かなりの闘気を、発している軍だった。
西へ進攻しようとすると、一万五千ほどの軍が遮ってきたが、その背後には、さらに一万の軍がいそうだった。
命令を受けた時から、西遼を殲滅させるより先に、闘わなければならない敵がいる、とジェベは考えていた。
鎮海城を襲い、ダイルと狗眼のヤクを討った敵。獰綺夷という名は、進攻する前から、頭に刻みつけられていた。
ジェベは、一万騎を二隊に分けていた。
西遼軍は、六、七万集まっている、という話だった。詳しい軍の構成は、サムラ自身が率いている狗眼が、報告してくることになっている。
六、七万を一万騎で相手にすることに、それほど大きな危惧は抱いていない。むしろ、二万から三万はいる獰綺夷の方が、不気味さを湛えていた。
いかに不気味であろうと、そこを突き抜け、虎思斡耳朶を陥さなければならない。
雪解けに進発せよ、という命令は、はっきりしているようで、実は曖昧だった。どこを雪解けとするかで、進発の日時は大きく変る。
原野に、点々と名残りの雪が残っているぐらいが時だ、とジェベは勝手に決めた。
もともとは、沙州で賞金稼ぎをしていた子供だった。テムジンの一行に出会った時に、ほんとうに強い者はいるのだ、という自覚を持つに到った。
その時から、国ではなく人に惹かれる自分を、ジェベは受け入れてきた。
人に惹かれると言っても、テムジンでやがてチンギス・カンである、いまの主君以外に、関心を持ったことはない。
「三里、前へ出せ。敵も出てくれば、まともにぶつかり合うことになる」
しかし、獰綺夷は出てこなかった。むしろ、一里ほど前衛を退げてきた。
「よし、次の三里だ。ぶつかるぞ。細かい敵は、突き飛ばせ。それだけでいい。この隊は、敵の大将を目ざして、北上する」
獰綺夷の軍は、少しずつ位置を変え、ジェベの軍の北にいた。
さらに一里、ジェベは間合を詰めた。
半里ほど、獰綺夷は前衛を退げた。
明らかに感じられる闘気を発しながらも、ずるずると退がるのは、罠でしかなかった。しかしジェベは、罠ではない、なにか切実なものを、敵の闘気に感じていた。
(『チンギス紀 十三 陽炎』「光そこに匂いて 三」より一部掲載)