インタビュー

書評

民主主義とは何なのかを問う優れた実験小説

池上冬樹

 『デモクラシー』というタイトルを見て、堂場瞬一の小説の題名としては変わっているな、どういう作品なんだろうと思ったら、予想もしないシミュレーション小説なので驚いた。民主主義とは何かを問う優れた実験的政治小説だ。
 八年前、パンデミックに対する政府の 施策が後手にまわり、大勢の犠牲者が出て、さらに政治と金の問題で不祥事が続き、政府も与党の民自連も信頼を失った。そこへ野党の新日本党が、国会の解体を掲げて登場し、政権を奪取し、一気に憲法改正を実現して国会を廃止、代わりに国民議員による国民議会を立ち上げた。 国民議員は二十歳以上の選挙権のある者からランダムに選ばれ、その数は上院・下院あわせて一千人。
 小説は六篇の連作短篇からなるが、冒頭の第一章は「二十歳の義務」。島根県出身の大学三年生、むらさくらが通知書を受け取り、議員になるべきかどうか悩む場面から始まる。 議員報酬は年間五百万円で、任期が四年なので二千万円となり、大学の学費も生活費も心配しなくてもよくなる。 しかし自分に議員は務まるのか。迷いながらも議員の道を歩みはじめ、法律の平明化の議員決議を出す。だが、注目を浴び、誹謗中傷も起こり、事態を憂慮した国民議員調査委員会のあんどうつかさが声をかけてくる。
 一方、東京都知事のみやがわえいは、次回の首相直接選挙をにらんでいた。かつて女性初の首相候補として騒がれたものの新日本党に政権を奪われ、現在の首相・きたおかたくは六割の支持率を誇っている。しかも北岡は、地方議会も廃止しようと考えていた。
  物語を貫くのは、新日本党の首相・北岡と民自連・宮川都知事の戦いである。それに台風被害の緊急対応のミスと盗難自動車の不正輸出に絡む国民議員の疑惑(第二章「関西台風」)、国民議員による デジタル庁の業務に関する口利き疑惑とリコール請求(第三章「公正の槍」)、 民自連内部での将来に向けての駆け引き(第四章「新党結成」)、地方議会廃止にむけた総務大臣と公務員たちの攻防(第五章「公務員」)、そして第三回目の首相選挙の結果と、ある大臣の犯罪の追及(第六章「逆転」)と続く。
 徹底して直接民主主義の道をきりひらこうとする北岡、従来の議会制民主主義に戻さんとする宮川の対立で、政権と政党の存続を揺るがす事件を通して、 国民議員一期生の田村さくらや、国民議員調査委員会の安藤司などが奔走する物語である。
 堂場瞬一というと警察小説やスポーツ小説の作家に見られるが、意外と守備範囲が広くて、政治を題材にしたのは初めてではない。 汐灘サーガの第二作『断絶』は政治家と刑事、『解』は代議士の息子と新聞記者の物語だったし、最近では 『小さき王たち』( 『濁流』『泥流』『激流」)が政治家と新聞記者の三世代にわたる大河政治マスコミ小説だった。しかしここまで実験的な小説も珍しく、人物よりも国民議会というシステムが主役といっていい。もちろん堂場瞬一なので、人物の性格描写は的確で人間ドラマはよく描かれているし、事件をめぐる謎や解明も読ませる。だが、それ以上に国民議会という制度によって、日本の政治がどのように変貌するのかがりアルに描かれているのが本作の魅力だろう。
 具体的には若者の政治に対する姿であり、 公務員の意識であり(国会の経費削減により公務員の給料がアップした)、政治家自身の理想と現実も、汚職問題を通してしかとあぶり出されていく。
 「国民議会は民主主義の学校――借り物の民主主義しか経験していなかった日本人が、自ら政治に参加することで本当の民主主義を学ぶ」という一節が出てくるが、たしかに政治に希望を抱けずに、投票率がさがっていることを考えると、国民議会は有権者の力を発揮できるシステムだろう。ただ、 非友好的な国がいきなり攻撃をしかけてきたときに、素人の政治家たちで対処できるのか。 とくに防衛の現場を仕切れるのか。 最高指揮官たる首相、大臣、官僚、国民議員たちがしかと同じ意見でまとまるのかといった問題も拭いきれないのである。
 ともかく、民主主義とは何なのか、どうあるべきなのか。議会制民主主義がいいのか、直接民主主義がいいのか、地方の議会はどうするのか、廃止すべきなのか、それで果たして本当に良き政治が実現するのかなど、基本にたちかえって一から捉え直す。民主主義を考えるテキストとして、教育の現場で広く使われそうな好著といえるだろう。

いけがみ・ふゆき 5年山形県生まれ、文芸評論家。著春に「ヒーローたちの荒野」など。

「小説すばる」2023年7月号転載