恥ずかしい時、悔しい時、モヤモヤする時……思わずネガティブな気持ちになったときこそ、読書で心をやすらげてみませんか? あの人・この人に聞いてみた、落ち込んだ時のためのブックガイド・エッセイです。
第1回:自分のダメさを痛感した時
案内人 穂村弘さん
2021年10月15日
「自分のダメさを痛感した時」にお薦めしたい本、というテーマをもらった。最初に思い浮かんだのは、『交通事故で頭を強打したらどうなるか?』(大和ハジメ、KADOKAWA)という漫画だった。作者の実体験に基づいた本書の内容は、もちろん「ダメ」などというレベルの話ではない。命に関わる非常事態に叩き込まれた人間の姿に目が釘付けになる。そして、自分だってがんばれるはず、と思うのだ。
母「ここは外国じゃなくて日本の病院だよ?」
私「ああそうだね」
母「でも住んでるところは覚えてたね、良かった!」
私「ああそうだね」
母「ねえ……ねえ、何か食べたいものはある?」
私「さかな!」
思わずくすっとなりかけて、戦慄する。会話の内容というよりも、それ以前に「私」のトーンが決定的にズレているのだ。実は本人はかなりのあいだ無意識状態だったらしい。そこから脱することができても「私」はもう元通りの自分には戻れない。では、どうすればいいのか。
この変化した脳を――
おかしな頭を――
プラスに働かせることはできないのだろうか?
あるのだろうか? そんなものが
――あるとすれば――
「人と違う」という要素が欠点にならないようなこと?
その発想から生まれた行為は、やがて一人の革命のような色合いを帯びてゆく。
もう一冊は、迷ったけど『愛と名誉のために』(ロバート・B・パーカー、菊池光訳、ハヤカワ・ミステリ文庫)はどうだろう。
時折、誰かが、汚い顔を涙が伝い、衣類は泥がこびりつき破れていて前かがみに膝をがくがくさせてゆっくり歩いている私を見る。みんな、必ず目をそむける。
「ダメ」のどん底に落ちた主人公が、或る瞬間に一念発起して自分を立て直そうとする物語だ。その長い道のりが具体的に描かれている。最初の一歩はまず嘔吐、それから彼は目の前の海に飛び込んで砂で全身を擦った。今から生まれ変わるのだ、という思いの強さが伝わってくる。
プロフィール
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穂村 弘 (ほむら・ひろし)
1962年札幌市生まれ。歌人。90年に歌集『シンジケート』でデビュー以降、短歌、評論、エッセイ、絵本翻訳など幅広く活躍。2008年『短歌の友人』で第19回伊藤整文学賞、「楽しい一日」で第44回短歌研究賞を受賞。17年『鳥肌が』で第33回講談社エッセイ賞を受賞。18年『水中翼船炎上中』で第23回若山牧水賞を受賞。歌集『ドライ ドライ アイス』『ラインマーカーズ』、詩集『求愛瞳孔反射』、エッセイ集『世界音痴』『本当はちがうんだ日記』『野良猫を尊敬した日』など、著書多数。
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