恥ずかしい時、悔しい時、モヤモヤする時……思わずネガティブな気持ちになったときこそ、読書で心をやすらげてみませんか? あの人・この人に聞いてみた、落ち込んだ時のためのブックガイド・エッセイです。
第10回:漏らしてしまった時
案内人 頭木弘樹さん
2022年06月15日
大便を漏らしてしまった体験を本に書いて以来、いろんな人から「じつは私も……」とこっそり告白されるようになった。
道行く人たちはみんな、「大便や小便を漏らすなんてありえません」という顔をしている。しかし、本当のところはどうなのだろうと、かねがね思っていた。
やっぱり、けっこうたくさんいるんだなあと、ほっとした。告白してくれた人たちとは不思議な心の絆が生まれる。“漏らすかなしみ”を知っている仲間だ。かなしみは人と人をつなぐ。
それなのに、なぜみんな、こんなに隠すのだろう。もっとみんなで「わたしも」「おれも」と言い合えたらいいのに。
そう思っていたとき、星野源さんのエッセイを読んでびっくりした。
『そして生活はつづく』(文春文庫)の中の「はらいたはつづく」というエッセイだ。
私でさえ、漏らした体験を書くのはすごく抵抗があった。それなのに、あの星野源さんが「あなたは、自分の便がついてるパンツを洗うときの切なさを知っているか」と書いてくれているのだ。
星野源さんは、シンガーソングライターとして5大ドームツアーを大成功させ、俳優として映画やドラマを大ヒットさせ、大人気の女優さんと結婚するという、中学生の妄想のようなことをすべてかなえている人だ。
漏らしたときに、「あの星野源だって……」と思えることは、どれほど多くの人の救いになることか。

星野源/著 (文春文庫)
もう1冊、紹介したいのは、『一年一組せんせいあのね』(理論社)。
タイトル通り、小学一年生の詩が集めてある。これがなんともいいのだ。
ある女の子の詩の一部を引用してみよう。
「おんがくかい」かわもと かずこ
こんめいうまのうたをうたってるとき
しっこがしたくなった
せんせいにいおうとおもったけど
ぎょうさんおかあさんがみてるから
いわれへん
ふたつめの
おおきなふるどけいのうたを
うたっとったら
とうとう しっこがちびてもうた
くつまでぬれてしもうた
(中略)
もう うたわれんようになった
かずこはうたわんかった
だれもみえんようになってしもうた
おわりまでうたわんと
じっと たっとった
なんたる、せつなさ……。「だれもみえんようになってしもうた」ところまで読むと、いつも泣いてしまう。漏らすことは、お笑いでも、恥でもない。生きるかなしみだ。
人前で漏らして以来、私は心のどこかにずっと、もやもやした晴れないものがあったのだが、この詩を読んで涙し、その一部だけでも成仏してくれたような気がしたものだ。

鹿島和夫/編・写真 灰谷健次郎/対談 (理論社)
プロフィール
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頭木 弘樹 (かしらぎ・ひろき)
文学紹介者。二十歳で難病になり、十三年間の闘病生活を送る。そのときにカフカの言葉が救いとなった経験から『絶望名人カフカの人生論』(新潮文庫)を出版。他の著書に『食べることと出すこと』(医学書院)、『落語を聴いてみたけど面白くなかった人へ』(ちくま文庫)、『ミステリー・カット版 カラマーゾフの兄弟』(春秋社)、アンソロジー『ひきこもり図書館』(毎日新聞出版)など。NHK「ラジオ深夜便」の『絶望名言』のコーナーに出演中。
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小路幸也
事件、謎、出会い、別れ、新たな命あり。堀田家は、いつもバタバタ。まだまだ続くよ、シリーズ第21弾。