チンギス紀 十三 陽炎
チンギス紀 十三 陽炎

チンギス紀 十三 陽炎

著者:北方 謙三

2022年03月25日発売

「俺は、覚悟は決めています」。西遼を制圧すると、強大なホラズム国と領土を接することになるのだが……。好評第13巻。

ISBN:978-4-08-771791-4

定価:1,760円(10%税込)

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内容紹介

 ホラズムの皇子ジャラールッディーンは、テムル・メリクやマルガーシとともに、サマルカンド近郊で、カンクリ族のサロルチニらを交えて調練を行う。そしてゴール朝との闘いに参加した。
 金国の完顔遠理は開封府に赴き、帝の許しを得て、モンゴル国に奪われた河北の地で闘う影徳隊を組織する。ふだんは民として潜伏し、モンゴル軍の駐屯地などを襲撃しようと試みる。また、遠理は大同府の泥胞子の書肆で、沙州と呼ばれる初老の男と出会った。
 チンギス・カンの孫ヤルダムは、スブタイの指揮下に入ることを命じられる。礼忠館を継ぐかたちになったトーリオは甘蔗糖を商うために南の国へと向かうが、その際、部下の呂顕が岳都で育ったことを知る。西遼を殲滅するために進軍したジェべは、先に鎮海城を襲撃した獰綺夷と対峙した。
 ダライ・ノールでひと冬を過ごしたチンギス・カンは、返礼としてホラズム国に大規模な使節団を派遣する。彼らはホラズム国のオトラルを経て、サマルカンドに向かおうとしていた。オトラルを統治するのは、アラーウッディーンの叔父でもあるイナルチュクだった。

プロフィール

  • 北方 謙三

    北方 謙三 (きたかた・けんぞう)

    1947年佐賀県唐津市生まれ。中央大学法学部卒業。81年『弔鐘はるかなり』で単行本デビュー。83年『眠りなき夜』で第4回吉川英治文学新人賞、85年『渇きの街』で第38回日本推理作家協会賞長編部門、91年『破軍の星』で第4回柴田錬三郎賞を受賞。2004年『楊家将』で第38回吉川英治文学賞、05年『水滸伝』(全19巻)で第9回司馬遼太郎賞、07年『独り群せず』で第1回舟橋聖一文学賞、10年に第13回日本ミステリー文学大賞、11年『楊令伝』(全15巻)で第65回毎日出版文化賞特別賞を受賞。13年に紫綬褒章を受章。16年第64回菊池寛賞を受賞。20年旭日小綬章を受章。『三国志』(全13巻)、『史記 武帝紀』(全7巻)ほか、著書多数。18年5月、新シリーズ「チンギス紀」を刊行開始した。[写真/長濱 治]

    北方謙三「チンギス紀」特設サイト

試し読み

 かなりの闘気を、発している軍だった。
 西へ進攻しようとすると、一万五千ほどの軍が遮ってきたが、その背後には、さらに一万の軍がいそうだった。
 命令を受けた時から、西遼を殲滅させるより先に、闘わなければならない敵がいる、とジェベは考えていた。
 鎮海城を襲い、ダイルと狗眼のヤクを討った敵。獰綺夷という名は、進攻する前から、頭に刻みつけられていた。
 ジェベは、一万騎を二隊に分けていた。
 西遼軍は、六、七万集まっている、という話だった。詳しい軍の構成は、サムラ自身が率いている狗眼が、報告してくることになっている。
 六、七万を一万騎で相手にすることに、それほど大きな危惧は抱いていない。むしろ、二万から三万はいる獰綺夷の方が、不気味さを湛えていた。
 いかに不気味であろうと、そこを突き抜け、虎思斡耳朶を陥さなければならない。
 雪解けに進発せよ、という命令は、はっきりしているようで、実は曖昧だった。どこを雪解けとするかで、進発の日時は大きく変る。
 原野に、点々と名残りの雪が残っているぐらいが時だ、とジェベは勝手に決めた。
 もともとは、沙州で賞金稼ぎをしていた子供だった。テムジンの一行に出会った時に、ほんとうに強い者はいるのだ、という自覚を持つに到った。
 その時から、国ではなく人に惹かれる自分を、ジェベは受け入れてきた。
 人に惹かれると言っても、テムジンでやがてチンギス・カンである、いまの主君以外に、関心を持ったことはない。
「三里、前へ出せ。敵も出てくれば、まともにぶつかり合うことになる」
 しかし、獰綺夷は出てこなかった。むしろ、一里ほど前衛を退げてきた。
「よし、次の三里だ。ぶつかるぞ。細かい敵は、突き飛ばせ。それだけでいい。この隊は、敵の大将を目ざして、北上する」
 獰綺夷の軍は、少しずつ位置を変え、ジェベの軍の北にいた。
 さらに一里、ジェベは間合を詰めた。
 半里ほど、獰綺夷は前衛を退げた。
 明らかに感じられる闘気を発しながらも、ずるずると退がるのは、罠でしかなかった。しかしジェベは、罠ではない、なにか切実なものを、敵の闘気に感じていた。


(『チンギス紀 十三 陽炎』「光そこに匂いて 三」より一部掲載)

前巻までのあらすじ

モンゴル族キャト氏の長イェスゲイの長男であるテムジンは、10歳のときにタタル族の襲撃で父を喪った。同じモンゴル族でタイチウト氏のトドエン・ギルテが、テムジンの異母弟ベクテルを抱き込もうとしたため、テムジンはベクテルを討って13歳で南へと放浪の旅に出る。テムジンは、のちに優秀な部下となるボオルチュと出会い、金国の大同府で書肆と妓楼を営む蕭源基のもとで正体を隠して働いた。その時期に「史記本紀」を読んだことが、テムジンに深い影響を与えた。一方、モンゴル族ジャンダラン氏の血気盛んなジャムカは、テムジンと同齢であり、トクトア率いるメルキト族と対峙していた。さまざまな経験を積んで草原に戻ったテムジンは、ジャムカと出会い、お互いを認めて友となる。そんな折、草原に精鋭の50騎を率い、最強ともいえる老年の男が現れる。玄翁と呼ばれ、岩山に住んで傭兵のように雇われる男だった。テムジンは、ケレイト王国のトオリル・カンと表面上の同盟を組み、モンゴル族タイチウト氏のタルグダイらに対抗する。ある戦いでタルグダイ側に雇われて戦った玄翁は、テムジンとの一騎討ちの過程で命を落とすが、テムジンに衝撃的な事実を告げ、吹毛剣を与えた。テムジンは金国とケレイト王国とともに、タタル族との戦いに挑み、父の仇敵を壊滅する。テムジンとトオリル・カンは金国の側に立ったが、ジャムカは金国が草原に干渉することを嫌い、その出兵要請にも動かず、反金国の立場を貫いた。ついにジャムカはテムジンと袂を分かち、テムジンに対抗しようとするタルグダイ、トクトアからメルキト族の長を引き継いだアインガと組んだ。草原が、ケレイト王国とテムジン、ジャムカたち三者連合の、二大勢力に分断されることとなる。そして草原の行く末を決める一大決戦が起き、激闘のすえにテムジンたちが勝利し、ジャムカ、タルグダイ、アインガはそれぞれに逃れた。ジャムカは北のバルグト族のもとに密かに身を寄せ、アインガはメルキト族の領地に戻り、タルグダイは南へと向かう。敗れたジャムカの息子マルガーシは、事件で母を失い流浪することとなる。ケレイト王国のトオリル・カンが、味方であるはずのテムジンを騙し討たんとするが、異変を察したテムジンは逆にケレイト王国を滅ぼした。トオリル・カンの末弟で禁軍を率いていたジャカ・ガンボは逃される。草原に大きな対抗勢力がいなくなり、モンゴル族統一を果たしたテムジンは、ついにチンギス・カンを名乗った。一方、逃れたジャムカは、チンギスとナイマン王国との戦において、ホーロイ、サーラルと共にナイマン軍のなかに潜み、チンギス・カンの首を狙う。チンギスは大軍を率いて少数のジャムカ軍を包囲して結着がついた。その後、母ホエルンを亡くしたチンギスは、今後の戦いを見据えて歩兵と工兵を整備していく。ジャムカの息子マルガーシは流浪のすえ森に住むトクトアと出会い、苛烈な修業を積む。一方、ホラズム・シャー国の皇子ジャラールッディーンは、護衛のテムル・メリクとともに10歳にして旅に出ていた。チンギス・カンは、弟や息子たちと共に金国に大軍で遠征し、攻城戦をおこなっていく。対する金国は、定薛を総帥とする防衛軍を組織し、福興が軍監に就く。ホラズムの皇子ジャラールッディーンは、ジャムカの息子マルガーシらと共にサマルカンドに戻る。マルガーシはアラーウッディーンに謁見を果たした。チンギスは任城に進軍した際、旗を出さずにある場所へと向かう。そこにはかつて漢たちが集まった湖寨があった。モンゴル国の西に位置する鎮海城が攻撃を受けるがダイルが役目を果たし、ムカリ、スブタイが守り切る。チンギスは燕京を制圧し、金国の帝は開封府に逃れた。

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