書評

辛口批評家の澄んだ〈ボイス

谷崎由依

 ミチコ・カクタニといえば、辛口で知られた元ニューヨーク・タイムズ紙書評欄担当の文芸批評家である。彼女が褒めればそれはある種信じられる小説だということになるし(わたし自身コルソン・ホワイトヘッド『地下鉄道』を訳したとき、やはりひとつの指標とした)、容赦のない酷評もするので恐れられてもいた。けれど偏愛する本についてだけ書かれた『エクス・リブリス』から聞こえてくるのは、そんな強面こわもてのカクタニの、いわば魂の声のようなものだ。
 古典から最新の現代小説、センダック『かいじゅうたちのいるところ』が入っていたかと思えば、モハメド・アリの伝記があったりもする。百もの多岐にわたるエッセイは互いに共通するテーマを持ち、読み進めるうち星座のようにそれが浮かびあがってくる。たとえばアーレント『全体主義の起原』やアトウッド『侍女の物語』などは、トランプ政権をはじめ現代におけるいくつかの局面が、いかに取り返しのつかない事態に繫がりうるかを詳細に語るし、アンダーソン『ワインズバーグ、オハイオ』やマッカーシー『ブラッド・メリディアン』は、アメリカという国の抱える根本的な矛盾を解き明かす。日系アメリカ人二世として育ったカクタニは、自由を標榜する国のどうしようもない不自由を知り尽くしているはずで、それが恐らく彼女の原動力となっている。なかでも目をひらかされたのが初の女性翻訳者による『オデュッセイア』の英訳で、アルカイックな英雄譚として読まれてきた物語を、ウィルソンの訳のようにさんだつしゃのそれとして読み換えることで、いかに多くの謎が解けるかを示して見せる。著者の手にかかれば、あらゆる古典が現代性を帯びてくるのだ。
 いっぽうでボルヘスや、幼少期の愛読書への記述からは、驚きに満ちたこの世界と書物を、彼女がいかに愛しているかも感じられる。少女のような、澄んだ声――もっと読ませて、面白い本をもっともっと読ませて! そんな楽しげな、こころの声が聞こえてくるようだ。

たにざき・ゆい●作家、翻訳家

「青春と読書」2023年12月号転載