内容紹介
寛文六年、豊後国・竹田藩で凄惨な事件が起きた。
一人逃げのびた城代の幼い次男・次郎丸ただ一人。次郎丸は復讐のため、江戸で剣の腕を磨き、名を変え、叔父で下手人である現城代・玉田巧佐衛門がいる竹田の地を十四年ぶりに因縁の地に戻るが、そこで見たのは、地位や名誉に関心のない変わり者の城代と噂される仇敵の姿だった。
また、竹田小町と評判の巧佐衛門の娘・英里と出会い、思いがけず心惹かれていく。恋情と復讐心に引き裂かれながらも、次郎丸は叔父を討つと決意するのだが……。
【第25回大藪春彦賞受賞】
プロフィール
-
赤神 諒 (あかがみ・りょう)
1972年、京都府生まれ。同志社大学文学部卒業。私立大学教授。博士(法学)、弁護士。2017年「義と愛と」(のち『大友二階崩れ』に改題)で第9回日経小説大賞を受賞しデビュー。他の著書に『大友の聖将』『大友落月記』『計策師 甲駿相三国同盟異聞』(第23回大藪春彦賞候補作)『立花三将伝』『太陽の門』『仁王の本願』などがある。2023年『はぐれ鴉』で第25回大藪春彦賞を受賞。
刊行記念インタビュー
対談
書評
史実に基づいた謎に、興奮!
大矢博子
大分県竹田市。
熊本県と宮崎県に接する大分西南部に位置し、滝廉太郎が「荒城の月」の曲想を得たことで有名な岡城跡を擁する。ちなみにこの岡城、鎌倉時代初期に源義経を匿うために築城されたと言われている。
その眼下には武家屋敷が立ち並び、周辺には阿蘇くじゅう連山や世界有数の炭酸泉と称される長湯温泉、日本名水百選にも選ばれた竹田湧水群などがあり、歴史と自然に彩られた町だ。
――と、観光案内のような文言から入ったのには理由がふたつある。ひとつは、これら竹田の街並みや自然、観光資源、名物名産が本書『はぐれ鴉』に極めて重要な要素として登場すること。その取り入れ方といったら、聖地巡礼ができるほどだ。これは竹田だからこそ成立する、いや、竹田でなくては成立しない絶品の時代ミステリなのである。
もうひとつの理由─は後述するとして、まずあらすじから紹介しよう。
江戸初期の竹田藩(現実には岡藩)が舞台。城代家老の山田嗣之助の屋敷に何者かが訪れ、一族郎党を惨殺する場面から物語が始まる。唯一生き残った六歳の次郎丸は、賊が大好きな叔父・玉田巧佐衛門であることを知り、愕然とする。
それから十四年。難を逃れて江戸へ出た次郎丸は剣の修行に励み、山川才次郎と名を変えて竹田に戻ってきた。藩の剣術指南役として召し抱えられたのだ。彼が正体を隠して故郷へ戻った理由はただひとつ、一族の仇を討つことだった。
ところが父を殺して城代の座を奪ったはずの巧佐衛門のその後は、まったく想像と違っていた。家老職に似合わぬ清貧で、堤や水路の普請にも率先して精を出す。「はぐれ鴉」と揶揄われつつも、彼を慕う藩士は多い。次第に巧佐衛門に惹かれていく才次郎。あの夜の惨殺劇はいったい何だったのか……。
血腥い序章から一転、本編が始まると雰囲気はがらりと変わる。竹田藩の描写が実に魅力的なのだ。思いつきでものを言う上司に振り回される藩士たちの様子はまるで現代の会社を見ているようで笑ってしまうし、才次郎の案内役になった太っちょ藩士・小津主水はコミカルで楽しい。彼が説明する城下の景色は現実の竹田に基づいていて、地元の伝説や怪談なども実際に伝わるものばかりだ。ちょっとした紀行小説なのである。
巧佐衛門が注力している荒平堤(現在の豊後大野市・荒平の池)の普請も、前半の大きな読みどころ。何度造っても雨で崩されてしまう作事に人心が離れる中、どうすれば強い堤ができるのかと知恵を出し合う。プロジェクトものの面白さに満ちている。
しかしそんな紀行や風物を楽しんでいると足をすくわれる。十四年前の惨劇を調べ始めた才次郎の前に立ちはだかる数々の謎。それは次第に、竹田藩全体に絡んでくるような大きな謎へと変貌を遂げるのである。
その謎解きがもう大興奮! 単なる紀行紹介だと思っていたあれもこれも伏線だったのか、実際に竹田に伝わるあれやこれがこんなふうに謎解きに使われるのかと、その細やかな仕掛けに圧倒されてしまった。ある人物が「どうやら竹田藩には、たくさんのちっぽけな謎と、一つのでっかい謎があるみてえだ」と語る場面があるが、たくさんのちっぽけな謎がすべて一つのでっかい謎に収斂されていく様は見事という他ない。あるキーワードが出た途端、それまで見えていたものすべてが別の顔へと反転するのである。そのサプライズとカタルシスたるや! 時代小説ファンだけでなくミステリファンにも自信を持ってお薦めできる。
特に、その「でっかい謎」もまた、竹田という場所が持つ歴史のリアルを映し出していることに注目。読み終わったら竹田の歴史について調べたくなること請け合いだ。「これって本当の話だったのか!」と驚いていただけることと思う。
だが、本書の魅力は決してミステリの部分にだけあるのではない。お家騒動に剣戟、謎解きも恋もあるエンタメ小説だが、その底流にあるのは人の世の営みだ。
才次郎の物語自体はフィクションである。しかし実際に、これに近い努力や犠牲があって、その積み重ねで今があるということが伝わってくる。実在の堤や水路の普請が出てくるのも、「でっかい謎」にまつわる出来事も、すべてはそこにつながる。この歴史の積み重ねは竹田にだけあるのではない。世界のすべての場所にこうした歴史があり、こうした先人がいたのだと、本書は読者に告げているのである。
そうそう、冒頭に書いた「もうひとつの理由」だが、実は私自身が大分県出身なのだ。本書でより多くの読者に豊後の歴史の面白さが伝わることにわくわくしている。コロナ禍で久しく帰省できていないが、今度帰ったら本書の聖地巡礼に出かけるぞ!
「小説すばる」2022年7月号転載
新着コンテンツ
-
インタビュー・対談2024年09月12日インタビュー・対談2024年09月12日
鴻巣友季子「蝟集する鼠、語られる歴史──奥泉光論」
奥泉文学の集大成とも言えそうな「テラ・ノベル」とも言うべき巨編の本作について読み解く。
-
お知らせ2024年09月09日お知らせ2024年09月09日
ルポ 梅佳代 のと2024
2024年1月1日、マグニチュード7.6の大地震に見舞われた写真家・梅佳代氏の故郷である能登半島の「いま」を記録する。
-
インタビュー・対談2024年09月06日インタビュー・対談2024年09月06日
奥泉 光×小川 哲「「単純な物語」を捨て、小説世界を構築する」
歴史の混迷を背景に、様々な登場人物が交錯し、語り、多層的な物語が紡ぎ出されてゆく。そんな最新作について小川哲さんと語り合っていただきました。
-
お知らせ2024年09月06日お知らせ2024年09月06日
すばる10月号、好評発売中です!
行楽の秋! 旅をテーマにした小説やエッセイなどがたっぷり。綿矢りささんの岩国紀行、梅佳代さんの能登ルポは必見!
-
新刊案内2024年09月05日新刊案内2024年09月05日
あのころの僕は
小池水音
降り積もった記憶をたどり、いまに続くかつての瞬間に手を伸ばす。各賞にノミネートされた注目作『息』の著者による最新中編。
-
新刊案内2024年09月05日新刊案内2024年09月05日
イグアナの花園
上畠菜緒
人より動物が好きでもいい。「友達の輪」に溶け込めない少女が心通わせたのは美しく優しい生き物たちだった。