内容紹介
閉塞的な現実を背負う人たちの、さまざまな葛藤の中で現れた「気づき」とは……。
予想外な展開と結末に感嘆必至の全5話。
一歩踏み出す勇気を与える、ギミックストーリー!
プロフィール
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古矢永 塔子 (こやなが・とうこ)
1982年青森県生まれ。弘前大学人文学部卒業。高知市在住。小説投稿サイト「エブリスタ」にて執筆活動を行い、「恋に生死は問いません。」を改稿・改題した『あの日から君と、クラゲの骨を探している。』でデビュー。2019年「七度洗えば、こいの味」で第1回日本おいしい小説大賞を受賞し、『七度笑えば、恋の味』と改題し刊行。他の著書に『今夜、ぬか漬けスナックで』がある。
エッセイ
騙されまいと思って
古矢永塔子
私はきっと、騙しやすそうな顔をしているのだと思う。就職のため田舎から上京したばかりの頃は、通勤のたびにたくさんの人に声をかけられた。「あなたの未来がみえます」というスタンダードなものから、「今より絶対稼げる仕事を紹介するよ」という怪しいリクルート、「これから一緒にラジオ体操しませんか」という謎のお誘い、なかでも一番たじろいだのが、切羽詰まった顔つきの男性に「すごく困っているので今から道案内してほしい」と車に乗せられそうになったときだ。もしかしたら本当に困っているのかもしれない、と思い「何があったのですか?」と訊ねると、途端に相手の目が泳ぎ「……とにかく、ものすごく、困っているんです!!」と返された。雑だ。雑すぎる。騙そうとするなら、最低限の設定くらい固めておくべきだ。きっと、よほどチョロそうに見えたのだろう。
そんな私だが、実は騙されるのは嫌いじゃない。もちろん実生活で騙されるのはまっぴらだが、こと書店に行くと「あなたは絶対騙される!」「驚愕のどんでん返し!」などの帯やPOPに、ふらふらと吸い寄せられてしまう。こういう煽り文句には賛否両論があるらしいが、私自身は「そうはいっても絶対に騙されまい!」という挑戦的な気持ちで読み始め、大抵の場合、ころりと騙される。その瞬間が、何とも心地よいのだ。
だが、こと自分が騙す立場に回ると厄介だ。以前、とある読書レビューサイトに「この作者は読者の先入観を引っくり返すような展開がお得意なようで……」というコメントをいただいたが、決して得意なわけではない。確かに今までの作品は、序盤に主人公の印象が引っくり返るような仕掛けを組み込んだり、読者のミスリードを狙うような書き方をしてきた。『日本おいしい小説大賞』の受賞が現在の作家活動につながっている私だが、すでに沢山のおいしい小説がある中で自作に興味をもってもらうには、おいしさ以外のフックが必要なのでは? と考えたからだ。新米料理人の自分には熟練のシェフが作るような、絶妙な火加減のふわとろオムライスはお出しできない。だがチキンライスの中にハンバーグを仕込んで、びっくりしてもらうことはできるかもしれない、という作戦だ。
実は、どんでん返しの取っ掛かりとなるアイディアを思いつくこと自体は難しくない。「丸くて赤い林檎だと思っていたものが、本当は風船でした」くらいの、シンプルなものでいい。しかし受け皿になる物語を考えることが、一筋縄ではいかない。それは私にとってはさながら、持ち上げられそうもない巨大な瓦礫を自力で引っくり返そうとするような作業である。少年漫画の主人公よろしく「おりゃ―――!!」と叫び声を発し両腕の筋肉にめきめきと血管を浮き上がらせねばならないような辛く厳しい時間なのだが、実際には、ただソファに寝転がり「うーん書けない、何も思いつかない……」とぼやいているだけなので、家族には怠けているようにしか見られないのが辛いところである。
今回初めて、短編でのどんでん返しシリーズにチャレンジすることになった。一作完成させるまで何度も打ち合わせをし、ボツになったアイディアもたくさんある。だが紆余曲折の末書き上げた作品は、掲載誌を読んだ他社の編集者さんからも「今回も騙されました!」「騙されまいと思って読み始めたのに、やられました」等ありがたい感想をいただいた(私が打ち合わせ後の雑談のたびに「今はどんでん返し短編に苦戦してまして……へへ……」と息も絶え絶えになっていたので、半分は励ましだったのかもしれないが)。当初の目標だった五本目の作品を書き上げたときは、心の底からほっとした。そして思った。どんでん返しは当分いい、懲り懲りだ、と……。
このたびありがたくも一冊の短編集として発売されることになり、タイトルは『ずっとそこにいるつもり?』に決まった。映画宣伝会社で働く女性とその夫、姑を軸に展開する「あなたのママじゃない」。進路に悩む大学生が主人公の「BE MY BABY」。売れない漫画家がかつて仲違いした相棒と再会する「デイドリームビリーバー」。イヤイヤ期の娘との関係に悩む主婦が久しぶりに里帰りする「ビターマーブルチョコレート」。異質な転校生に戸惑う高校教師を描いた「まだあの場所にいる」。年齢も職業も様々な主人公たちは、今いる場所に悩みながらも必死に、一歩前に踏み出そうとする――だけではなく、前述したとおり五編ともに、最後まで読むと新しい物語が浮び上がるような仕掛けになっている。
タイトルの『ずっとそこにいるつもり?』は、主人公たちへの問いかけであると同時に、瓦礫と格闘するばかりでなかなか原稿を書き始められない私に向けられた言葉のようでもある。執筆に手こずったぶん読み応えのある短編集になっているので、どうかぜひ、騙されまいと思ってお手に取ってみてください。
「青春と読書」2023年11月号転載
書評
明るい空に飛び立つために
福田和代
世界が反転する瞬間が好きだ。
マイナスの感情がプラスに転じたり、悩みの種が、愛すべき珠玉になったり。いつまでも続く曇り空が、突然、夏の青空に変化することもある。
ミステリのどんでん返しもそう。 反転の瞬間が鮮やかであるほど、すがすがしく心に刺さる。
今まで私は何を見ていたのだろう?
そう驚くほど、たったひとつの言葉で世界が明るく開けたりする。
古矢永塔子さんの新刊『ずっとそこにいるつもり?』は、そんな目覚めの瞬間がそこかしこにちりばめられた、たくらみの多い短編集だ。
登場するのは、第一志望の企業に内定をもらったばかりの男子大学生、仕事に忙殺される映画宣伝会社の社員、様々な意味で崖っぷちにいる売れない漫画家、幼子を連れて里帰りした母親、アイアンメーデンとあだ名される女子校の教諭と、身近にいそうな、あるいは私たち自身かもしれない人々だ――。
本書の内容に踏み込む前に、著者の既刊に触れておきたい。本書は、二〇一九年に『七度笑えば、恋の味』で第一回日本おいしい小説大賞を受賞した著者の、五冊目の小説だ。
『七度笑えば、恋の味』の主人公は、自分の容貌にコンプレックスを持ち、外出時は職場であっても顔を隠すマスクを手放すことができない。 『今夜、ぬか漬けスナックで』の主人公は、幼い自分を捨てて姿を消した、自分とまったく似ていない美人で陽気で強引な母親に複雑な感情を抱いている。
どちらも内向きに閉じがちな女性の心情を丁寧にすくい取り、広い空に羽ばたかせてくれる物語だった。
本書『ずっとそこにいるつもり?』は、この二冊の系譜に連なるものだ。
この世界は、百パーセント生きやすいとは言えない。むしろ、誰でも多かれ少なかれ生きづらさを抱えていて、どうにかこうにか日々をやりすごしていると言ったほうが正解だろう。
でも、その生きづらさの原因が、実は思い込みだったら? ほんのわずか視点をずらして見るだけで、悩みがふっと軽くなるとしたらどうだろう。
年齢を重ねると、自分では気がつかなくても、ちょっとした先入観や偏見に囚われていたりする。
人種、国籍、ジェンダー、職業、貧富の差、あらゆることに私たちは生まれてから今まで「ジョーシキ」を刷り込まれていて、それがただの偏見かもしれないことに、意外と気がつかない。でも、「ジョーシキ」なんて捨てて、もっと身軽に生きてもかまわないのだ。自分も楽だし、周囲の人も生きやすくなる。
この作品は、それをフレッシュかつ老練な筆で、シビれるような瞬間とともに気づかせてくれるのだ。
さまざまな味わいの作品を収めた短編集という体裁をとることにより、本書は「これからの古矢永塔子」の豊穣な世界を予感させる仕上がりとなっていることも、追記しておきたい。
さて、そろそろ、なぜ私が本書の評を書いているのか、説明が必要だと思う。
本書の最後に収録された「まだあの場所にいる」は、「アミの会短編アワード」の第二回受賞作だ。
アミの会とは、短編小説を愛する女性ばかりの作家集団で、これまで十冊以上のアンソロジーを刊行している。そのかたわら二〇二一年から、各自が良かったと思う「推し」の短編を持ち寄り、独自の年間ベストを選出する「アミの会短編アワード」を開始した。
本作については、メンバーを代表して私が「推しの言葉」を書かせていただいたのだった。
というわけで最後に、その小文で本稿を締めくくらせていただこう。
「推しの言葉」
女子高という閉ざされた社会を舞台に、「元・女子高生」だった教師の目で、少女たちのみずみずしい日常を追う物語です。
天真爛漫な転校生・倉橋美月の生き生きとした言動に心をかき乱される主人公のモノローグは、思わず首肯してしまう言葉の連続で、「あるある」「そうそう」とうなずくうち、たったひと言で突如として世界が反転する衝撃に、私の目がまんまるになりました。
――そう来たか!
短編ならではの鮮やかな手さばきと、「まだあの場所にいる」 女性たちへの温かい応援歌であることを含め、アミの会の推薦作にぴったりです。
古矢永塔子さん、素敵な物語をありがとうございました。
「小説すばる」2023年12月号転載
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