「チャガタイ将軍とウゲディ将軍は、なにがなんでも、アラーウッディーンとイナルチュクの首を奪ろうとされています」

「こちらの攻撃に対する、イナルチュクの動きを見ていると、それほどたやすいとは思えないのだがな」

「俺も、そう思いますよ、ジョチ将軍。ただ九カ月も十カ月も、実戦には出てこなかった男が、出てきたのですから」

「二人とも、逸りに逸っているか」

 戦況を報告する伝令は、次々に到着していた。敵は、アラーウッディーンの指揮する軍と、イナルチュクの軍の二つに分かれ、複雑で激しいぶつかり合いが続いているようだ。

 はじめ押し気味だったモンゴル軍が、押されはじめた。四百騎、三百騎、そして皇子軍の、あわせると一千になる遊軍が、モンゴル軍の中を搔き回した。

 三百騎の遊軍の隊長は、女だという話をジョチは聞いている。

 モンゴル軍にも、雷光隊という遊軍がいて、さまざまな局面で存在を見せつけてきたが、いまは五十騎足らずが残っているだけだ。そして、隊長のムカリが死んだ。

 マルガーシは、皇子軍の三名の隊長のひとりで、ムカリの方から一騎討ちを持ちかけた。

 あのジャムカの息子だという噂があるが、ほんとうかどうかはわからない。

 翌日の朝、チャガタイとウゲディが、麾下だけで駈け戻ってきた。

「二千騎が、南東にむかって、ひた駈けている。俺らは、全軍でそれを追う」

 ウゲディが、ボレウにむかって言った。チャガタイもウゲディも、ジョチを見て、小さく首を動かしただけだった。

「ほかの敵が、ここへ来るぞ、ウゲディ将軍」

「いや、四つに分断したのだ。そして一万騎ずつだが、サマルカンドにむかって、駈けている。その中に、アラーウッディーンもイナルチュクもいる、と思わせはしているが」

「いるだろう、普通に考えて」

「そう思わせて、こちらをひっかける。やつらがよくやる手だ。そしてイナルチュクはいるかもしれんが、アラーウッディーンは二千騎の中にいるな。その二千騎だけが、引き馬を連れて駈けている」

「高々二千騎を、四万で追わなくてもいいのに、と俺は思うな」

「ボレウ将軍、その二千騎には、皇子軍が半里ほど離れて、ついているのだ」

 チャガタイが、はじめて口を開いた。

 ボレウはなにか言いかけたが、横をむいた。

「二千騎を、四万騎で追いかけるだと」

 ジョチは言っていた。チャガタイは眼をむけず、ウゲディはちょっと口もとに笑みを浮かべた。

「兄上、ここは俺たち二人に任せていただけませんか。長く、やつらとむき合ってきたのです。その二千騎の中に、多分、いるだろうというのでなく、間違いなくいます」

 ウゲディが言った。チャガタイは、横をむいたままだった。

「ここを奪回するための陽動だとしたら、どうする。四万騎で追う必要はあるのか?」

「やつらのうちの二、三万騎が、もし戻ってくることがあったら、兄上にお願いしよう、ウゲディ」

 チャガタイが、横をむいたまま言った。

 地図が見つかった、と将校が入ってきて告げた。行くぞ、とチャガタイがウゲディに言った。具足の音をさせて、二人が出て行った。

「地図を見るために、帰ってきたのか」

「本隊は、二千騎を追っているのでしょう。全軍というのは、ここで確実に仕留めようと思っているからです」

「俺は、ホラズム軍に備えるぞ、ボレウ。ここへ来て、ようやく仕事らしい仕事が見つかった」

「歩兵一万を、後方につけます。それから、一万ずつを、両側の丘からの襲撃に備えさせます」

 オトラルの要塞を陥したと言っても、両側の丘の城砦はそのままで、兵力はむしろ増強した気配すらある。

 ジョチは、ツォーライに命じて、一万五千騎を集結させた。

 モンゴル軍の歩兵が陣を築いていたところではなく、アラーウッディーンが軍とともにいた場所だ。

「チャガタイ将軍もウゲディ将軍も、兵力を持て余しておられますな。殿の下で、それぞれ一軍を率いられた方がいいかと」

「よせ、ツォーライ。弟たちの悪口は、愉快なことではないぞ」

「申し訳ございません」

 謝りながら、ツォーライの顔は笑っていた。

 ジョチは、本営を出て、部下が陣を組んでいる場所に行った。

 広大な牧があり、替え馬が用意されているはずだが、チャガタイとウゲディの軍が、引き馬としてすべて連れて行っていた。

「馬を休ませておけ。斥候は、十里先まで出す」

「出してあります。三方のすべてを、ある程度、把握できるはずです」

 夜になり、朝になった。二日、同じことが続いた。ジョチは、交替で馬を軽く駈けさせた。

 馬の質には気を遣ってきたが、替え馬はすべてジャンドの牧に残してきている。

 四日目に、駈け抜けた二千騎の敵は、ホジェンドに達していた。オトラルとサマルカンドとホジェンドを線で結べば、三角を描くことになる。

 ホジェンドで、四万騎と二千騎がぶつかったという知らせは、届かなかった。

 二千騎は、広大な中洲に渡渉し、そこに砦を築いているという。木材から日干し煉瓦まで、砦をひとつ作るものはあらかじめ置いてあり、一夜にして組みあがったらしい。狗眼の者の報告である。

 低い櫓がいくつか組まれ、二段に亘って弓兵がいる。その中洲の両側の流れはかなり強く、深さもあり、馬で渡渉できる場所はかぎられている。

 明らかに、四万騎はそこへ引きこまれ、そしてアラーウッディーンがいるかいないかも、確認できないでいる。

「これは面倒なことになってきました。中洲の対岸に布陣したチャガタイ、ウゲディの両軍は、皇子軍に搔き回されます。ほかの遊撃隊も、行っているかもしれません」

 それにホジェンドそのものにも軍はいて、中洲を攻めようとする時、背後を衝かれかねなかった。

(『チンギス紀 十五 子午』「渺茫 二」より一部掲載)