
作家・寺地はるなさんによるエッセイ連載。食べて眠って働いて……日々をやりくりしている全ての人に贈る、毎日がちょっと愉しく、ちょっと愛おしくなる生活エッセイです。
第12回:誰ともシェアしない
2025年02月28日
手帳が好きだ。各メーカーからさまざまなタイプのものが発売されているので、あれこれためしてみたくなる。
去年は気づけば五冊ぐらい並行して使っていた。今年はぐっとこらえて、二冊にとどめている。スケジュール管理のための一冊、体調やその日の仕事内容などを記録するために一冊、という使い分けになっている。
よく原稿のスケジュールはどうやって管理されているのですか、と問われるのだが、私はまず年間の予定をつくる。三百枚の書下ろしならばそれをおよそ五十枚ずつにわけて、この月にこの回を書く、というような具合に割り振っていく。
複数の原稿を同時進行しているため、この月のこの週に書く、という原稿を決める。第一週はA社の連載、第二週はB社の書下ろし、第三週はC社のエッセイ、という具合だ。
この予定通りに書ければ最高なのだが、もちろんそんなに順調にはいかない。ほぼ毎月、年間スケジュールを書き換えている。
こうしたものとはべつに、常に携帯しているノートというものがある。家の中にいる時はテーブルの上にひろげっぱなしにしておいて、思い浮かんだことをすぐ書きとめている。
小説のアイデアもあれば、「おふろ洗剤」「しょうゆ」というような、消耗品購入のためのメモもある。混沌としていて、私の頭の中そのものだ。
このノートのことは、ひとりツイッターと呼んでいる。本家ツイッターはXという名になってしまったが、こちらはツイッターのままだ。
生きていると、「ウワーこれはおもろい、(腹立つわ)SNSに書いたろ」と思うできごとに遭遇する。だがいったんこのひとりツイッターに書いてから数分後に読み返すと、九割がた「全世界に発信するほどのことでもないな」と思うような内容なのだった。ちなみにひとりツイッターのいちばんの利点は、炎上しないところだ。
SNS上の言葉は、とても容易に他人とシェアすることができる。そのせいでデマや誤情報が広まってとんでもないことになることもあるが、誰かの言葉に救われることも多い。それは価値観を一変させるような名言でも、いたわりに満ちた言葉でもなくて、「おなかすいた」や「今日は疲れた」というような、なにげないひとことだったりする。今日もどこかで誰かが生きている、それだけでもうすこしがんばってみようかな、と思える。すくなくとも私はそうだ。
だから私は、SNS的なものがわりあい好きなのだと思う。でもやっぱり、ひとりツイッターも好きだ。好きというか、大切だ。
誰ともシェアしない自分だけの言葉を持つことに意味がある。きれいな言葉じゃなくていい。人に読まれる前提の言葉には作為が混じる。ひっそりと積み上げた言葉はきっと自分の芯になると信じているから、私は今日もノートに言葉を綴る。
そんなひとりツイッターだが、中には意味不明なものもたくさんある。その時は重要な意味があると思って書き留めたのだろうが、読み返すとわけがわからない。今日はそのうちのひとつを紹介したい。
・あんなやつ靴下はくたびズボンのすそにはさまってズボンがモンペみたいになればいいのに
誰かに腹を立てて書いたのだろうが、それが誰なのか、もう思い出せない。そしてこんなことをSNSに書かなくてよかったと思うのだが、結局このエッセイに書いてしまったので意味がない。
プロフィール
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寺地 はるな (てらち・はるな)
1977年佐賀県生まれ、大阪府在住。2014年『ビオレタ』でポプラ社小説新人賞を受賞しデビュー。2021年『水を縫う』で河合隼雄物語賞受賞、2023年『川のほとりに立つ者は』で本屋大賞9位入賞、2024年『ほたるいしマジカルランド』で大阪ほんま本大賞受賞。『大人は泣かないと思っていた』『こまどりたちが歌うなら』『いつか月夜』『雫』など著書多数。
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