刊行記念インタビュー

書評

史実に基づいた謎に、興奮!

大矢博子

 大分県竹田市。  
 熊本県と宮崎県に接する大分西南部に位置し、滝廉太郎が「荒城の月」の曲想を得たことで有名な岡城跡を擁する。ちなみにこの岡城、鎌倉時代初期に源義経を匿うために築城されたと言われている。
 その眼下には武家屋敷が立ち並び、周辺には阿蘇くじゅう連山や世界有数の炭酸泉と称される長湯温泉、日本名水百選にも選ばれた竹田湧水群などがあり、歴史と自然に彩られた町だ。
 ――と、観光案内のような文言から入ったのには理由がふたつある。ひとつは、これら竹田の街並みや自然、観光資源、名物名産が本書『はぐれ鴉』に極めて重要な要素として登場すること。その取り入れ方といったら、聖地巡礼ができるほどだ。これは竹田だからこそ成立する、いや、竹田でなくては成立しない絶品の時代ミステリなのである。
 もうひとつの理由─は後述するとして、まずあらすじから紹介しよう。
 江戸初期の竹田藩(現実には岡藩)が舞台。城代家老の山田嗣之助の屋敷に何者かが訪れ、一族郎党を惨殺する場面から物語が始まる。唯一生き残った六歳の次郎丸は、賊が大好きな叔父・玉田巧佐衛門であることを知り、愕然とする。
 それから十四年。難を逃れて江戸へ出た次郎丸は剣の修行に励み、山川才次郎と名を変えて竹田に戻ってきた。藩の剣術指南役として召し抱えられたのだ。彼が正体を隠して故郷へ戻った理由はただひとつ、一族の仇を討つことだった。
 ところが父を殺して城代の座を奪ったはずの巧佐衛門のその後は、まったく想像と違っていた。家老職に似合わぬ清貧で、堤や水路の普請にも率先して精を出す。「はぐれ鴉」と揶揄われつつも、彼を慕う藩士は多い。次第に巧佐衛門に惹かれていく才次郎。あの夜の惨殺劇はいったい何だったのか……。
 血腥い序章から一転、本編が始まると雰囲気はがらりと変わる。竹田藩の描写が実に魅力的なのだ。思いつきでものを言う上司に振り回される藩士たちの様子はまるで現代の会社を見ているようで笑ってしまうし、才次郎の案内役になった太っちょ藩士・小津主水はコミカルで楽しい。彼が説明する城下の景色は現実の竹田に基づいていて、地元の伝説や怪談なども実際に伝わるものばかりだ。ちょっとした紀行小説なのである。
 巧佐衛門が注力している荒平堤(現在の豊後大野市・荒平の池)の普請も、前半の大きな読みどころ。何度造っても雨で崩されてしまう作事に人心が離れる中、どうすれば強い堤ができるのかと知恵を出し合う。プロジェクトものの面白さに満ちている。
 しかしそんな紀行や風物を楽しんでいると足をすくわれる。十四年前の惨劇を調べ始めた才次郎の前に立ちはだかる数々の謎。それは次第に、竹田藩全体に絡んでくるような大きな謎へと変貌を遂げるのである。
 その謎解きがもう大興奮! 単なる紀行紹介だと思っていたあれもこれも伏線だったのか、実際に竹田に伝わるあれやこれがこんなふうに謎解きに使われるのかと、その細やかな仕掛けに圧倒されてしまった。ある人物が「どうやら竹田藩には、たくさんのちっぽけな謎と、一つのでっかい謎があるみてえだ」と語る場面があるが、たくさんのちっぽけな謎がすべて一つのでっかい謎に収斂されていく様は見事という他ない。あるキーワードが出た途端、それまで見えていたものすべてが別の顔へと反転するのである。そのサプライズとカタルシスたるや! 時代小説ファンだけでなくミステリファンにも自信を持ってお薦めできる。
 特に、その「でっかい謎」もまた、竹田という場所が持つ歴史のリアルを映し出していることに注目。読み終わったら竹田の歴史について調べたくなること請け合いだ。「これって本当の話だったのか!」と驚いていただけることと思う。
 だが、本書の魅力は決してミステリの部分にだけあるのではない。お家騒動に剣戟、謎解きも恋もあるエンタメ小説だが、その底流にあるのは人の世の営みだ。
 才次郎の物語自体はフィクションである。しかし実際に、これに近い努力や犠牲があって、その積み重ねで今があるということが伝わってくる。実在の堤や水路の普請が出てくるのも、「でっかい謎」にまつわる出来事も、すべてはそこにつながる。この歴史の積み重ねは竹田にだけあるのではない。世界のすべての場所にこうした歴史があり、こうした先人がいたのだと、本書は読者に告げているのである。
 そうそう、冒頭に書いた「もうひとつの理由」だが、実は私自身が大分県出身なのだ。本書でより多くの読者に豊後の歴史の面白さが伝わることにわくわくしている。コロナ禍で久しく帰省できていないが、今度帰ったら本書の聖地巡礼に出かけるぞ!

「小説すばる」2022年7月号転載