそれに従い、複数の表記がある場合は一つを選択しています。
プロフィール
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ファン・ボルム (황보름)
小説家、エッセイスト。大学でコンピューター工学を専攻し、LG電子にソフトウェア開発者として勤務した。
転職を繰り返しながらも、「毎日読み、書く人間」としてのアイデンティティーを保っている。
著書として、エッセイは『毎日読みます』(牧野美加訳、集英社)のほか、『生まれて初めてのキックボクシング』、『このくらいの距離がちょうどいい』がある(いずれも未邦訳)。
また、初の長篇小説『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』(牧野美加訳、集英社)が日本で2024年本屋大賞翻訳小説部門第1位を受賞した。
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牧野 美加 (まきの・みか)
1968年、大阪生まれ。釜慶大学言語教育院で韓国語を学んだ後、新聞記事や広報誌の翻訳に携わる。
第1回「日本語で読みたい韓国の本 翻訳コンクール」最優秀賞受賞。
ファン・ボルム『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』(集英社)のほか、チャン・リュジン『仕事の喜びと哀しみ』(クオン)、ジェヨン『書籍修繕という仕事:刻まれた記憶、思い出、物語の守り手として生きる』(原書房)、キム・ウォニョンほか『日常の言葉たち:似ているようで違うわたしたちの物語の幕を開ける16の単語』(葉々社)、イ・ジュヘ『その猫の名前は長い』(里山社)など訳書多数。
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