チンギス紀十五子午
SHARE
チンギス紀十五子午

チンギス紀 十五 子午

著者:北方 謙三

定価:1,760円(10%税込)

内容紹介

 モンゴル軍がオトラルを攻囲して半年以上が過ぎた。モンゴル軍の兵站に乱れはみられず、オトラルの守将イナルチュクの予想を超えた事態が生じる。スブタイとジェベはブハラを押さえ、サマルカンドを牽制していた。アラーウッディーンは、皇子ジャラールッディーンの副官テムル・メリクにある任務を与え、トルケン太后は三百騎を率いる女隊長・華蓮にチンギスの首を奪るよう命ずる。マルガーシが所属する皇子軍、テルゲノが率いる遊軍、華蓮の軍のそれぞれが、チンギスの命を狙っていた——。
 チンギス本隊とホラズムの主力があいまみえる、好評第15巻。

プロフィール

  • 北方 謙三

    北方 謙三 (きたかた・けんぞう)

    1947年佐賀県唐津市生まれ。中央大学法学部卒業。81年『弔鐘はるかなり』で単行本デビュー。83年『眠りなき夜』で第4回吉川英治文学新人賞、85年『渇きの街』で第38回日本推理作家協会賞長編部門、91年『破軍の星』で第4回柴田錬三郎賞を受賞。2004年『楊家将』で第38回吉川英治文学賞、05年『水滸伝』(全19巻)で第9回司馬遼太郎賞、07年『独り群せず』で第1回舟橋聖一文学賞、10年に第13回日本ミステリー文学大賞、11年『楊令伝』(全15巻)で第65回毎日出版文化賞特別賞を受賞。13年に紫綬褒章を受章。16年第64回菊池寛賞を受賞。20年旭日小綬章を受章。『三国志』(全13巻)、『史記 武帝紀』(全7巻)ほか、著書多数。18年5月に新シリーズ『チンギス紀』を刊行開始し、23年7月に完結(全17巻)。[写真/長濱 治]

    北方謙三「チンギス紀」特設サイト

「チャガタイ将軍とウゲディ将軍は、なにがなんでも、アラーウッディーンとイナルチュクの首を奪ろうとされています」

「こちらの攻撃に対する、イナルチュクの動きを見ていると、それほどたやすいとは思えないのだがな」

「俺も、そう思いますよ、ジョチ将軍。ただ九カ月も十カ月も、実戦には出てこなかった男が、出てきたのですから」

「二人とも、逸りに逸っているか」

 戦況を報告する伝令は、次々に到着していた。敵は、アラーウッディーンの指揮する軍と、イナルチュクの軍の二つに分かれ、複雑で激しいぶつかり合いが続いているようだ。

 はじめ押し気味だったモンゴル軍が、押されはじめた。四百騎、三百騎、そして皇子軍の、あわせると一千になる遊軍が、モンゴル軍の中を搔き回した。

 三百騎の遊軍の隊長は、女だという話をジョチは聞いている。

 モンゴル軍にも、雷光隊という遊軍がいて、さまざまな局面で存在を見せつけてきたが、いまは五十騎足らずが残っているだけだ。そして、隊長のムカリが死んだ。

 マルガーシは、皇子軍の三名の隊長のひとりで、ムカリの方から一騎討ちを持ちかけた。

 あのジャムカの息子だという噂があるが、ほんとうかどうかはわからない。

 翌日の朝、チャガタイとウゲディが、麾下だけで駈け戻ってきた。

「二千騎が、南東にむかって、ひた駈けている。俺らは、全軍でそれを追う」

 ウゲディが、ボレウにむかって言った。チャガタイもウゲディも、ジョチを見て、小さく首を動かしただけだった。

「ほかの敵が、ここへ来るぞ、ウゲディ将軍」

「いや、四つに分断したのだ。そして一万騎ずつだが、サマルカンドにむかって、駈けている。その中に、アラーウッディーンもイナルチュクもいる、と思わせはしているが」

「いるだろう、普通に考えて」

「そう思わせて、こちらをひっかける。やつらがよくやる手だ。そしてイナルチュクはいるかもしれんが、アラーウッディーンは二千騎の中にいるな。その二千騎だけが、引き馬を連れて駈けている」

「高々二千騎を、四万で追わなくてもいいのに、と俺は思うな」

「ボレウ将軍、その二千騎には、皇子軍が半里ほど離れて、ついているのだ」

 チャガタイが、はじめて口を開いた。

 ボレウはなにか言いかけたが、横をむいた。

「二千騎を、四万騎で追いかけるだと」

 ジョチは言っていた。チャガタイは眼をむけず、ウゲディはちょっと口もとに笑みを浮かべた。

「兄上、ここは俺たち二人に任せていただけませんか。長く、やつらとむき合ってきたのです。その二千騎の中に、多分、いるだろうというのでなく、間違いなくいます」

 ウゲディが言った。チャガタイは、横をむいたままだった。

「ここを奪回するための陽動だとしたら、どうする。四万騎で追う必要はあるのか?」

「やつらのうちの二、三万騎が、もし戻ってくることがあったら、兄上にお願いしよう、ウゲディ」

 チャガタイが、横をむいたまま言った。

 地図が見つかった、と将校が入ってきて告げた。行くぞ、とチャガタイがウゲディに言った。具足の音をさせて、二人が出て行った。

「地図を見るために、帰ってきたのか」

「本隊は、二千騎を追っているのでしょう。全軍というのは、ここで確実に仕留めようと思っているからです」

「俺は、ホラズム軍に備えるぞ、ボレウ。ここへ来て、ようやく仕事らしい仕事が見つかった」

「歩兵一万を、後方につけます。それから、一万ずつを、両側の丘からの襲撃に備えさせます」

 オトラルの要塞を陥したと言っても、両側の丘の城砦はそのままで、兵力はむしろ増強した気配すらある。

 ジョチは、ツォーライに命じて、一万五千騎を集結させた。

 モンゴル軍の歩兵が陣を築いていたところではなく、アラーウッディーンが軍とともにいた場所だ。

「チャガタイ将軍もウゲディ将軍も、兵力を持て余しておられますな。殿の下で、それぞれ一軍を率いられた方がいいかと」

「よせ、ツォーライ。弟たちの悪口は、愉快なことではないぞ」

「申し訳ございません」

 謝りながら、ツォーライの顔は笑っていた。

 ジョチは、本営を出て、部下が陣を組んでいる場所に行った。

 広大な牧があり、替え馬が用意されているはずだが、チャガタイとウゲディの軍が、引き馬としてすべて連れて行っていた。

「馬を休ませておけ。斥候は、十里先まで出す」

「出してあります。三方のすべてを、ある程度、把握できるはずです」

 夜になり、朝になった。二日、同じことが続いた。ジョチは、交替で馬を軽く駈けさせた。

 馬の質には気を遣ってきたが、替え馬はすべてジャンドの牧に残してきている。

 四日目に、駈け抜けた二千騎の敵は、ホジェンドに達していた。オトラルとサマルカンドとホジェンドを線で結べば、三角を描くことになる。

 ホジェンドで、四万騎と二千騎がぶつかったという知らせは、届かなかった。

 二千騎は、広大な中洲に渡渉し、そこに砦を築いているという。木材から日干し煉瓦まで、砦をひとつ作るものはあらかじめ置いてあり、一夜にして組みあがったらしい。狗眼の者の報告である。

 低い櫓がいくつか組まれ、二段に亘って弓兵がいる。その中洲の両側の流れはかなり強く、深さもあり、馬で渡渉できる場所はかぎられている。

 明らかに、四万騎はそこへ引きこまれ、そしてアラーウッディーンがいるかいないかも、確認できないでいる。

「これは面倒なことになってきました。中洲の対岸に布陣したチャガタイ、ウゲディの両軍は、皇子軍に搔き回されます。ほかの遊撃隊も、行っているかもしれません」

 それにホジェンドそのものにも軍はいて、中洲を攻めようとする時、背後を衝かれかねなかった。

(『チンギス紀 十五 子午』「渺茫 二」より一部掲載)

前巻までのあらすじ

 モンゴル族キャト氏の長イェスゲイの長男であるテムジンは、10歳のときにタタル族の襲撃で父を喪った。同じモンゴル族でタイチウト氏のトドエン・ギルテが、テムジンの異母弟ベクテルを抱き込もうとしたため、テムジンはベクテルを討って13歳で南へと放浪の旅に出る。テムジンは、のちに優秀な部下となるボオルチュと出会い、金国の大同府で書肆と妓楼を営む蕭源基のもとで正体を隠して働いた。その時期に「史記本紀」を読んだことが、テムジンに深い影響を与えた。

 モンゴル族ジャンダラン氏の血気盛んなジャムカは、テムジンと同齢であり、トクトア率いるメルキト族と対峙していた。さまざまな経験を積んで草原に戻ったテムジンは、ジャムカと出会い、お互いを認めて友となる。そんな折、草原に精鋭の50騎を率い、最強ともいえる老年の男が現れる。玄翁と呼ばれ、岩山に住んで傭兵のように雇われる男だった。テムジンは、ケレイト王国のトオリル・カンと表面上の同盟を組み、モンゴル族タイチウト氏のタルグダイらに対抗する。ある戦いでタルグダイ側に雇われて戦った玄翁は、テムジンとの一騎討ちの過程で命を落とすが、テムジンに衝撃的な事実を告げ、吹毛剣を与えた。テムジンは金国とケレイト王国とともに、タタル族との戦いに挑み、父の仇敵を壊滅する。テムジンとトオリル・カンは金国の側に立ったが、ジャムカは金国が草原に干渉することを嫌い、その出兵要請にも動かず、反金国の立場を貫いた。

 ついにジャムカはテムジンと袂を分かち、テムジンに対抗しようとするタルグダイ、トクトアからメルキト族の長を引き継いだアインガと組んだ。草原が、ケレイト王国とテムジン、ジャムカたち三者連合の、二大勢力に分断されることとなる。そして草原の行く末を決める一大決戦が起き、激闘のすえにテムジンたちが勝利し、ジャムカ、タルグダイ、アインガはそれぞれに逃れた。ジャムカは北のバルグト族のもとに密かに身を寄せ、アインガはメルキト族の領地に戻り、タルグダイは南へと向かう。タルグダイはのちに妻のラシャーンと海運業を営む礼忠館を建て、かつての部下の息子トーリオを跡継ぎとする。敗れたジャムカの息子マルガーシは事件で母を失い流浪の旅に出た。

 ケレイト王国のトオリル・カンが、味方であるはずのテムジンを騙し討とうとするが、異変を察したテムジンは逆にケレイト王国を滅ぼした。トオリル・カンの末弟で禁軍を率いていたジャカ・ガンボは逃される。草原に大きな対抗勢力がいなくなり、モンゴル族統一を果たしたテムジンは、ついにチンギス・カンを名乗った。逃れたジャムカは、チンギスとナイマン王国との戦において、ホーロイ、サーラルと共にナイマン軍のなかに潜み、チンギス・カンの首を狙った。チンギスは大軍を率いて少数のジャムカ軍を包囲し結着がつく。

 チンギスは、今後の戦いを見据えて歩兵と工兵を整備していく。ジャムカの息子マルガーシは森に住むトクトアと出会い、苛烈な修業を積んでいた。チンギス・カンは、弟や息子たちと共に金国に大軍で遠征し、攻城戦をおこなっていく。対する金国は定薛を総帥とする防衛軍を組織し、福興が軍監に就く。しかし、モンゴル軍は燕京を制圧し、金国の帝は開封府に逃れた。金国の完顔遠理はモンゴル国に密かに抵抗する影徳隊を組織する。チンギスは、かつて漢たちが集った湖寨を訪れた。

 ホラズム・シャー国の皇子ジャラールッディーンは、護衛のテムル・メリクとともに10歳にして旅に出た。ジャラールッディーンは、ジャムカの息子マルガーシらと共にサマルカンドに戻り、マルガーシは帝アラーウッディーンに謁見を果たす。チンギスは西遼を制圧し、ホラズム国のサマルカンドに向けて使節団を派遣するが、その途上、オトラルで襲撃を受けてしまう。オトラルを統治していたのは、帝の叔父イナルチュクだった。

 チンギスは息子たちや将軍を率いて、ホラズム国に進軍する。長子のジョチは、オトラルの北、シル河下流に位置するジャンドを攻略した。

おすすめ書籍

チンギス紀 一 火眼

北方 謙三 著

チンギス紀 十三 陽炎

北方 謙三 著

チンギス紀 十四 萬里

北方 謙三 著

新着コンテンツ