チンギス紀 十七 天地
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チンギス紀 十七 天地

チンギス紀 十七 天地

著者:北方 謙三

定価:1,760円(10%税込)

内容紹介

チンギスは病床にある長子ジョチのもとを訪れたのち、草原へと向かう帰還の途につく。西夏領内に入ったチンギスは、ある城にただならぬ気配を感じた。それは黒水城と呼ばれ、砂漠に囲まれており、ウキという謎の人物が主とされていた。一方、チンギスから受けた傷を山中で癒すマルガーシに、カルアシンから見事な剣が手渡される。贈り主は明かされなかったが、マルガーシは戦に向けて隊の修練を重ねていく。アウラガの宮殿に戻ったチンギスは、ソルタホーンから国を揺るがす一大事を告げられた。突如生じた戦いに、チンギスは将軍だけでなくボオルチュも帯同させる——。
「チンギス紀」全17巻、ついに完結。

プロフィール

  • 北方 謙三

    北方 謙三 (きたかた・けんぞう)

    1947年佐賀県唐津市生まれ。中央大学法学部卒業。81年『弔鐘はるかなり』で単行本デビュー。83年『眠りなき夜』で第4回吉川英治文学新人賞、85年『渇きの街』で第38回日本推理作家協会賞長編部門、91年『破軍の星』で第4回柴田錬三郎賞を受賞。2004年『楊家将』で第38回吉川英治文学賞、05年『水滸伝』(全19巻)で第9回司馬遼太郎賞、07年『独り群せず』で第1回舟橋聖一文学賞、10年に第13回日本ミステリー文学大賞、11年『楊令伝』(全15巻)で第65回毎日出版文化賞特別賞を受賞。13年に紫綬褒章を受章。16年第64回菊池寛賞を受賞。20年旭日小綬章を受章。『三国志』(全13巻)、『史記 武帝紀』(全7巻)ほか、著書多数。18年5月に新シリーズ『チンギス紀』を刊行開始し、23年7月に完結(全17巻)。[写真/長濱 治]

    北方謙三「チンギス紀」特設サイト

 陽が出ている日は、草原は眩しいだけだった。眼を見開いていると、雪眼というものになる。暗がりに入った時、闇の中のようになってしまうのだ。

 チンギスは、遠駈けでは、薄い絹を頭から被った。それで、雪の照り返しはいくらか弱くなる。ソルタホーンが考え出したことだった。

 ジャムカが、雪が好きだった。それをよく思い出した。雪の中で、黒貂の帽子が、実に鮮やかな艶を見せたものだ。

 草原に降る雪は、大地のすべてを覆うことは少なかった。風のせいなのか、吹き溜って深いところもあれば、枯れた色の草が剝き出しているところもあった。

 雪中の野営に入った。

 麾下の兵たちは、雪洞などを作っているようだが、チンギスは幕舎で、寝台があって、炭火なども入れられている。

 そういうものを受け入れるという条件で、野営もやる遠駈けを認められる。好きなことだけをやる立場からは、かなり離れている。

 ブハラ近郊の、周囲の者たちが宮殿と呼ぶ建物も、部屋は暖かく快適だった。

「先日の巻狩の鹿肉が、いい具合になっております、殿」

 ソルタホーンが、そばに来て言った。

「干して、硬くなってはいますが、じっくりと焼くと、うまいのではないかと思います」

「それは、おまえの好きな食い方だな、ソルタホーン」

 オトラルの森の周辺の原野で、巻狩をやった。それほど獲物が期待できる場所ではなかったが、猪や鹿は手に入った。その獲物が、いい具合に熟れている、ということだ。

「よし、焼くぞ。麾下にも、そうさせろ」

「シギ・クトクを呼んでありますが」

「麾下から隊長が離れるのか、ソルタホーン」

「離れるのではなく、こちらもシギ・クトクの指揮下に入るのです」

「俺もか」

「すべては殿のためです。殿が誰かの指揮下に入ることは、あり得ません。警固下に入ることは、あるかもしれませんが」

 シギ・クトクには、アウラガのジェルメの後任を命じてあった。雪が消える前に、アウラガにむかい、一年半か二年、ジェルメとともに総帥の任に当たる。戦場にいるより、その方がむいている、とかなり前に判断した。

 西部の実戦部隊の総帥はスブタイで、本営はエミルに置く。東部は、ジェベを起用するが、それはまだチンギスの頭の中にあることだった。

 ジョチを除く息子たちは、それぞれの領地へ帰る。領地の経営を、モンゴル国の一部としてできるかどうかを、ボオルチュが見ることになっている。

(『チンギス紀 十七 天地』「冬に見る夢 三」より一部掲載)

前巻までのあらすじ

 モンゴル族キャト氏の長イェスゲイの長男であるテムジンは、10歳のときにタタル族の襲撃で父を喪った。同じモンゴル族でタイチウト氏のトドエン・ギルテが、テムジンの異母弟ベクテルを抱き込もうとしたため、テムジンはベクテルを討って13歳で南へと放浪の旅に出る。テムジンは、のちに優秀な部下となるボオルチュと出会い、金国の大同府で書肆と妓楼を営む蕭源基のもとで正体を隠して働いた。その時期に「史記本紀」を読んだことが、テムジンに深い影響を与えた。

 モンゴル族ジャンダラン氏の血気盛んなジャムカは、テムジンと同齢であり、トクトア率いるメルキト族と対峙していた。さまざまな経験を積んで草原に戻ったテムジンは、ジャムカと出会い、お互いを認めて友となる。そんな折、草原に精鋭の50騎を率い、最強ともいえる老年の男が現れる。玄翁と呼ばれ、岩山に住んで傭兵のように雇われる男だった。テムジンは、ケレイト王国のトオリル・カンと表面上の同盟を組み、モンゴル族タイチウト氏のタルグダイらに対抗する。ある戦いでタルグダイ側に雇われて戦った玄翁は、テムジンとの一騎討ちの過程で命を落とすが、テムジンに衝撃的な事実を告げ、吹毛剣を与えた。テムジンは金国とケレイト王国とともに、タタル族との戦いに挑み、父の仇敵を壊滅する。テムジンとトオリル・カンは金国の側に立ったが、ジャムカは金国が草原に干渉することを嫌い、その出兵要請にも動かず、反金国の立場を貫いた。

 ついにジャムカはテムジンと袂を分かち、テムジンに対抗しようとするタルグダイ、トクトアからメルキト族の長を引き継いだアインガと組んだ。草原が、ケレイト王国とテムジン、ジャムカたち三者連合の、二大勢力に分断されることとなる。そして草原の行く末を決める一大決戦が起き、激闘のすえにテムジンたちが勝利し、ジャムカ、タルグダイ、アインガはそれぞれに逃れた。ジャムカは北のバルグト族のもとに密かに身を寄せ、アインガはメルキト族の領地に戻り、タルグダイは南へと向かう。タルグダイはのちに妻のラシャーンと海運業を営む礼忠館を建て、かつての部下の息子トーリオを跡継ぎとする。敗れたジャムカの息子マルガーシは事件で母を失い流浪の旅に出た。

 ケレイト王国のトオリル・カンが、味方であるはずのテムジンを騙し討とうとするが、異変を察したテムジンは逆にケレイト王国を滅ぼした。トオリル・カンの末弟で禁軍を率いていたジャカ・ガンボは逃される。草原に大きな対抗勢力がいなくなり、モンゴル族統一を果たしたテムジンは、ついにチンギス・カンを名乗った。逃れたジャムカは、チンギスとナイマン王国との戦において、ホーロイ、サーラルと共にナイマン軍のなかに潜み、チンギス・カンの首を狙った。チンギスは大軍を率いて少数のジャムカ軍を包囲し結着がつく。

 チンギスは、今後の戦いを見据えて歩兵と工兵を整備していく。ジャムカの息子マルガーシは森に住むトクトアと出会い、苛烈な修業を積んでいた。チンギス・カンは、弟や息子たちと共に金国に大軍で遠征し、攻城戦をおこなっていく。対する金国は定薛を総帥とする防衛軍を組織し、福興が軍監に就く。しかし、モンゴル軍は燕京を制圧し、金国の帝は開封府に逃れた。金国の完顔遠理はモンゴル国に密かに抵抗する影徳隊を組織する。チンギスは、かつて漢たちが集った湖寨を訪れた。

 ホラズム・シャー国の皇子ジャラールッディーンは、護衛のテムル・メリクとともに10歳にして旅に出た。ジャラールッディーンは、ジャムカの息子マルガーシらと共にサマルカンドに戻り、マルガーシは帝アラーウッディーンに謁見を果たす。チンギスは西遼を制圧し、ホラズム国のサマルカンドに向けて使節団を派遣するが、その途上、オトラルで襲撃を受けてしまう。オトラルを統治していたのは、帝の叔父イナルチュクだった。

 チンギスは息子たちや将軍を率いて、ホラズム国に進軍する。長子のジョチは、オトラルの北、シル河下流に位置するジャンドを攻略した。ホラズム国の三つの精鋭部隊に、チンギスの本隊が襲撃されるが、チンギスはそれを退けた。

 アラーウッディーンが率いるホラズム軍本体は戦場から西へと離脱するが、スブタイとジェべ、バラ・チェルビが討伐する。皇子ジャラールッディーンは南の地で2万の兵を率い、モンゴル軍のシギ・クトクの軍を一度打ち破るが、その後退却した。

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