 
                  内容紹介
ハウスクリーニングサービスで働く高岡紅は、丁寧な仕事と気配りで依頼人からリピート指名が入るほど信頼を得ていた。だが、入社当時からさほど変わらぬ待遇や問題の多い部下に腐心する日々に疑問を抱いていた。そんな折、10代から水商売で身を立てた母・奈津子から独立を促され起業を決意する。仕事は軌道に乗り、リピート客である船場薫の強い勧めで新事業「開運お掃除サービス」を立ち上げる。薫の仕掛けで紅のブログがインフルエンサーの目に留まり、書籍化も決定。初セミナーも大成功を納め、カリスマ指導者として一躍時の人となった。そんなある日、紅のメソッドを曲解した一部の会員の行動がSNSで批判され大炎上。窮地に追い込まれた紅は起死回生を試みるのだが……。承認欲求と自己啓発の闇を撃つ問題作。
プロフィール
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    香月夕花 (かつき・ゆか) 1973年、大阪府生まれ。東京都在住。京都大学工学部卒業。2013年「水にたつ人」で第93回オール讀物新人賞を受賞。2016年「Anchor Me」が第23回松本清張賞の最終候補に。著書に『やわらかな足で人魚は』(『水に立つ人』を改題)『永遠の詩』『昨日壊れはじめた世界で』『見えない星に耳を澄ませて』がある。 
エッセイ
嘘を渇望する人々
香月夕花
 どんな人の人生も可能性に満ちている――そんな空約束をあてにしなくなったのは、いつのことだったろう。
 当人の資質だとか、育つ環境だとか、生きる上でとても大切なのに生まれたときに決まってしまう動かしがたいもので、誰もががんじがらめだ。賢い人そうでない人、丈夫な人弱い人、陽気な人静かな人、背が高かったり低かったり、足が速かったり遅かったり。心も身体も、無数のバリエーションで人は生まれてくる。
 とはいえ、訳も分からず放り込まれたこの世界は、「かくあるべし」の規範にあふれて窮屈だ。はみ出したり零れ落ちたりしながら、それでも人は懸命に生きようとする。
 不利でも大変でも諦めずに闘え、みんなそうしているのだから。そんな声が見物席から降ってくる。でもそれは決して簡単なことじゃない。他人が背負った荷の重さを、人はわざわざ推し量ろうとしないものだ。だから潰れてしまった誰かのことを、自己責任だ、と恐ろしく軽い言葉ではやし立てたりもする。
 仮にあなたが、自分の身体より大きなリュックサックを背負って、ぺしゃんこにされる恐怖と闘いながら、ひとりで坂道を登っているとして。
 ふらつくあなたの傍らに、突然、優しそうな誰かが現れ、「私の言うとおりにすれば、その荷物は消える。あなたは別人になって、今日とは全く違う、素晴らしい明日を手にできる」と語りかけたなら。
 あなたはそれを無視できるだろうか。助けて下さい、と飛びつかずにいられるだろうか。その言葉が噓だと分かっていても、なけなしの希望を買うためなら、大金だって払ってしまうかもしれない。
 そんな詐欺まがいの甘い声が、ちまたには溢れている。言うとおりにすれば仕事が手に入る、結婚できる、困難が去る、辛い心が救われる、等々。様々なエサをちらつかせて、彼らは重荷によろめく者達の渇望につけ込み、対価を得ようとする。
 甘い言葉を仕掛ける側は、一体何を考えているのだろう? 彼らの狙いは、本当にお金だけなのだろうか。
 それを知りたくて、信じさせることを生業とする人々に取材を試みた。対象は、名の通った宗教団体の責任者から、一時間数万円で知りたいことをなんでも当ててみせると主張するエキセントリックな業者まで、様々だ。
 意外なことに、彼らに共通していたのは、注目されたい、自分がここにいることを認めて欲しい、という、とても無邪気で切実な欲求だった。
 誰かの気を惹こうとするなら、相手にとって都合の良い噓を語ってみせるのがいい。そうして一度拍手をもらえば、噓をつくことをやめられなくなる。賞賛は甘い水だ。他人を救える自分は決して空っぽではない、という自己価値感は、お金よりももっと人を酔わせるものなのかもしれない。
 信じさせる側もまた、自分を認めて欲しい、という渇望の中にいるのだ。
 『あの光』の主人公・高岡紅は、決して他者を愛することがない美貌の毒母・奈津子に心を削られながら、それを自覚することなく生きている。
 汚部屋清掃を得意とする、腕利きの掃除業者だった紅は、ひょんなことから「お掃除で開運して人生を激変させる方法」を教えるセミナー講師に転身する。毒母譲りの美貌と弁舌で人を惹きつけながら、「お掃除のやり方次第で仕事も恋愛も手に入る」と偽りの希望を吹き込み続ける彼女。人生の行き詰まりに悩む人々の注目を集めて、大きな人気を得た紅が行き着く先は――。
 噓を提供するものにも、噓を欲しがるものにも、それぞれの渇望がある。
 けれども、渇望で繫がった先に、はたして未来はあるのだろうか。
 これは、人生を変えようとしてもがく人々の物語。
 自分には何もない、どうしようもなく無力だ、そう思い込んでしまった人々が、自分だけの光を取り戻すまでの物語だ。噓でごまかす必要などないくらいに、確かな光を。
 本当は、誰の承認も助けも必要ない。一人自分に拠って立つ力を、誰もが持っている。もしもあなたがそのことを忘れているのなら、この本を読んで、是非思い出して欲しい。
「青春と読書」2023年10月号転載
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