
作家・寺地はるなさんによるエッセイ連載。食べて眠って働いて……日々をやりくりしている全ての人に贈る、毎日がちょっと愉しく、ちょっと愛おしくなる生活エッセイです。
第3回:理由なき(三分間の)反抗
2024年12月20日
南部鉄瓶を買った。理由は、鉄分を摂取する必要があるからだ。
先日献血に行ったら、「血が薄い」という理由で献血ができなかった。鉄分をしっかり摂ってからまた来てくださいね、と言われ「鉄分 どうやって」「鉄分 摂取 効率よく」などのキーワードで検索をしたところ、「毎朝鉄瓶で沸かした白湯を飲む」という方法にたどりついたのだ。鉄瓶から、なんかいい感じに溶け出すらしい。鉄分が。
さらに白湯のつくりかたを調べてみると、水道水に含まれるカルキを除去するために、しばらく蓋を開けたまま沸騰させ続ける必要があるという。さらにインターネットでさまざまなサイトをめぐったところ(私は周囲に悩みを相談できる友人が少ないので、すぐインターネットに頼る)、サイトによって書いてあることがまちまちでとても困っている。
沸騰させる時間は五分間でじゅうぶんという人もいればぜったいに二十分間でなければならないという人もいる。二十分。長い。電気代がかかる。毎朝台所が湯気によってサウナみたいな状態になる。私が住んでいるマンションは気密性が高く、湿度が高いとすぐ襖の紙が浮きあがり波打ってヨレヨレになるのだが、二十分間と主張する人は、そのあたりの事情をどう考えてんの? どうせなんにも考えてくれてないのと違う? ほんまにアンタはちっちゃい頃からなんも変わってへんな! 親の気ィも知らんと……とネチネチ文句を言いたくなるが、二十分間の人もお母さん気取りの赤の他人にそんなことを言われても迷惑だろう。
文句を言うぐらいなら五分間を採用すればよいのだが、今度は持ち前の疑り深さが顔を出し、ほんとに五分でいいの? ちゃんと鉄分含まれてるんでしょうね? どうして黙っているの? ママに言えないようなことなの? なんとかおっしゃい! などとやっぱりお母さん気取りで確認しそうになる。
その結果、毎朝十七分間というじつに中途半端な時間で火を止めている。理由なき三分間の反抗。しかし朝の三分間の差は大きい。なんせこちらは弁当のおかずもつくらなければならないし、襖のことも守りたい。ちなみにこの「守りたい」は愛の告白ではない。もちろん襖のことは大切に思っているが結婚を前提に交際するとかそういうのはちょっと考えられないのだ。
鉄瓶で沸かした白湯を、ほんとうは庭の草花などを眺めながらのんびり飲み一日の予定などをたてたいところだが、あいにくいつもギリギリの時間に起きるため、大急ぎで弁当をつめる合間に飲むことになる。
弁当は夫に持たせるものと、自分用のふたつだ。
私は自宅で仕事をしているのでいちいち弁当箱につめる必要はないのだが「夫の弁当用につくったおかずの残りを食べている」と「自分のために用意した弁当を食べている」では気分がまったく違う。原稿をせっせと書き、お腹が空いたら蓋をパカッと開けるだけで食べはじめることができる、その手軽さもいい。
公立中学に通っている息子には給食があるが、高校生になったら学校に弁当を持っていくことになるのかもしれない。
私も高校生の頃、母にお弁当をつくってもらっていた。
ある時、弁当箱を開けたら前日のおでんの具がミッチリ入っており、おでんの汁でご飯がビシャビシャになっていた。しかもちくわやたまごならまだしも、よりによって大根だった。大根。蓋を開けた瞬間の匂いを今も忘れない。
帰るなり文句を言ったら母は「じゃあ自分でつくりなさい」と、ものすごく怒った。だからその後しばらく自分でお弁当をつくっていた。たまごやきを焼けば焦がすし、おにぎりを握れば塩気が足りない。自分でつくった弁当は泣きたくなるほどまずかった。
その後、母に謝罪してふたたびお弁当をつくってもらうようになるのだが、冬になると、またおでんが入っていたらどうしようと気が気ではなかった。
お弁当にはうれしい思い出よりもそういうちょっと悲しかったり恥ずかしかったりする思い出のほうがずっと多くて、ひとつひとつ挙げていくとそれだけで本一冊分になってしまいそうなのでこのへんにしておいて、最近お弁当とおかずで好評だった「枝豆のおかか和え」の話をしたい。むき枝豆(冷凍でOK)を鰹節で和えるだけなのだが、手軽だし彩りもよいし、なにより水分がすくないのでご飯をビシャビシャにせずに済む。いっけね、油断するとまたすぐおでん弁当の話に戻っちゃう。
プロフィール
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寺地 はるな (てらち・はるな)
1977年佐賀県生まれ、大阪府在住。2014年『ビオレタ』でポプラ社小説新人賞を受賞しデビュー。2021年『水を縫う』で河合隼雄物語賞受賞、2023年『川のほとりに立つ者は』で本屋大賞9位入賞、2024年『ほたるいしマジカルランド』で大阪ほんま本大賞受賞。『大人は泣かないと思っていた』『こまどりたちが歌うなら』『いつか月夜』『雫』など著書多数。
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