内容紹介
カラ・クム砂漠の戦場からホラズム軍が離脱する。チンギス・カンは、スブタイとジェべ、バラ・チェルビの三人の将軍にその追討を命じた。ホラズム国の帝は西へと退却しながらも、モンゴル軍との戦を継続する。スブタイらは敵の誘いに乗ることを決断した。
一方、ホラズム国の皇子ジャラールッディーンは、南の地で2万騎の指揮を任された。モンゴル国の将軍シギ・クトクがその討伐に向かう。皇子は原野に本営を置き、ジャムカの息子マルガーシもそこにいた。皇子が初めて大軍を率いてモンゴル軍との戦いに挑む。
大国との戦いがついに最終局面をむかえる、好評第16巻。
プロフィール
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北方 謙三 (きたかた・けんぞう)
1947年佐賀県唐津市生まれ。中央大学法学部卒業。81年『弔鐘はるかなり』で単行本デビュー。83年『眠りなき夜』で第4回吉川英治文学新人賞、85年『渇きの街』で第38回日本推理作家協会賞長編部門、91年『破軍の星』で第4回柴田錬三郎賞を受賞。2004年『楊家将』で第38回吉川英治文学賞、05年『水滸伝』(全19巻)で第9回司馬遼太郎賞、07年『独り群せず』で第1回舟橋聖一文学賞、10年に第13回日本ミステリー文学大賞、11年『楊令伝』(全15巻)で第65回毎日出版文化賞特別賞を受賞。13年に紫綬褒章を受章。16年第64回菊池寛賞を受賞。20年旭日小綬章を受章。『三国志』(全13巻)、『史記 武帝紀』(全7巻)ほか、著書多数。18年5月に新シリーズ『チンギス紀』を刊行開始し、23年7月に完結(全17巻)。[写真/長濱 治]
誘っている。
五日ぶつかり続けて、スブタイはほとんど確信した。
チンギス・カンに、アラーウッディーンを追って、討ち取れと命じられた。
カラ・クム砂漠の戦で、戦場を離脱したアラーウッディーンを、チンギス・カンが追い、スブタイも追った。追いつき、討ち取れる位置だと思った。
しかしチンギス・カンは涸川を前にして動かず、スブタイも戦闘の構えだけとった。
アラーウッディーンは、わずか五千騎ほどだが、駈け去っていった。
涸川から、五、六万の軍が姿を現わし、ぶつかる構えをとってきた。スブタイは、チンギス・カンが出るなら、自分が出ようと思った。埋伏の五、六万にはただならぬ闘気があり、それがチンギス・カンを止めた。気軽にぶつかっていい相手だと、思わなかったのだろう。
スブタイも、出合い頭にぶつかっていい相手とは感じなかった。
もともとウルゲンチにいた、トルケンという太后の軍だったようだ。
不仲と噂されている母と子が、強烈な罠を仕掛けていた、ということだった。
数日遅れで、二軍が追ってきた。ジェベとバラ・チェルビである。
ホラズム軍は、潰走しながらも、数日で再集結し、いまアラーウッディーンの指揮下に五万騎ほどがいた。
それを三万騎で、粉砕しようとしていた。
しかしアラーウッディーンは狡猾な動きを見せ、たえず軍を二つに分け、挟撃をかけようとしてくる。それをかわすと、軍を退げ、守りの構えに入る。
そうやって、砂漠を十日ほど移動した。
無理にぶつからなかったのは、どこかに埋伏の気配があったからだ。トルケン太后の軍が、どこへ消えたかはわからなかった。
ウルゲンチで、チャガタイの軍を罠にかけ、かなりの犠牲を出させたのと同じ軍なのかどうかも、わからない。
敵地の、奥深くだった。砂漠にどれほどの軍が散っているのかわからず、ホラズム軍全体が、
どれほどの規模なのかも、見えなくなっていた。
寿海の西の地域、さらに大海の北や南や西の諸国の兵も、参戦している気配はある。
西の地方がどれほど拡がっていて、どれほどの人々がいるのかは、商人などの情報で、ある程度はわかっていた。
チンギス・カンが、寿海よりさらに西、そして大海のむこう側まで行こうとしているのかどうか、スブタイには正確に読めなかった。どこまでも進攻するというようなことは、考えないだろう。慎重に、どこまで行けるか見きわめ、その手配を怠っていない。場合によっては、ホラズム軍より兵站が充実していることさえあるのだ。
武器の損耗など、闘えば闘うほど大きくなるものだが、数十名の鍛冶の者たちがいて、いつでも修繕はできる。新しく作ることもできる。
ホラズムへの使節団が、オトラルで惨殺された。そこから、モンゴル軍の進攻は開始されたのだ。否応なく、戦に誘いこまれた、と見ていた幕僚たちが多かった。四人の息子たちは、トルイを除いて、強硬な主戦派だった。
チンギス・カンが、それらをどう見ていたのか、わからない。主戦派をたしなめることはせず、自ら闘いの意思を示すこともなかった。
わかっていて誘いこまれた、とスブタイは進攻が決定した時に思った。その考えは、いまも変らない。
全軍でのぶつかり合いの終りに、アラーウッディーンを追って討てと、チンギス・カンはスブタイに命じた。
(『チンギス紀 十六 蒼氓』「烈火にて 一」より一部掲載)
前巻までのあらすじ
モンゴル族キャト氏の長イェスゲイの長男であるテムジンは、10歳のときにタタル族の襲撃で父を喪った。同じモンゴル族でタイチウト氏のトドエン・ギルテが、テムジンの異母弟ベクテルを抱き込もうとしたため、テムジンはベクテルを討って13歳で南へと放浪の旅に出る。テムジンは、のちに優秀な部下となるボオルチュと出会い、金国の大同府で書肆と妓楼を営む蕭源基のもとで正体を隠して働いた。その時期に「史記本紀」を読んだことが、テムジンに深い影響を与えた。
モンゴル族ジャンダラン氏の血気盛んなジャムカは、テムジンと同齢であり、トクトア率いるメルキト族と対峙していた。さまざまな経験を積んで草原に戻ったテムジンは、ジャムカと出会い、お互いを認めて友となる。そんな折、草原に精鋭の50騎を率い、最強ともいえる老年の男が現れる。玄翁と呼ばれ、岩山に住んで傭兵のように雇われる男だった。テムジンは、ケレイト王国のトオリル・カンと表面上の同盟を組み、モンゴル族タイチウト氏のタルグダイらに対抗する。ある戦いでタルグダイ側に雇われて戦った玄翁は、テムジンとの一騎討ちの過程で命を落とすが、テムジンに衝撃的な事実を告げ、吹毛剣を与えた。テムジンは金国とケレイト王国とともに、タタル族との戦いに挑み、父の仇敵を壊滅する。テムジンとトオリル・カンは金国の側に立ったが、ジャムカは金国が草原に干渉することを嫌い、その出兵要請にも動かず、反金国の立場を貫いた。
ついにジャムカはテムジンと袂を分かち、テムジンに対抗しようとするタルグダイ、トクトアからメルキト族の長を引き継いだアインガと組んだ。草原が、ケレイト王国とテムジン、ジャムカたち三者連合の、二大勢力に分断されることとなる。そして草原の行く末を決める一大決戦が起き、激闘のすえにテムジンたちが勝利し、ジャムカ、タルグダイ、アインガはそれぞれに逃れた。ジャムカは北のバルグト族のもとに密かに身を寄せ、アインガはメルキト族の領地に戻り、タルグダイは南へと向かう。タルグダイはのちに妻のラシャーンと海運業を営む礼忠館を建て、かつての部下の息子トーリオを跡継ぎとする。敗れたジャムカの息子マルガーシは事件で母を失い流浪の旅に出た。
ケレイト王国のトオリル・カンが、味方であるはずのテムジンを騙し討とうとするが、異変を察したテムジンは逆にケレイト王国を滅ぼした。トオリル・カンの末弟で禁軍を率いていたジャカ・ガンボは逃される。草原に大きな対抗勢力がいなくなり、モンゴル族統一を果たしたテムジンは、ついにチンギス・カンを名乗った。逃れたジャムカは、チンギスとナイマン王国との戦において、ホーロイ、サーラルと共にナイマン軍のなかに潜み、チンギス・カンの首を狙った。チンギスは大軍を率いて少数のジャムカ軍を包囲し結着がつく。
チンギスは、今後の戦いを見据えて歩兵と工兵を整備していく。ジャムカの息子マルガーシは森に住むトクトアと出会い、苛烈な修業を積んでいた。チンギス・カンは、弟や息子たちと共に金国に大軍で遠征し、攻城戦をおこなっていく。対する金国は定薛を総帥とする防衛軍を組織し、福興が軍監に就く。しかし、モンゴル軍は燕京を制圧し、金国の帝は開封府に逃れた。金国の完顔遠理はモンゴル国に密かに抵抗する影徳隊を組織する。チンギスは、かつて漢たちが集った湖寨を訪れた。
ホラズム・シャー国の皇子ジャラールッディーンは、護衛のテムル・メリクとともに10歳にして旅に出た。ジャラールッディーンは、ジャムカの息子マルガーシらと共にサマルカンドに戻り、マルガーシは帝アラーウッディーンに謁見を果たす。チンギスは西遼を制圧し、ホラズム国のサマルカンドに向けて使節団を派遣するが、その途上、オトラルで襲撃を受けてしまう。オトラルを統治していたのは、帝の叔父イナルチュクだった。
チンギスは息子たちや将軍を率いて、ホラズム国に進軍する。長子のジョチは、オトラルの北、シル河下流に位置するジャンドを攻略した。ホラズム国の三つの精鋭部隊に、チンギスの本隊が襲撃されるが、チンギスはそれを退けた。
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