
作家・寺地はるなさんによるエッセイ連載。食べて眠って働いて……日々をやりくりしている全ての人に贈る、毎日がちょっと愉しく、ちょっと愛おしくなる生活エッセイです。
第6回:カチューシャ問題
2025年01月17日
カチューシャ問題というものがある。テーマパークなどで売られている、立体的なぬいぐるみや動物の耳みたいなものがついている、あのカチューシャのことである。
以前『ほたるいしマジカルランド』という、昔ながらの遊園地を舞台にした小説を書いたせいか、周囲の人にテーマパーク嫌いの遊園地原理主義者と思われているふしがある。「寺地さんの前で言いにくいんですけどこのあいだディズニー行ってきて……」とか言われて。いや、行きなさいよ自由に。
実際のところ、私はテーマパークも遊園地もどちらも好きだ。大阪にはユニバーサル・スタジオ・ジャパンというテーマパークがある。私は、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンの年間パスポートを所有している。
さきほどからユニバーサル・スタジオ・ジャパン、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンと略称を用いずに長い正式名称で呼ぶのには理由がある。けしてエッセイの文字数をかせぐためではない。
以前はUSJと呼んでいた。大阪外に住んでいた頃である。うっかりUFJと言いまちがえて周囲の人に「ははは、お金を出し入れし放題のテーマパークですか?」なんて弄られたのもなつかしき思い出。しかし大阪に移り住んでしばらくして、気がついたのである。周囲の人びとがUSJのことを「ユニバ」と呼んでいることに……。
そうか、大阪ではユニバって呼ぶんだな、と理解したが、いまだになじめない。スッと口に出せない。そういえばマクドナルドのことも昔はマックと呼んでいたのに、当時の恋人(現在の夫)に「は? マクドやろ?」と訂正された。
なんと彼は「次マックって言うたら淀川に投げこむで」とまで言ったのだった。もしかしたら淀川じゃなくて寝屋川だったかもしれないけど、言われた場所が橋の上だったことは鮮明に覚えている。しかしどうしても「マクド」と呼べない。しかたなくマクドナルドと呼ぶようになった。
USJ、という略称が他人に通じなくなったわけではない。だがお若い人と話していると一瞬「ん?」という顔をされる。会話にへんな間が生まれる。折衷案としてのユニバーサル・スタジオ・ジャパン呼びだ。
そんなことはどうでもよくて、そろそろカチューシャ問題に話を戻したい。
おもにテーマパークの入り口付近で売られている、あのカチューシャの話だ。老いも若きも身につけている。帽子になっているタイプもある。帽子というかもう着ぐるみの頭部ぐらいのボリュームのやつまである。
あれをつけてユニバーサル・スタジオ・ジャパンを闊歩している人を見ると、楽しそうでいいなあ、と思う。しかし私はどうしても、あれを身につけることができない。どう考えても自分のために売られているものではないような気がしてしまうからだ。
カチューシャ(あるいは帽子)を着用している人としていない人とでは、あきらかに前者のほうがユニバーサル・スタジオ・ジャパンを満喫しているように思われる。楽しい場所に来て楽しい時間を過ごしています! という感情を、全身で表現しているように見えるのだ。
それにひきかえ私はなんと中途半端なことか……だから作家としてもいつまでもぱっとしないんじゃないのかしら……などとアトラクションに乗っている最中に考えはじめる。きっとマリオもハリー・ポッターも、もしかしたらジョーズのサメも「今じゃないだろ」って言う。
ここまで読んで、「じゃあさっさと買えばいいじゃねえかよ、つけたらいいだろうがよカチューシャをよ」と苛立った人もいるだろう。私も書きながら「じゃあさっさと(以下同文)」って思いましたもんね。
でもいざ売り場に行くとやっぱり「違うな……」となってしまうのだ。
おそらく、よほどのことがなければ今後もカチューシャを着用することはないだろう。よほどの、というのはたとえば、カチューシャ王国の姫かなにかが空から落ちてきて、うっかりその姫を保護しちゃって、「寺地! 我が王国の危機なのです。お願い、このカチューシャをつけて!」と懇願されるような事態である。王国の危機なら、私だってそんな、内省している場合じゃないですからね、いくらでもつけますよカチューシャをね。
プロフィール
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寺地 はるな (てらち・はるな)
1977年佐賀県生まれ、大阪府在住。2014年『ビオレタ』でポプラ社小説新人賞を受賞しデビュー。2021年『水を縫う』で河合隼雄物語賞受賞、2023年『川のほとりに立つ者は』で本屋大賞9位入賞、2024年『ほたるいしマジカルランド』で大阪ほんま本大賞受賞。『大人は泣かないと思っていた』『こまどりたちが歌うなら』『いつか月夜』『雫』など著書多数。
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