M・アトウッドのインタビューも掲載! 
「語りなおしシェイクスピア」シリーズ刊行記念ハンドブック
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担当編集より

「天才」と「魔女」の才気が迸る、奇跡のような物語の誕生!

復讐と赦し、再生を描く、シェイクスピア最後の傑作『テンペスト』を、今、一番ノーベル文学賞に近い作家といわれるマーガレット・アトウッドが、現代の刑務所を舞台にマジカルに語りなおす! ―――愉快に胸アツになりながら、『テンペスト』の魅力が現代に伝わる、アトウッドの閃きと教養、文才が迸り出た傑作です。
【あらすじ】舞台『テンペスト』の演出に心血を注いでいた芸術監督フェリックスは、ある日突然、部下ト二―の裏切りにより職を奪われた。失意のどん底で復讐を誓った彼は、刑務所の更生プログラムの講師になり、服役中の個性的なメンバーにシェイクスピア劇を指導することに。――十二年後、ついに好機が到来する。大臣にまで出世したトニーら一行が、視察に訪れるというのだ。披露する演目は、もちろん『テンペスト』。フェリックスの復讐劇の行方は!?

【書評】類い希な傑作小説の現代版『テンペスト』

 シェイクスピア作品の凄みは、人類が永遠に解釈しつづけられるという、懐の無限の広さにある。リメイクやアダプテーション(脚色)は通常その解釈の提示になるが、このアトウッドによる『テンペスト』の書き換えは、それらとは一線を画す。「好きな作家はシェイクスピア」というアトウッドならではの深い理解と愛情、そしてその才能によって、ここに類い希な傑作小説の現代版『テンペスト』が誕生したことを、評者は自信をもって宣言する。
 演劇フェスティバルの芸術監督だったフェリックスは、部下の奸計により職を奪われ、失意のどん底に陥る。生ける屍として暮らすこと十二年、素性を隠して刑務所の囚人矯正プログラムで演劇を教えていた彼に、ついに復讐の機会が訪れる。原作はこの主筋のなかに驚異的に忠実かつフィットしたかたちで現代に移し替えられている。解釈の部分は登場人物の談義のなかに入れ子にして区別し(それ自体とても深くてタメになる)、劇中劇構造や、夢と演劇と人生の融合といった原作のもつエッセンスを反響板のように増幅させる。もちろん優れたリメイクの常として、本書も原作の知識いらずでべらぼうに面白い。全員キャラ濃すぎな登場人物同士の掛け合いの楽しさといったらない。シェイクスピアの言葉遊びや罵倒語と現代口語とがハイブリッドに入り乱れ、人種も年齢も階級もごちゃ混ぜの囚人たちがまくしたてる超絶ラップに目を奪われる。
 だが芝居の幕はいつか下りる。読み終えて、いつまでもこの本の中に留まっていたいという激しい渇望に胸を鷲掴みにされた。だが、囚人たちが一刻も早く釈放されて自由になりたいと願うように、別れたくないというこちらの未練も彼らの足枷にすぎない。結末の書き換えには大きな驚きと感動があったが、シェイクスピアの遺作であり、魔術師プロスペローに作者自身の姿が重ねられることも多い『テンペスト』へのこのはなむけは、八十代に差し掛かろうとするアトウッド自身が至った境地でもあるだろう。プロスペローと魔女シコラクスをひとり二役でこなしているようなアトウッドがどんな文学的落とし子を生んだのか、是非身をもってその魔術に囚われ、そのスピリットに酔いしれてもらいたい。

小澤英実(おざわ・えいみ) 文芸評論家・翻訳家
(『青春と読書』2020年9月号より転載)