作家・寺地はるなさんによるエッセイ連載。食べて眠って働いて……日々をやりくりしている全ての人に贈る、毎日がちょっと愉しく、ちょっと愛おしくなる生活エッセイです。
第5回:ハンカチワンダーランド
2025年01月10日
ハンカチが好きだ。実用品だがさまざまな色や柄があって、コレクションしてもそんなに場所を取らないし、人形のお洋服に加工することもできる。
そんな私だが、長い間タオルハンカチというものの存在意義が理解できなかった。タオルとして使うには小さいし、通常のハンカチより厚みがあるからポケットに入れると服に謎のボコンとしたふくらみが出現する。だから自分で買ったことがなかったのだが、数年前に人からいただいたものを使ってみたら、けっこうよかった。だってね、大人になるとタオルハンカチに頼りたい局面ってあるじゃない? 冷や汗がとまらない日とか、さ!
私の母はタオルの使いまわしが許せない人で、洗面所のタオル掛けにかかっているタオルは誰かが一度使うと即交換されるシステムになっていた。母は昔、嫁ぎ先で「あらー、母子さんはタオルばティッシュのごて使わすとねえ(母子さんはタオルをティッシュのごとくお使いになるのですね)」と言われたらしい。
母は「そがん言われてん、どがんしても好かんけんしょんなか(そう言われても、どうしても嫌なので、しかたがないですよね)」とかなんとか言いながら、やっぱりタオルを新しいものに交換していた。私はイヤミを言われた母に同情しつつも、一度手を拭いただけのタオルを容赦なく洗濯機にインする姿に「いやしかし、ティッシュのように使う、とは言い得て妙だな……」と納得したのだった。
私は母ほどにはタオルの使いまわしは気にならないと思っていたのだが、いざ家庭を持ってみるとやはり一日数回洗面所のタオルを交換している。洗濯物を干していると夫がよく「うちは美容院か?」と言うので、たぶん一般家庭の平均以上にタオルを交換しているのだろう。
古びたタオルは雑巾になる。わざわざ縫い合わせたりはしない。小さく切って、拭き掃除に使っている。拭き掃除といってもそんな大掛かりなものではなく、汚れを発見した時にそこだけを拭く、という程度のことだ。
私は生活のすべてにおいて不器用なので、歯磨きをすれば歯磨き粉をあちこちに飛ばすし、料理をすれば調味料を飛び散らす。汚れを発見した瞬間に即拭いておけば、大惨事にはならない。それはわかっているのだが、わざわざ雑巾を取りにいかなければならないとなると面倒になり、ついあとまわしにしてしまいがちだ。だから家の中のあちこちに、小さく切ったタオルや手ぬぐいを置いておく。むき出しだと「ん? ゴミかな?」という印象になるので、くるくるっと巻いて、かわいいカゴに入れるとよい。近眼の人なら「あっ小籠包かな?」と勘違いする程度には見栄えが良くなる。
いまやほとんどの人がそうしているだろうと思うのだが、汚れを拭きとったら雑巾は再利用せず捨てる。それこそティッシュのごとくだ。そのほうが衛生的だから、というのが使い捨てる理由だが、公立の小中学校ではいまだに新学期ごとに雑巾(タオルを四つ折りにしてぎっちり縫い合わせてあるもの)を用意させ、それを繰り返し使うというやりかたが採用されている。たまに会議などで学校に行くと廊下に真っ黒な雑巾が干してあったりして、ヒイッとなる。
あれで拭いてほんとうにきれいになっているのだろうか。でも、使い捨ての雑巾を使っている我が家だって、どこまできれいになっているかはあやしいものだ。世界は菌とか汚れとかにまみれていて、人間はどうしたってその中で生きていくしかない。自分のやりかたがいちばん正しいとか、自分だけは清潔だとか、そんなことはけっして言えやしない。
タオルまわりのことになると母譲りのこだわりを発揮する私は、けれども一般的に雑菌まみれであると言われるスマートフォンには平気で毎日べたべた触っている。だからもう、雑菌は友だちみたいなものなのかもしれない。
雑菌が友だち。ハンカチっていいよねというエッセイを思うままに綴っていたらこんな結論にたどりついてしまい、自分でもびっくりしている。そうだったのか……。
プロフィール
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寺地 はるな (てらち・はるな)
1977年佐賀県生まれ、大阪府在住。2014年『ビオレタ』でポプラ社小説新人賞を受賞しデビュー。2021年『水を縫う』で河合隼雄物語賞受賞、2023年『川のほとりに立つ者は』で本屋大賞9位入賞、2024年『ほたるいしマジカルランド』で大阪ほんま本大賞受賞。『大人は泣かないと思っていた』『こまどりたちが歌うなら』『いつか月夜』『雫』など著書多数。
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